↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/30

第三十話「異常ではなく」


 月曜日。


 二十件。


 私はエグチを机に置いた。


 業務端末を開く前に、紙を一枚出した。


《教えてくれて、ありがとうございます》


《私も、ひとりじゃない感じがしていました》


 金曜日に書いたもの。


 まだ澄さんには見せていない。


 土日は、第7世界線を開かなかった。


 向こうからの観測要求もなかった。


 返事をしないまま二日。


 紙を引き出しへ入れる。


 仕事を始めた。


     ◇


 第202世界線。


 留守番電話へ残した声が、本人の帰宅一分前に玄関から聞こえる。


 害は軽微。


 経過観測。


 第677世界線。


 誰かと同じ傘に入ると、その人が次に見る夢へ一度だけ出る。


 苦情、少数。


 処理不要。


 第931世界線。


 独居者の部屋だけ、夜になると人がもう一人いる程度に暖かくなる。


 私は資料を止めた。


 暖房ではない。


 室温は変わらない。


 体感だけ。


 住民アンケート。


【不快】十二パーセント。


【安心する】六十八パーセント。


【何も感じない】二十パーセント。


 発生原因。


 不明。


 私は処理不要を押しかけた。


 止める。


 金曜日の紙が頭に浮かんだ。


 戻す。


 経過観測。


 理由欄。


「感覚の発生条件と、本人の意思による停止可否を確認するため」


 保存。


 次。


     ◇


 十一件終わったところで。


 業務端末に見慣れない通知が出た。


【観測系統 未分類事象】


 私は開いた。


 対象。


 第7世界線。


 発生日。


 過去九十三日間。


 検出内容。


【観測対象側に、観測実行時刻との相関を持つ行動変化を確認】


 私は画面を見た。


 老人。


 九十三日。


 私が業務で第7世界線を見ていた期間だった。


 検出例。


 観測開始後、平均十一秒以内に縁側へ視線を向ける。


 観測が遅れた日は、通常より長く縁側に残る。


 観測終了直前、湯呑みを持ち上げる頻度が上昇。


 統計上の偶然。


【可能性低】


「今ですか」


 思わず言った。


 老人が亡くなってから。


 名前を交換してから。


 私が金曜日に過去記録を開き直したから、解析対象になったらしい。


 画面の下。


【事象を業務異常として登録しますか】


【登録】


【保留】


【対象外】


 指を止めた。


     ◇


「世達ちゃん」


 秩序ちゃんを呼んだ。


 今回は向こうからではない。


 数分後、来た。


「どうしました?」


 私は画面を見せた。


 秩序ちゃんは最初から最後まで読む。


「金曜日に話していた件ですね」


「はい」


「記録が出ましたね」


「はい」


「登録しますか?」


「それを聞こうと思って」


「私に?」


「はい」


「世達ちゃんの案件です」


「今は私的観測です」


「事象が起きた時点では業務観測です」


 逃げ道が一つ減った。


「異常だと思いますか?」


 秩序ちゃんは画面を見た。


「分かりません」


「ですよね」


「ただ、異常かどうかと、記録するかどうかは別です」


 私は黙った。


 それは。


 前にも聞いた気がする。


 決めたなら、残してください。


 私は【登録】へ指を置いた。


 まだ押さない。


「登録したら、第7世界線はまた業務案件になりますか?」


「可能性はあります」


「担当を外されることは?」


「あります」


「個人観測権限は?」


「再審査になるでしょう」


「澄さんとの相互観測は?」


「停止される可能性があります」


 全部。


 嫌だった。


 私は画面を見た。


【保留】なら、今は何も変わらない。


 追加確認という理由も立つ。


 実際、分からないことは多い。


 でも。


 私は金曜日に秩序ちゃんへ言った。


 確認して異常だった場合は、記録します。


 異常かどうかは、まだ分からない。


 だから。


 記録しない。


 それは少し違う。


「異常として登録するのは嫌です」


「はい」


「でも、なかったことにするのはもっと嫌です」


 秩序ちゃんは何も言わなかった。


 私は【登録】を押した。


     ◇


 登録画面。


【分類を選択してください】


 異常。


 障害。


 干渉。


 観測事故。


 その他。


 私は【その他】を選んだ。


 名称。


 空欄。


 少し考える。


「相互認識」


 入力。


 説明。


「観測対象が、技術的通知を伴わず観測者の存在を認識する可能性」


 そこで止める。


 認識。


 老人は「感じた」と言った。


 私は一語消した。


「観測対象が、技術的通知を伴わず観測者の存在を感知する可能性」


 保存。


【登録完了】


【暫定分類:その他/相互認識】


 秩序ちゃんが画面を見る。


「異常ではなく?」


「まだ分からないので」


「そうですか」


「だめですか?」


「分類理由が残っていれば、私は構いません」


「残します」


「では、始末書ではありません」


「よかったです」


「追加報告書です」


「何枚ですか?」


「三枚です」


「増えましたね」


「はい」


     ◇


 午後。


 第7世界線の状態が変わった。


【通常監視】


 から。


【観測研究対象】


 へ。


 担当者。


【世達】


 私はそこを二回読んだ。


 外されなかった。


 個人観測権限。


【継続】


 相互観測。


【継続可】


 ただし、新しい項目が一つ増えていた。


【対象者同意:未確認】


 私は手を止めた。


 澄さんは観測を送ってくる。


 私の質問にも答える。


 だから、同意している。


 そう思っていた。


 でも。


 何に同意しているのかは聞いていない。


 私と話すこと。


 観測されること。


 研究対象になること。


 全部、同じではない。


 私は三枚の追加報告書を脇へ置いた。


     ◇


 二十件終了。


 203号室。


 今日はカップ麺を作らなかった。


 紙を机へ出す。


 金曜日のもの。


《教えてくれて、ありがとうございます》


《私も、ひとりじゃない感じがしていました》


 その下に、新しい紙を置いた。


 書く。


《一つ、伝えないといけないことがあります》


 次。


《おじいさんが私を感じていたことを、仕事の記録に残しました》


 ペンが止まる。


 次の一行は。


 少し時間がかかった。


《これからも、私に見られていて大丈夫ですか》


 見直す。


 研究対象という言葉は書かなかった。


 だめだと思った。


 紙を替える。


《記録は、調べるためにも使われます》


《嫌なら、やめます》


 これで全部。


 私は第7世界線を開いた。


 夜。


 縁側は空だった。


 白い紙もない。


 観測を切る。


 待つ。


     ◇


 二十一時四十二分。


【第7世界線から、あなたへの観測要求があります】


 私は許可した。


 十秒。


 最初の紙。


《教えてくれて、ありがとうございます》


《私も、ひとりじゃない感じがしていました》


 次。


《おじいさんが私を感じていたことを、仕事の記録に残しました》


 残り五秒。


 次。


《これからも、私に見られていて大丈夫ですか》


 次。


《記録は、調べるためにも使われます》


《嫌なら、やめます》


【観測終了】


 十秒では足りなかった気がした。


 でも。


 全部見える位置には置いた。


     ◇


 二十二時十一分。


 状態変化。


 第7世界線。


 澄さんが縁側にいた。


 紙を持っている。


《記録するのは、いいよ》


 次。


《調べるのも、いい》


 次。


《でも》


 私は画面へ少し近づいた。


 最後の紙。


《見るのをやめるかどうかは、私にも決めさせて》


 私はその一行を読んだ。


 一度。


 二度。


 それから。


 業務端末を開いた。


【対象者同意:未確認】


 編集。


【対象者同意:条件付き】


 条件。


「観測継続・停止の判断に対象者本人の意思確認を必要とする」


 保存。


 画面の表示が変わった。


【対象者同意:条件付き】


 私は個人端末へ戻った。


 紙を一枚出す。


《分かりました》


 その下。


《次から、二人で決めましょう》


 今度は。


 それを仕事の記録にも残した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。