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逃避行  作者: 眠気
12/16

12.付き合う






 目覚めたら、布の中だった。

 うーん……なんでこんなところにいるんだっけ?

 必死に記憶を辿る。そして思い出したのは、自分が誘拐されたということだった。

 困ったなあ。私はなんとか藻掻いてみる。しかし布の口はかたく締められているらしく、まったく出られる気配がない。

 私は諦めて目を瞑った。寝たらなんか状況が良くなるかも。

 そのまま暫く目を閉じていると、心地よい眠気が頭に浸透していった。……と、そのとき。

 突然ガタンと激しい震動が伝わった。同時に、辺りが明るくなる。

 人の手だ。そう気づいた次の瞬間には、視界がパッと明るくなった。

 おそるおそる目を開ける。


「うわっ!起きてる!」

「こ、こんにちは」


 そこにいたのは、まだ若い男だった。金髪で、ピアスばっかり空いてる。

 驚いたように目を丸くしてこちらを凝視する彼に、私は居心地が悪くなって目を逸らす。

 手足が縛られている中でなんとか起き上がる。その間、男は呆然として何も動かなかった。


「あの……あなたは?」

「え、あ、俺は……って、いやいや。それより、えーっと、どうしよう」

「とりあえず、私をどこかに運ぶとか?」

「そうそう!そうだったそうだった……」


 男はそう言うなり、私を布ごと抱き上げて、そのままどこかへ連れて行った。

 やって来たのは、薄暗い襖に囲まれた道。なんだか古い日本屋敷のようだったが、人は誰もいない。そこを真っ直ぐ進んでいくと、やがて、ある一つの部屋に辿り着いた。


「組長、連れてきました」

「入れ」


 あれ、こういうやりとり、前も聞いたような……。そんなことを思いながら、私はそのまま部屋の中に入る。


「お前、そいつ起きてるやないか」

「えっ、あ、はい」

「お前馬鹿か?ちゃんと眠らせとかんとあかんやないか」


 きょろきょろと部屋を見回す。そこは純日本風の和室だった。大きな掛け軸や立派な壺。

 そんな私の目の前にやって来たのは、なにやら厳つい和服の男だった。男はなにやら私を吟味するように見つめる。


「そろそろ下ろせ」

「あ、はい」


 ごんっ。途端、真っ直ぐ下に落とされて、私は鈍い痛みを感じた。


「誰が手を離せっちゅうたんや!」

「す、すいません」


 この人、馬鹿なのかな……私はなんとなく金髪男を見つめた。

 金髪男はその視線に気づいたのか、不思議そうにこちらを見つめ返す。奇妙な沈黙と共に、視線が交わる数秒間。


「なに見つめあっとるんや」

「す、すいません」


 男は再び平謝り。力関係は明確である。

 私はこれからどうなるのか考えた。

 そもそも目的自体不明だ。いや、まああんなぼろアパートに泥棒に入るとは思えないし、私のことを知っていた様子からも、なにか怪しい事情があるのは透けて見えるのだけど。

 勇気が困るし、殺されませんように……と思っていると、唐突に和服の男が私の傍に顔を近づけた。


「お前、黒街景太郎って知ってるか」


 黒街景太郎……。勇気が親父と言っている人だ。

 これは、どう言うのが正解なのだろう。思案したが、すぐに諦める。どうせ分からない。


「知ってます」

「そーか。じゃあそいつと会ったことは?」

「会ったっけ」

「俺に聞くなや!」

「会った気がします」

「ほー。で、そのときはなんて?」

「なんだったけ……」

「お前、なんも覚えてへんのやな」


 和服の男は、私を呆れたように見つめた。


「で、お前はどう思っとるんや」

「何をですか」

「黒街のことや」

「おじさん……」

「……お前、素がそういうやつなんやな。そうか……うん、よし。向いとらんわ。コイツ殺せ」

「えっ」

「あ、はい」


 私はあれよあれよと言う間にまた抱きかかえられ、そのまま部屋を出た。


「というわけだから、悪いけど、お前には死んでもらう」

「ごめんなさい、手加減してくれませんか?」

「手加減?殺すんだからできないだろ」

「せめて痛みなく死にたいです」

「分かった。じゃあそうする」


 意外なことに、男は呆気なく頷いてくれた。私は唖然とする。なんか、この人、怖い。

 金髪男がずんずん元来た道に戻っていく間、私は必死に考えた。どうしよう。殺されるのは流石に嫌だ。


「あの、私、なんで殺されるんですか」


 ダメ元で聞いてみる。


「組長が殺せって言ったしな」


 男はそればっかりみたいだ。


「でも別に、今すぐ殺せとは言われてませんよ。ちょっと待ってみませんか」

「うーん……俺には決められないな」

「どうしても今すぐ殺したいんですか」

「別に、そういうわけじゃないけど」

「私、あなたともうちょっと話したいです」


 そう言うと、男はきょとんとして立ち止まった。こちらをジッと凝視する目は、どこまでも澄んでいる。まるで裏社会の人間という感じがしない。


「なんで?」

「なんとなくです」

「よく分かんないな」


 男はそう言いつつも、また歩き出す。


「何を話したいんだ?」

「あなたのこととか」

「つまんないことだよ」

「じゃあ……私の話とか」

「つまんなそうだよ」

「じゃあ、やっぱりあなたの話を聞かせてください」


 仕方がないし、少しでも粘ってみようと思った。

 男は暫く黙っていたけど、やがて、ぽつりぽつりと話し始める。


「俺は、親がパチンカスで、早く金稼げってここに連れて来られた。組長は未成年の俺でも雇ってくれて、ずっとここで働いてきた」

「じゃあ、組長は恩人なんですね」

「そうだよ」


 だからあんなになんでも素直に聞くんだろうか。少しも自分の意志を見せずにあの和服の男……組長に従っているのは、端から見ると少し不気味だった。


「私にも恩人がいます」

「そう。でも、もう会えないよ」

「それはあなた次第です。私のことを逃がしてくれたら、私は恩人とまた会えます」

「それは……無理だよ」


 男の意志は固いみたいだ。


「どうしたら殺さないでいてくれますか」

「無理だよ。殺すしかない。組長にそう言われたんだから」

「じゃあ、組長が殺さないと言えば殺さないんですね」

「そうだな。でも、そんなの無理だよ」

「できるかもしれません。もう一度、組長に会わせてください」


 ジッと男を見つめて懇願する。男はまた黙り込んだ。


「きっと、組長にとっても、その方が良いと思います」

「なんで?」

「私は、生かしておいた方が価値が高いです」

「……俺には、お前の言うことは信用できない」


 男は困ったように言った。そろそろ出口が近かった。


「お願いします、一度だけで良いから、もう一度会わせてください」

「いや、それは無理だ」


 すげなく断れてしまった。

 私は頑張って頭を巡らせてみるけど、こういうのはあまり得意じゃないのだ。すぐに行き止まりに着いた。


「あなたは……なにか、夢とか、ありますか」


 仕方ないので、そんなことを聞いてみる。

 意味がないのは分かっていた。でも、もう他に話すことも思いつかない。


「夢……女の子と付き合いたいな」


 予想外の答えに、私は瞠目した。


「えっと……じゃあ、私と付き合いますか」

「え」


 男はまたまた目を丸くして立ち止まる。もう出口だった。


「私、女の子ですよ。殺す前に、ちょっと付き合うくらいなら、組長も許してくれるんじゃないでしょうか」

「……そうかな」

「きっと。だって、今まで、あなたはずっと組長に尽くしてきたんですから」


 私がそう言うと、男は目を泳がせて悩んでいるようだった。

 でも、これなら、いけるかも。

 最後の一押しに、と、私は思いきって首を伸ばす。そして、そのまま男にキスをした。

 唇同士が重なる。その途端、男は固まった。


「私のこと、もう少し、殺さないでいてくれますか」


 ジッとその目を見つめて言う。


「……付き合って……くれるんなら、いいよ」


 男は呟くようにそう答えた。頬は真っ赤に染まっていた。

 私は安堵して肩の力を抜く。


「じゃあ、これから、二人でデートに行きましょう。どこが良いですか?」

「……俺、彼女と水族館デートするのが憧れだったんだ」

「分かりました。それなら、水族館に行きましょう」

「うん」


 男は素直に頷いて、そのまま私を車に乗せた。


「これ、外してくれますか」


 手と足にくくられた縄を見ると、男はいいよ、となんのためらいもなく縄を解いてくれた。

 すっかり解放された両手両足に少し嬉しくなる。


「名前、聞いても良いですか」

「俺?……ハルキ」

「素敵な名前ですね」


 私は純粋にそう思った。


「そ、その、敬語やめてよ。付き合うなら普通にして」


 また顔を赤くして言うものだから、私は戸惑ってしまう。この人は本当に、変な人だ。

 だけど断る理由なんてなくて、私は分かった、と返事する。


「ハルキ、水族館楽しみだね」

「う、うん。そうだ、名前、何?」

「私は……ナホ」

「ナホ……可愛い名前だね」

「ありがとう」


 私はにっこり微笑んだ。すると、またハルキは恥ずかしそうに目を逸らす。随分女慣れしていないらしい。

 変な感じ。私、二回も、しかも別のヤクザと、同じ車に乗ってる。


「ナホはさ、好きなものとかある?」

「私?うーん、お菓子とか」

「女の子らしいね」

「そうかな」

「俺は肉が好きだな」

「私も好きだよ。おいしいもんね」


 私が適当に相づちをうつと、ハルキはえ、と素っ頓狂な声を上げた。


「ナホみたいな子でもお肉好きなの?」

「うん……変かな?」

「ぜ、全然。ただちょっとびっくりして」

「そっか」


 よく分からないところで驚くんだなあ。そう思いつつも、さりげなくハルキの手を握ってみた。

 かたくて、勇気より少し小さい。それで勇気より少し骨太な感じだ。

 途端にハルキはぴしりと固まってしまったので、私はその反応が面白かった。


「手、なんで……」

「だって、私は彼女でしょ?」

「う……俺、なんか、やばいかも」

「私に手、握られたくない?」

「いや、ううん、俺、すっごい、今、幸せだから……」


 ハルキは車を運転しながら、ドギマギと私の手を握り返してきた。あ、手汗。

 ろくに知らない男の車に揺られて、デートする。頭がおかしい人の所業だ。私、なんでこんなことになってるんだっけ。少しだけ怖くなる。この先のこと。

 でも、必死にそれを隠して、笑みを浮かべ続けた。

 ハルキは口下手らしく、すぐに会話が途切れた。私は暫く話題を振ってみたりしたけど、終止そっか、とか可愛いね、とかしか言わないので、嫌になって黙った。

 ぼんやり窓の外を眺める。この時間が私は好きだ。幸せだって思う。何も考えなくて良い時間。


「……ナホ、水族館、行ったことある?」


 突然そう言われて、私は驚く。


「ないよ」

「もしかしてさ、水族館って予約いったりするのかな」

「……そうかも」


 私は純粋にそう思って相づちをうった。

 瞬間、車が物凄い勢いで車線変更し、そのまま近くのコンビニに止まる。


「ごめん。俺、今から予約できないか調べてみる」

「うん、ありがとう」


 私はのんびりと言った。まあ、今日行けなくてもいつか行ければ良いのだ。その期間が延びれば延びるほど、私の生きられる時間も延びる。何も問題はない。

 しかし、ハルキは焦っているのか、めちゃくちゃ挙動不審になりながらスマホをいじった。


「……予約、なくても大丈夫みたい」

「そっか。良かった」

「ごめん、俺、かっこ悪いよね」


 ハルキはどんよりした顔で言った。そんなの気にしなくていいのに。


「大丈夫だよ。ハルキのことかっこいいって思うよ」


 実際、ハルキの顔は整っている。全然アイドルとかにいそうだ。でもこんなに女慣れしてないということは、よっぽど仕事で忙しかったのか、この性格のせいなのか……。疑問なのは疑問ではあるけれど、まあ、深く考えても仕方ないよね。


「……ナオ、優しいね」


 ハルキはすっかりしょげた様子だった。私のフォローも逆効果だったかも。

 再び動き出した車の中で、私はふと眠気を感じて目を瞑る。そういえば、勇気、今なにしてるかな……。






♢♢♢♢♢♢

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