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王国の鳥〜守護者は空に焦がれる〜  作者: 雨璃
序章

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序章②

「ハヅル。サケイは何のお話でしたの?」

「な……んでもありませんっ!」

 戻った先……後宮の中心、第一王女ミルハーレンの住まいである君影宮で、王女その人に顔を見るなりこう問われ、ハヅルは真っ赤になって叫んだ。

 緊急の呼び出しを受けて飛び出したときのまま、卓上にはハヅルの分の香茶と茶菓が並べられている。

 王女が向かいに座り、優美なしぐさで自身のカップを持ち上げた。

 つまり、彼女が中座したのは王女とのお茶の席だったのである。

 移動を含め一ヶ月半の外交行事から帰国した王女が、休む間もなく王への報告他様々な雑事をつつがなくこなし、やっととれた休息のひとときであった。

 王女の警護に任じられているハヅルも当然その旅程に随行した。そのねぎらいにと、王女は彼女にも香茶を用意してくれたのだ。

 後宮には他にも多くのツミの者が務めている。だが彼女たちは通常、物陰に潜んで、あるいは女官に扮して警護と諜報の任にあたっており、こうして守る当人と交流することはない。

 それができるのは王宮でも三人だけだった。すなわち、王に付く一族の頭領、世継ぎの王子に付くアハト、その妹王女に付くハヅルである。

 王の直系の血族のみが、ツミの精鋭と専属に契約し付き従えることができる。


 ロンダーン王家とツミの一族の契約関係は、ロンダ―ン建国当初から続いていた。

 契約の内容は、王の家族と王宮を守り、王権を後押しすること。

 東海に浮かぶ島から大陸に渡ってきたというロンダーン王家の祖が、武技に長けたツミの一族を雇用して戦に勝ち、領土を切り取って建国したのが始まりだ。もう千年も昔の話である。

 現在、ツミの里は国内のとある山中に厳重に隠されている。彼らは幼少から厳しい訓練を施され、一人前と認められたあかつきにはこうして王宮に遣わされるのである。


 聞き出し上手の王女の口八丁に乗せられて、冷静さを失っていたハヅルはお茶を一杯飲む間に、先ほどの一幕についてあらかたしゃべらされていた。アハトとのやりとりは決して口にしなかったが。

「だいたい、私が嫁いだらシアの家名は絶えるのです。あの祖父はそれをどう考えているのか……」

「ツミの里の四頭家のことね。わたくし、そのお話は大好きよ」

 里には四頭家と称される、代々優れた人材を生み出し一族の頭領を多く輩出してきた四つの家系がある。

 現在の頭領は四頭家の一つ、ナオイの家の当主である。そして、ナオイの最後の一人でもある。

 四年前に彼の息子が夭折したことで、次期頭領は自動的に、同じく四頭家の後継者であるケイイルのアハトかシアのハヅルのどちらかに譲られることが決まった。

 二人は同じ年の生まれで、武事にも文事にも同じほど優れた評価を受けている。

 男女の別はあるものの、アハトは天涯孤独の身であり、ハヅルには副頭領を務める祖父がいた。どちらを推す声も多く、後継競争は拮抗しているかに見えたのだが……

「お前は女頭領になりたいの?」

 この話題になるといつもするのと同じ質問を王女はした。答えが分かっているからか、彼女の顔は半分笑っている。

「まさか。頭領になんて誰がなりたいものですか」

 いつも通りの答えをハヅルは返した。ふふ、と王女は笑い声を洩らした。

「口ではそう言うのに、いつも悔しそうな顔をするのね」

「……悔しいものは、悔しいですから」

 拮抗した、場合によっては里に火種を生みかねなかった競争は、結局すぐに終息した。

 二年前、頭領エナガと副頭領サケイの両方が、当時十二歳のアハトを次期頭領に指名したのである。

「サケイに理由は訊いたの?」

「あいつの方が向いているから、と」

 文武においてハヅルがアハトに劣っているところなど一つもない。それは彼女の祖父も認めたが、別の部分で彼はアハトの方が頭領にふさわしいと彼女に語って聞かせた。

 頭領という役割には、強さや賢さ以外に必要不可欠なものがあり、その一事においてはハヅルよりもアハトの方に素質があるのだ、と。

 祖父の言いたいことはわかっていた。確かにアハトはやけに人望がある。無表情で無愛想でぶっきらぼうで、およそ人好きのする性質ではないくせに、彼を慕ってその命ずるまま命も捨てようという同胞が何人もいる。

 ハヅルはアハトを誰よりもよく知っている。

 彼が悪い人間でないことも、無愛想で鉄面皮だがそれも完璧ではなく、彼女ならば感情の動きをたやすく読み取れることも。

 他の一族の者たちはそこまでできないはずなのだ。ハヅルほど彼を知らない。それなのに、表に現れた部分だけでなぜ彼を慕えるのか、ハヅルにはわからなかった。

 王女は愛らしく首をかしげた。

「わたくしがアハトと言葉を交わしたのは、彼が兄上の警護役に任じられたときくらいでしたね。姿は幾度も見かけていますけれど」

「無愛想でしょう」

 ハヅルがそっけなくそう言うと、王女は困ったように苦笑した。

「最初に会った頃はまだ幼かったけれど、最近ではずいぶん立派な若者になったと思いますよ。正体を知らぬ女官が騒いでいるのを幾度も聞いていてよ」

 次に戸惑ったのはハヅルの方だった。

「あいつが?」

「身近すぎると気付かないものかしらね」

 王女はため息をついた。

「ツミの他の娘とは、そういった話はしないの?」

「そういった?」

「殿方の話ですよ。お前が嫁げばシアの名が絶えると言いましたけれど、他家に嫁がずとも結婚はしなければ、家名が途絶えることに変わりないでしょう。誰か夫となる方に心当たりはあったの?」

 王女の問いの意味に、

「あ、ありません、そんなもの」

 ハヅルは強く頭を横に振った。考えたこともない。

「そう。それでは、ケイイルのアハトは? 彼もケイイルをつなぐために奥方を娶らねばならない身でしょう。里に恋仲の娘などいないのかしら」

「あいつにそんな相手……」

 いない、と答えかけて、ハヅルははたと口を閉ざした。

 思い起こせば、里の年の近い少女たちが、井戸端会議にアハトの名を出してきゃあきゃあ騒ぐことはよくあったのだ。まじめに聞いていなかったが、もしかしたらそんな相手の話も出ていたのかもしれない。

 そう思ったとたん、謎の不快感がこみ上げてきてハヅルは知らず顔をしかめていた。

 だがそんな相手がいる男が、あんなことを言うだろうか……つまり、ハヅルとなら結婚してもいいというあの台詞だ。

「各々の家の唯一の次代なのに、今日になるまで婚約の話をされたことがなかったというなら、エナガ殿やサケイは最初から、お前たち二人を娶せるつもりだったのではないかしら。わたくしにはそう思えますよ」 

 王女の一連の言葉は、確かにハヅルにとっていつまでも無視できない事実を含んでいた。家の存続について、今までほとんど意識せずに来た方が間違いというものだ。

 彼女もアハトももうすぐ十五歳になる。本来ならばとうの昔に許嫁を定められていても文句は言えない。彼女たちはそういう立場にいた。

「それにしても……急すぎます」

 それでも、急に実感の湧く話ではない。

 サケイにとっては急ではなく、この年まで自由にさせてくれたつもりなのかもしれないが、何の準備もなく聞かされる身としては、とてもありがたいとは思えなかった。

「大目に見ておあげなさい」

 王女は慰めるような口調で言った。顔はなぜか楽しげに笑っていたが。

「サケイにもアハトにも、会うのは久しぶりだったのでしょう? 帰国してから、わたくしに付きっきりでしたもの。こうして落ち着いたのですから、もっとゆっくりしてきても良かったのですよ」

 ハヅルはふてくされた表情で応えた。

「いいんです。王都にいればいつでも会えますから」

 そう言ってから、ふと目を上げて王女をうかがい見る。

「……もし姫がお邪魔なら、身を隠していますけれど」

「あら、それではつまらないわ」

 年上の王女は子供のような物言いをした。

「実はね、お前が戻ってきたら話そうと思っていたのですけれど」

 彼女はコホンと一つ咳払いをしてから、にっこりと笑った。

「今日は晩餐まで予定がないでしょう? せっかくですから、市街に出てみようかと思うの」

「市街に? でも、市街の行事に出席の予定もありません。どちらにお出かけを…」

 首をかしげてそこまで言ってから、ハヅルは顔をしかめた。王女の言わんとすることに気付いたのだ。

「まさかお忍びで? だめに決まっています、そんなこと」

 ハヅルはきっぱりとそう言った。

 なおも言い募ろうとする王女に、絶対にだめだと重ねて念を押したとき、

「なんだなんだ。ずいぶん冷たいな、ハヅル」

 背後から突然かけられた、からかうような声音に二人は反射的に扉を振り返った。

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