猫を拾った
ある日、私は猫を拾った。ミャーミャーと子猫のように泣いていたそれは、くすんだ髪の毛…肌には泥がついて、こちらをうるうるとした目で助けを求めていた小さな存在を。
父が亡くなってから、どれくらいの時間が過ぎただろう。
誰もいなくなった広すぎる工房には、静寂だけが溜まり続けていた。
使い込まれた調合器具、薬草の乾いた匂い、父の書き残した羊皮紙。何を見ても胸の奥が冷たく強張り、私は自分が世界にたった一人取り残されたような心地で生きていた。
だから、その声を聞いたときも、最初は静寂が生んだ幻聴だと思ったのだ。
――ミャー、ミャー。
泥に塗れた草むらで、子猫のように弱々しく泣いていたそれ。
くすんだ髪と泥だらけの肌、痩せこけた体。けれど、差し伸べた私の大きな手を見上げ、うるうるとした大きな瞳でこう言ったのだ。
「ご……しゅじ、さま……?」
それは、猫の耳と尻尾を持った、とても小さな猫人の少年だった。
連れ帰った工房は、相変わらず冷え切っていた。
私は慌てて裏手へ回り、お風呂の釜に小枝をくべる。指をパチンと鳴らして簡易魔法を発動して火をつけ、筒で風を送り込んでいると、足元にトコトコと小さな気配が寄ってきた。
「ごしゅじんさま……っ」
泥だらけの小さな手が、私の服の裾をぎゅっと掴む。
一人きりだった私の世界に、突然飛び込んできた小さなぬくもり。その健気さに胸の奥の冷たい塊が少しだけ解けるのを感じながら、私はその小さな頭を撫でてやった。
「……中で休んでおきなさい」
目を細め、私の大きな手をすがるように受け止める少年。ぺたんと垂れていた猫耳がピコピコと揺れ、細い尻尾が嬉しそうに振られた。
湯が温まり、石畳のリビングを抜けて脱衣所へ向かう。
怯える様子もなく、されるがままになっている小さな服を脱がせる。……男の子のようだ。
「ほら、後ろを向いて」
コクリと頷いた彼の頭に、湯船から汲んだお湯を優しくかける。
石鹸を泡立て、細い身体をゴシゴシと丁寧に洗っていく。ノミやこびりついた泥を何度も洗い流すと、くすんでいた髪の下から、驚くほど綺麗な金色の毛並みが顕になった。
「あとは一人でお風呂に浸かりなさい。いいかい?」
そう言って湯船を指さすと、彼は涙目になってフルフルと首を横に振った。私から離れるのが怖いらしい。
私は小さく息をつき、彼をひょいと両手で持ち上げた。服を着たまま一緒に湯船へ入ると、胸元で抱えるようにして温まる。
湯の中で、小さな体がぷるぷると小さく震えていた。
父を失って以来、ずっと硬く強張っていた私の心が、この子の小さな鼓動と体温に包まれて少しずつ解けていくのがわかる。
「……大丈夫だよ」
緊張をほぐすように、頭を優しく撫でてやる。
「……にゃぁ」
湯気の中で、ぴんと立った耳が気持ちよさそうにピクピクと反応した。
あまりの愛おしさに、私の唇から久しぶりに小さな笑みがこぼれた。
「……で、君はどこから来たんだい?」
冷たかった私の手の中で、小さな子猫に優しく問いかけてみた。
もし「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブクマや評価を押していただけると非常に励みになります。ご覧いただきありがとうございます!




