12.付き合う
目覚めたら、布の中だった。
うーん……なんでこんなところにいるんだっけ?
必死に記憶を辿る。そして思い出したのは、自分が誘拐されたということだった。
困ったなあ。私はなんとか藻掻いてみる。しかし布の口はかたく締められているらしく、まったく出られる気配がない。
私は諦めて目を瞑った。寝たらなんか状況が良くなるかも。
そのまま暫く目を閉じていると、心地よい眠気が頭に浸透していった。……と、そのとき。
突然ガタンと激しい震動が伝わった。同時に、辺りが明るくなる。
人の手だ。そう気づいた次の瞬間には、視界がパッと明るくなった。
おそるおそる目を開ける。
「うわっ!起きてる!」
「こ、こんにちは」
そこにいたのは、まだ若い男だった。金髪で、ピアスばっかり空いてる。
驚いたように目を丸くしてこちらを凝視する彼に、私は居心地が悪くなって目を逸らす。
手足が縛られている中でなんとか起き上がる。その間、男は呆然として何も動かなかった。
「あの……あなたは?」
「え、あ、俺は……って、いやいや。それより、えーっと、どうしよう」
「とりあえず、私をどこかに運ぶとか?」
「そうそう!そうだったそうだった……」
男はそう言うなり、私を布ごと抱き上げて、そのままどこかへ連れて行った。
やって来たのは、薄暗い襖に囲まれた道。なんだか古い日本屋敷のようだったが、人は誰もいない。そこを真っ直ぐ進んでいくと、やがて、ある一つの部屋に辿り着いた。
「組長、連れてきました」
「入れ」
あれ、こういうやりとり、前も聞いたような……。そんなことを思いながら、私はそのまま部屋の中に入る。
「お前、そいつ起きてるやないか」
「えっ、あ、はい」
「お前馬鹿か?ちゃんと眠らせとかんとあかんやないか」
きょろきょろと部屋を見回す。そこは純日本風の和室だった。大きな掛け軸や立派な壺。
そんな私の目の前にやって来たのは、なにやら厳つい和服の男だった。男はなにやら私を吟味するように見つめる。
「そろそろ下ろせ」
「あ、はい」
ごんっ。途端、真っ直ぐ下に落とされて、私は鈍い痛みを感じた。
「誰が手を離せっちゅうたんや!」
「す、すいません」
この人、馬鹿なのかな……私はなんとなく金髪男を見つめた。
金髪男はその視線に気づいたのか、不思議そうにこちらを見つめ返す。奇妙な沈黙と共に、視線が交わる数秒間。
「なに見つめあっとるんや」
「す、すいません」
男は再び平謝り。力関係は明確である。
私はこれからどうなるのか考えた。
そもそも目的自体不明だ。いや、まああんなぼろアパートに泥棒に入るとは思えないし、私のことを知っていた様子からも、なにか怪しい事情があるのは透けて見えるのだけど。
勇気が困るし、殺されませんように……と思っていると、唐突に和服の男が私の傍に顔を近づけた。
「お前、黒街景太郎って知ってるか」
黒街景太郎……。勇気が親父と言っている人だ。
これは、どう言うのが正解なのだろう。思案したが、すぐに諦める。どうせ分からない。
「知ってます」
「そーか。じゃあそいつと会ったことは?」
「会ったっけ」
「俺に聞くなや!」
「会った気がします」
「ほー。で、そのときはなんて?」
「なんだったけ……」
「お前、なんも覚えてへんのやな」
和服の男は、私を呆れたように見つめた。
「で、お前はどう思っとるんや」
「何をですか」
「黒街のことや」
「おじさん……」
「……お前、素がそういうやつなんやな。そうか……うん、よし。向いとらんわ。コイツ殺せ」
「えっ」
「あ、はい」
私はあれよあれよと言う間にまた抱きかかえられ、そのまま部屋を出た。
「というわけだから、悪いけど、お前には死んでもらう」
「ごめんなさい、手加減してくれませんか?」
「手加減?殺すんだからできないだろ」
「せめて痛みなく死にたいです」
「分かった。じゃあそうする」
意外なことに、男は呆気なく頷いてくれた。私は唖然とする。なんか、この人、怖い。
金髪男がずんずん元来た道に戻っていく間、私は必死に考えた。どうしよう。殺されるのは流石に嫌だ。
「あの、私、なんで殺されるんですか」
ダメ元で聞いてみる。
「組長が殺せって言ったしな」
男はそればっかりみたいだ。
「でも別に、今すぐ殺せとは言われてませんよ。ちょっと待ってみませんか」
「うーん……俺には決められないな」
「どうしても今すぐ殺したいんですか」
「別に、そういうわけじゃないけど」
「私、あなたともうちょっと話したいです」
そう言うと、男はきょとんとして立ち止まった。こちらをジッと凝視する目は、どこまでも澄んでいる。まるで裏社会の人間という感じがしない。
「なんで?」
「なんとなくです」
「よく分かんないな」
男はそう言いつつも、また歩き出す。
「何を話したいんだ?」
「あなたのこととか」
「つまんないことだよ」
「じゃあ……私の話とか」
「つまんなそうだよ」
「じゃあ、やっぱりあなたの話を聞かせてください」
仕方がないし、少しでも粘ってみようと思った。
男は暫く黙っていたけど、やがて、ぽつりぽつりと話し始める。
「俺は、親がパチンカスで、早く金稼げってここに連れて来られた。組長は未成年の俺でも雇ってくれて、ずっとここで働いてきた」
「じゃあ、組長は恩人なんですね」
「そうだよ」
だからあんなになんでも素直に聞くんだろうか。少しも自分の意志を見せずにあの和服の男……組長に従っているのは、端から見ると少し不気味だった。
「私にも恩人がいます」
「そう。でも、もう会えないよ」
「それはあなた次第です。私のことを逃がしてくれたら、私は恩人とまた会えます」
「それは……無理だよ」
男の意志は固いみたいだ。
「どうしたら殺さないでいてくれますか」
「無理だよ。殺すしかない。組長にそう言われたんだから」
「じゃあ、組長が殺さないと言えば殺さないんですね」
「そうだな。でも、そんなの無理だよ」
「できるかもしれません。もう一度、組長に会わせてください」
ジッと男を見つめて懇願する。男はまた黙り込んだ。
「きっと、組長にとっても、その方が良いと思います」
「なんで?」
「私は、生かしておいた方が価値が高いです」
「……俺には、お前の言うことは信用できない」
男は困ったように言った。そろそろ出口が近かった。
「お願いします、一度だけで良いから、もう一度会わせてください」
「いや、それは無理だ」
すげなく断れてしまった。
私は頑張って頭を巡らせてみるけど、こういうのはあまり得意じゃないのだ。すぐに行き止まりに着いた。
「あなたは……なにか、夢とか、ありますか」
仕方ないので、そんなことを聞いてみる。
意味がないのは分かっていた。でも、もう他に話すことも思いつかない。
「夢……女の子と付き合いたいな」
予想外の答えに、私は瞠目した。
「えっと……じゃあ、私と付き合いますか」
「え」
男はまたまた目を丸くして立ち止まる。もう出口だった。
「私、女の子ですよ。殺す前に、ちょっと付き合うくらいなら、組長も許してくれるんじゃないでしょうか」
「……そうかな」
「きっと。だって、今まで、あなたはずっと組長に尽くしてきたんですから」
私がそう言うと、男は目を泳がせて悩んでいるようだった。
でも、これなら、いけるかも。
最後の一押しに、と、私は思いきって首を伸ばす。そして、そのまま男にキスをした。
唇同士が重なる。その途端、男は固まった。
「私のこと、もう少し、殺さないでいてくれますか」
ジッとその目を見つめて言う。
「……付き合って……くれるんなら、いいよ」
男は呟くようにそう答えた。頬は真っ赤に染まっていた。
私は安堵して肩の力を抜く。
「じゃあ、これから、二人でデートに行きましょう。どこが良いですか?」
「……俺、彼女と水族館デートするのが憧れだったんだ」
「分かりました。それなら、水族館に行きましょう」
「うん」
男は素直に頷いて、そのまま私を車に乗せた。
「これ、外してくれますか」
手と足にくくられた縄を見ると、男はいいよ、となんのためらいもなく縄を解いてくれた。
すっかり解放された両手両足に少し嬉しくなる。
「名前、聞いても良いですか」
「俺?……ハルキ」
「素敵な名前ですね」
私は純粋にそう思った。
「そ、その、敬語やめてよ。付き合うなら普通にして」
また顔を赤くして言うものだから、私は戸惑ってしまう。この人は本当に、変な人だ。
だけど断る理由なんてなくて、私は分かった、と返事する。
「ハルキ、水族館楽しみだね」
「う、うん。そうだ、名前、何?」
「私は……ナホ」
「ナホ……可愛い名前だね」
「ありがとう」
私はにっこり微笑んだ。すると、またハルキは恥ずかしそうに目を逸らす。随分女慣れしていないらしい。
変な感じ。私、二回も、しかも別のヤクザと、同じ車に乗ってる。
「ナホはさ、好きなものとかある?」
「私?うーん、お菓子とか」
「女の子らしいね」
「そうかな」
「俺は肉が好きだな」
「私も好きだよ。おいしいもんね」
私が適当に相づちをうつと、ハルキはえ、と素っ頓狂な声を上げた。
「ナホみたいな子でもお肉好きなの?」
「うん……変かな?」
「ぜ、全然。ただちょっとびっくりして」
「そっか」
よく分からないところで驚くんだなあ。そう思いつつも、さりげなくハルキの手を握ってみた。
かたくて、勇気より少し小さい。それで勇気より少し骨太な感じだ。
途端にハルキはぴしりと固まってしまったので、私はその反応が面白かった。
「手、なんで……」
「だって、私は彼女でしょ?」
「う……俺、なんか、やばいかも」
「私に手、握られたくない?」
「いや、ううん、俺、すっごい、今、幸せだから……」
ハルキは車を運転しながら、ドギマギと私の手を握り返してきた。あ、手汗。
ろくに知らない男の車に揺られて、デートする。頭がおかしい人の所業だ。私、なんでこんなことになってるんだっけ。少しだけ怖くなる。この先のこと。
でも、必死にそれを隠して、笑みを浮かべ続けた。
ハルキは口下手らしく、すぐに会話が途切れた。私は暫く話題を振ってみたりしたけど、終止そっか、とか可愛いね、とかしか言わないので、嫌になって黙った。
ぼんやり窓の外を眺める。この時間が私は好きだ。幸せだって思う。何も考えなくて良い時間。
「……ナホ、水族館、行ったことある?」
突然そう言われて、私は驚く。
「ないよ」
「もしかしてさ、水族館って予約いったりするのかな」
「……そうかも」
私は純粋にそう思って相づちをうった。
瞬間、車が物凄い勢いで車線変更し、そのまま近くのコンビニに止まる。
「ごめん。俺、今から予約できないか調べてみる」
「うん、ありがとう」
私はのんびりと言った。まあ、今日行けなくてもいつか行ければ良いのだ。その期間が延びれば延びるほど、私の生きられる時間も延びる。何も問題はない。
しかし、ハルキは焦っているのか、めちゃくちゃ挙動不審になりながらスマホをいじった。
「……予約、なくても大丈夫みたい」
「そっか。良かった」
「ごめん、俺、かっこ悪いよね」
ハルキはどんよりした顔で言った。そんなの気にしなくていいのに。
「大丈夫だよ。ハルキのことかっこいいって思うよ」
実際、ハルキの顔は整っている。全然アイドルとかにいそうだ。でもこんなに女慣れしてないということは、よっぽど仕事で忙しかったのか、この性格のせいなのか……。疑問なのは疑問ではあるけれど、まあ、深く考えても仕方ないよね。
「……ナオ、優しいね」
ハルキはすっかりしょげた様子だった。私のフォローも逆効果だったかも。
再び動き出した車の中で、私はふと眠気を感じて目を瞑る。そういえば、勇気、今なにしてるかな……。
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