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君を待っていたとは言えなくて  作者: reika1021


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7/10

第7章:夜という猶予

朝の色が窓際の白に溶け込み始めるころ、澄玲はいつもの時間に出発ロビーへ向かった。避け続けることの虚しさを知った翌朝、澄玲はもう一度いつもの動線に戻ることを選んだ。


柱の脇に透禾の姿があり、目が合うと互いに一瞬だけ動きを止めた。数日ぶりのいつもの朝だった。


澄玲は、心臓がひとつ大きく脈打つのを感じた。避け続けた日々の気まずさと、それでも会えたことへの安堵が同時に押し寄せてくる。透禾の表情にもどこかほっとしたような色が浮かんでいるように見えた。


「おはようございます」


「おはようございます」


短い挨拶のあと、しばらく言葉が続かなかった。数日間の空白がそれぞれの間に薄い膜のようなものを作っていたが、それでも隣を歩く歩調は以前と変わらず自然に重なっていった。


出発ロビーの照明が朝の白さを取り戻しつつあり、始発近くの静けさの中、澄玲は隣を歩く透禾の横顔を久しぶりにゆっくり見ることができた。数日ぶりに感じるその近さに澄玲の胸はゆっくりと解けていくようだった。


「この数日、少し立て込んでて」


澄玲が先に、曖昧な言い訳を口にした。声には、隠しきれない緊張がわずかににじんでいた。


「そうでしたか。 お疲れさまです」


透禾はそれ以上追及せず、ただ小さくうなずいた。うそだとわかっていたのかもしれない。それでも、深く尋ねようとしない優しさが今の澄玲には少しだけありがたかった。


その優しさに甘えていいのかどうか、澄玲にはまだ判断がつかなかったが、今はこの優しさに寄りかかることを自分に許すことにした。


始業のチャイムが近づき、それぞれの持ち場へ向かう時間になった。今日という一日を澄玲はどう過ごせばいいのか、まだ確信が持てないままだった。


隣を歩きながら交わした短い会話は以前ほどの軽やかさこそなかったが、確かに温度を取り戻しつつあった。数日ぶりに間近で聞く透禾の穏やかな声に、澄玲は自分がどれほどその声に安心を求めていたかを改めて実感していた。


業務が始まると、いつもの忙しさが澄玲を日常へと引き戻していった。搭乗案内、乗り継ぎの説明、荷物の問い合わせ。手を動かしている間は、余計なことを考えずにすんだ。


昼休み、澄玲は休憩室で窓の外を眺めながら今朝の何気ないやりとりを思い返していた。避けていた間の重みに比べれば、今朝の短い会話は驚くほど軽やかだった。しかし、心の奥底にはまだ埋まっていない隙間が残っていた。


澄玲は、缶コーヒーを両手で包みながら窓ガラスに映る自分の表情を確かめた。数日前よりも少しだけ穏やかな顔をしているように見えるが、それでも完全に元通りというわけにはいかない。


澄玲は、自分の中にまだ残る小さなわだかまりをそっと確かめるように、胸に手を当てた。


午後、業務の合間に澄玲は今夜のことをふと考えた。いつも通りの時間に帰ればまた到着ロビーで透禾と顔を合わせるかもしれない。避けていた数日を思えばそれは自然な、そしてどこか怖い予感だった。


夕方、便の対応が一区切りついたころ、澄玲は窓際に立って空を見上げた。橙色の光が薄くにじみ、ビルの輪郭を柔らかく縁取っている。今日一日、透禾との距離が少しずつ元に戻っていくのを澄玲は静かに感じていた。


けれど、完全に元通りというわけではなかった。心のどこかにまだ埋まらない小さな隙間が残っている。「同僚として」という言葉の記憶が簡単には消えてくれない。


それでも今夜もう一度透禾と言葉を交わす機会があれば、その隙間を埋める何かが見つかるかもしれない、と澄玲は淡い期待を抱きながら夕方の空を見つめ続けていた。


窓の外では、旅客機が一機、静かに滑走路へと向かっていく。澄玲は、その機影を目で追いながら、自分の心もあの機体のように迷いなく前へ進めたらいいのに、と思った。しかし、感情というのは、飛行計画のようにはいかないものだ。


行き先を決めるのは、いつだって自分自身の勇気だった。


澄玲は、その勇気を今夜こそ持ちたいと思っていた。何を言われても、もう逃げない、と心の中で繰り返しながら、残りの業務に集中しようと努めた。


夕方の光がゆっくりと角度を変えていく中、澄玲は搭乗案内の声にいつの間にか力を取り戻していた。避けていた数日の重さが少しずつ体から抜けていくのを感じながら、澄玲は最後の便を見送った。


夜、勤務を終えた澄玲はいつもの時間に到着ロビーへ。今日はもう避けるつもりはなかった。澄玲は、透禾に会いたいという気持ちをようやく自分の中で認め始めていた。


その気持ちを認めるまでに数日かかったが、遠回りしたからこそ見えてきたものもあると、澄玲は自分を納得させながら通路を進んでいった。


ロッカーで帰り支度をする指先がいつもよりわずかに落ち着かなかった。緊張しているのか、それとも期待しているのか、澄玲自身にもよくわからなかったが、今夜は逃げないと決めていた。


鏡に映る自分の顔を澄玲はもう一度確かめた。数日前の疲れた表情はもうそこにはなく、代わりに、まだ少し不安げではあるものの確かな意志を宿した顔があった。


その顔を見て、澄玲は小さくうなずいた。今夜、伝えられることは伝える。聞きたいことは聞く。


そう心に決めて、澄玲はロッカーの扉に手をかけた。


澄玲は小さく深呼吸をしてからロッカーの扉を閉めた。扉が閉まる金属音がいつもより大きく耳に響いた気がして、その音を合図にするように通路へ足を踏み出した。


到着ロビーで澄玲は、透禾の姿を見つけた。今夜はいつもより人の流れが少なく、到着便の案内も落ち着いていて、ロビー全体がゆったりとした静けさに包まれていた。


「お疲れさまです」


「お疲れさまです。今日は、静かですね」


透禾の声にはこれまでよりも少しだけ柔らかい響きがあり、数日ぶりに交わす当たり前の挨拶が澄玲の胸を静かに満たしていく。


「そうですね……少し、歩きませんか」


澄玲がそう提案すると、透禾は少し驚いたような顔をした。これまで、澄玲のほうから何かを提案することはめったになかったからだ。


その一瞬の間に、澄玲の心臓は小さく跳ねた。断られたらどうしようという不安が提案した直後に押し寄せてきたが、口にしてしまった言葉はもう取り消せない。


その驚きの奥に確かな喜びがにじんでいるのを、澄玲は見逃さなかった。断られるかもしれないという不安が、その表情ひとつで静かに解けていく。夜の澄んだ空気がそれぞれの間の気まずさをそっと洗い流していくようだった。


「はい、もちろん」


透禾の声はいつもより一段と明るく、その響きが澄玲の胸に小さな安堵を運んだ。


澄玲と透禾は職員通路を離れ、空港の外周に沿った歩道へと向かった。夜風が頬を撫で、昼間の熱をゆっくりと連れ去っていく。滑走路の向こうに広がる夜空には、街の明かりに紛れて星がまばらに瞬いていた。


「この数日、避けていました。すみません」


澄玲は思い切って正直な言葉を口にした。声が少し震えたのは夜の冷たさのせいだけではなかった。


透禾は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな声で答えた。


「気づいていました。……何か、僕がいけなかったのでしょうか」


透禾の声には自分を責めるような響きがあり、澄玲は慌てて首を振った。夜の暗さの中でもその動きははっきりと伝わったはずだった。


「違います……透禾さんは何も悪くないです」


澄玲は首を振りながら答えた。悪いのは自分の弱さだった。優しさを素直に受け取れず、勝手に期待して、勝手に傷ついて、逃げ出した。


透禾の優しさを疑ったこと、その優しさに応えられなかったこと。すべては澄玲自身の中にある臆病さから生まれていた。それを他人のせいにするのはあまりにも身勝手だ、と澄玲は思った。


その事実を、澄玲は誰よりも自分自身が理解していた。


歩道の脇に並ぶ街路樹が夜風に葉擦れの音を立てていた。その音に紛れるように澄玲は自分の呼吸を整えた。 ここまで来たらもう引き返せない。


そう自分に言い聞かせながら、澄玲は次の言葉を探していた。


夜の歩道に澄玲と透禾の足音だけが規則正しく響き、車道を走る車の音が遠くで低く唸っていた。時折、頭上を旅客機が横切り、その音が薄れていくころ、澄玲はようやく続きの言葉を口にした。


「同僚として、って言われて、少し傷ついたんです」


胸の奥で温めていた言葉をようやく声にできた。言い終えると、澄玲は自分の心拍が速くなっているのに気づいた。


言葉にすると、思いのほか簡単に本音がこぼれ出た。透禾は足を止め、澄玲のほうを見た。


街灯の白い光が透禾の表情をくっきりと浮かび上がらせ、そこには驚きと、それから何かに気づいたような複雑な色があった。しばらくの沈黙の後、透禾はゆっくりと口を開いた。


「あれは、その、言葉を間違えました」


「間違えた?」


「本当は、もっと違うことを言いたかったんです……特にって言ったあとに」


透禾の声がいつもより低く、そして少し震えていた。夜の静けさがその震えをより鮮明に澄玲に届けていた。


普段の丁寧な口調とは違う、飾りのない声だった。その率直さに澄玲は、思わず息を呑んだ。


「特に、って言ったあとに、何を言いたかったんですか?」


澄玲は息を詰めて尋ねた。透禾は一度視線を夜空へ逃がしてから、再び澄玲のほうへ戻した。その一瞬の沈黙は、これまでのどんな沈黙よりも長く感じられた。


「大切に思ってる、と……そう言いたかったんです」


その一言に澄玲の心臓が大きく跳ねた。数日間探し続けていた答えがようやく目の前に差し出された気がしたが、その答えを素直に受け取ることにはまだ少し戸惑いがあった。


「大切に思ってる」という言葉が澄玲の中でゆっくりと形を成していく。同僚としてという言葉の裏にこんな本音が隠されていたのだと知り、澄玲の胸には安堵と、同時にわずかな切なさが広がった。


もっと早く聞きたかった、と思う一方で、今この瞬間に聞けたことの尊さも澄玲は確かに感じていた。


もし数日前に避けることなくすぐに話していたら、この言葉はもっと早く届いていたかもしれない。しかし、避けて、迷って、傷ついて、それでもまた歩み寄ろうとした今だからこそ、この言葉の重みをより深く感じられるのかもしれない。澄玲はそんな風に遠回りした時間の意味を自分なりに見出そうとしていた。


「どうして、言わなかったんですか?」


「怖かったんです……澄玲さんを困らせるかもしれないと思って」


その言葉にはこれまで積み重ねてきた透禾の慎重さの理由がすべて詰まっているように、澄玲には感じられた。好きだからこそ踏み込めない、その不器用な優しさの正体を澄玲はようやく理解し始めていた。


透禾の言葉にはいつもの丁寧さの奥に初めて聞くような率直さがあり、夜という時間が透禾の言葉を少しだけ柔らかくしているのかもしれない。


普段の業務中には決して聞くことのない飾らない声で、その変化ひとつにも澄玲は透禾という人の新しい一面を見つけた気がした。


昼間の職場では決して見せない表情だった。制服という鎧を脱いだ透禾は、いつもより少しだけ幼く、それでいていつもより確かな人間らしさをたたえていた。澄玲はその変化を愛おしく感じずにはいられなかった。


「困らせるなんてこと、ないです」


と、澄玲は透禾の目をまっすぐに見つめてはっきりとそう伝えた。夜の暗さの中でも、その視線の強さは確かに透禾に届いたはずだった。


澄玲は静かに、しかしはっきりと答えた。透禾は、その言葉に安堵したような、それでいてまだ何かを迷っているような表情を見せた。


その迷いの正体は、澄玲にはまだ分からなかった。透禾の中に残る不安が次にどんな言葉となって現れるのか、澄玲には予測がつかなかった。夜風だけがその沈黙をそっと通り過ぎていった。


「無理して僕に合わせなくていいですからね」


透禾がふとそう付け加えた。優しさから出た言葉だったが、澄玲はそれを違う意味で受け取ってしまった。


夜の静けさの中、その一言だけが少し違う響きを持って、澄玲の胸に落ちていった。


透禾自身は、澄玲の負担を減らすつもりでその言葉を選んでいた。大切に思っている、という重い言葉を口にした直後、その重さに澄玲が戸惑っているのではないかと透禾は気を回していた。だからこそ、あえて軽い調子で付け足したつもりだった。


しかし、その配慮がまったく逆の意味で受け取られていることに透禾はまだ気づいていなかった。優しさというのは時に、受け取る側の心の状態によってまったく違う形に姿を変えてしまう。誰かを思う気持ちは必ずしも、そのまま正しく伝わるとは限らない。


その難しさを透禾はまだ十分に理解していなかった。


「無理して合わせなくていい」という言葉は、まるで「もう待たなくていい」という意味のようにも聞こえた。せっかく本音に近づいたはずの会話が、最後の一言でまた澄玲の中に小さな迷いを生んでしまった。


「……はい」


澄玲は短く答えたが、その声にはわずかな陰りが混じっていた。透禾はその変化に気づかないまま夜空を見上げ続けていた。


すれ違う小さな感情の機微がまだ互いに完全には届いていないが、この夜交わした言葉の数々は確かに互いの距離を縮めていた。歩道の先には、街灯の光の輪が等間隔に連なっていた。


その光の輪をひとつ、またひとつと通り抜けながらしばらく無言で歩き続けた。言葉にできたことと、言葉にできなかったこと。


その両方が夜の空気の中に静かに溶けていった。


歩道の終わりが近づき、到着ロビーの明かりが再び視界に入ってきた。日常に戻る境界線のようなその光を前に、澄玲はもう少しだけこの静けさに浸っていたい気持ちをそっと胸の内にしまい込んだ。


「今日は、話せて良かったです」


澄玲がようやく口にした。声には安堵とまだ残るわずかな緊張が同居していた。


「僕もです……ずっと言えなかったので」


透禾はそう言うと、ようやく肩の力を抜いたように小さく笑った。その笑顔を見て、澄玲の中の緊張も少しずつ解けていった。


透禾の声には確かな安堵がにじんでいたが、澄玲の心の中では「無理して合わせなくていい」という言葉がまだ小さく尾を引いていた。


夜空を見上げる透禾の横顔を澄玲はしばらく見つめていた。今夜ようやく聞けた本音と、その直後にまた生まれてしまった小さな迷い。喜びと戸惑いが胸の中に同時に居座っていることに澄玲自身、戸惑いを隠せずにいた。


「そろそろ、戻りますか?」


透禾が尋ねた。声には名残惜しさがわずかににじんでいた。それに気づいた澄玲も、同じ気持ちを抱えていた。


もう少しだけこの時間が続けばいいのに、と思いながらも澄玲は小さくうなずいた。


「はい」


来た道を戻りながら、澄玲は今夜の会話を頭の中で何度も反芻していた。「大切に思ってる」という言葉。「無理して合わせなくていい」という言葉。


二つの言葉の間で、澄玲の心はまた静かに揺れ始めていた。


夜の駐輪場までの短い道のりで、澄玲は何度もその二つの言葉を天秤にかけた。「大切に思ってる」という一言は、確かに本物だったはずだ。震える声で紡がれたその言葉に、嘘の気配はなかった。


それなのに、「無理して合わせなくていい」という続きの一言が、その本物らしさに小さな傷をつけていた。


言葉というのは不思議なものだ、と澄玲は思った。同じ相手から発せられたほんの数秒違いの二つの言葉がこれほど違う響きを持つとは。人の心はたった一つの語尾や言い回しにさえ敏感に反応してしまうものなのかもしれない。


自宅への道すがら、澄玲は自転車をこぎながら今夜聞いた言葉の意味をまだ整理しきれずにいた。「大切に思ってる」と言われたことは確かに嬉しかった。それなのに、最後の一言がその喜びに小さな影を落としていた。


橋を渡る時、澄玲は一度だけペダルを漕ぐ足を緩めた。川面に映る街灯りが今夜は少し揺らめきながらも以前より柔らかく見えた。数日ぶりに取り戻した距離の温かさとまだ拭いきれない小さな不安。


澄玲は、その両方を胸に抱えたまま夜道を進んでいった。夜風が背中を押すように吹き抜け、昼間の熱の名残をゆっくりと連れ去っていく。


欄干のそばで一度足を止め、澄玲は夜空を見上げた。都会の光にかき消されがちな星がそれでもいくつか瞬いている。あの星の一つひとつのように、透禾の言葉もはっきりと見える部分とまだかすんで見えない部分があるのかもしれない。


そんなことを思いながら、澄玲は再びペダルを踏み込んだ。


夜風が背中を押すように吹き抜け、少しずつ薄れていく街の喧騒の中、澄玲は今夜の出来事をもう一度自分の中で丁寧に折り畳んでいった。傷つきながらも前に進んだ今日という日を、澄玲は悪くない一日だったと思うことにした。


透禾もまた、駐車場へ向かう道すがら、今夜ようやく口にできた「大切に思ってる」という言葉を何度も思い返していた。その言葉を初めて澄玲に伝えることができたという事実だけで、透禾の胸は今までにない充足感で満たされていた。


数日ぶりに聞いた澄玲の笑い声、少しずつ和らいでいった夜の空気、そのひとつひとつが透禾の中で確かな手応えとなって残っていた。避けられていた数日の重さを思えば、今夜のこの時間は何よりも尊いものだった。


しかし、その直後に付け加えた「無理して合わせなくていい」という言葉が澄玲にどう届いたのか、透禾にはまだ分からなかった。その言葉は澄玲の負担を減らすためのものだったはずだが、かえって別の意味を持ってしまった可能性に透禾はまだ気づいていなかった。


車を発進させる前、透禾はもう一度、今夜の会話を頭の中でなぞしてみた。「大切に思ってる」と伝えられたことへの安堵感は確かに本物だった。しかし、何かが完全には解決していないような微かな違和感が胸の奥に小さく残っていた。


その違和感の正体を、透禾はまだ言葉にできずにいた。


フロントガラスの向こうに広がる夜の駐車場を眺めながら、透禾はしばらくハンドルに手をかけたまま動かなかった。今夜踏み出した一歩は確かに大きな意味を持っていたが、それでもまだ何かが足りない。


その足りない何かを埋める勇気を、今度はいつ持てるだろうかと透禾は静かに自問していた。


エンジンをかけ、車を発進させながら透禾は、今夜の澄玲の表情を思い返していた。「同僚として」という言葉に傷ついたと打ち明けたときの少し震えた声、「大切に思ってる」と伝えたときの驚いたように見開かれた瞳。


そのひとつひとつが透禾の記憶に鮮明に刻まれていた。


空港の灯りは今夜も変わらず、誰かを待ち、誰かを見送り、誰かを迎えるために灯り続けている。その光の下で澄玲と透禾は少しだけ近づいたが、それでもまだ完全には重ならない距離を保ったままそれぞれの夜へと帰っていった。


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