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二話目。
「ーーっ……」
無の月に入り、六花は毎晩のように悪夢を見ていた。
ーーまるで、思い出せというように。
「わたしは、一体なにを忘れているの……」
ベットに起き上がってふと呟く。
夢の中では、すべてを理解しているのに、目が覚めると忘れてしまう。
ーー忘れはいけないことだと、ハッキリと自覚しているのに。
「はあ……」
ため息をついて、起き上がった。
悪夢を忘れるように、逆に思い出せるように、六花は剣を振る。
すでに日課となっている素振りをしてくるとき、琥珀が近寄ってきた。
「六花、魔物たちに妙な動きがある」
挨拶もなしに切り出された言葉に、六花は思わず手を止めて琥珀を見た。
「妙ってどんな?」
「どうも強大な魔物を中心に、魔物たちが集まってきているそうだ。
六家の当主たちによって、魔物に対処することが決まった。
ーー強大な魔物は六体。
そのうち、最大のものは姫が、次点の力を持つものは黒曜が、それぞれ単独で対処する。
俺たちはいつものメンバーで最弱の魔物を相手する。
ほかの魔物は、六家のうちの二家ずつで対処するから問題はないそうだ」
「だけど、わたしたちはまだ学生だよね?
そのあたしたちが最弱とはいえ六家が動くほどの魔物を対処するって……、大丈夫なの?」
不安そうに問う六花に、琥珀は笑って答える。
「俺、おまえ、他家の四人、水のふたりに闇のひとり、そして会長。
ふだんは姫や黒曜と一緒にいることが多いから自覚はあまりないが、姫いわく俺たちだけで最強のものもたおせるそうだ。
つまり、今までの訓練で、それだけの実力を身に付けているということだ。
それなら、最弱のものくらいは、俺たちだけで対処するべきだろう。
最弱だからといって、油断をするつもりもないしな」
「ーーうん」
相変わらず、不安そうなまま六花はうなずく。
ここのところ続けて視ている悪夢。
それが、これから起こるなにかを現しているようで、不安がどんどんわいてくるのだった。
ーー数日後、六花たちいつものメンバーが、風の区の外れに集まっていた。
「まもなく、か?」
「そうらしーよ」
「だいぶ、近づいてきているかな」
「ーー大丈夫、かな……」
「大丈夫だよ! みんな一緒なら、きっとたおせる!」
「その通りだ」
「魔物を倒し終えたら、あやめ様も、灰神様もこちらにいらっしゃるそうですから、すくなくともそれまでもたせれば……」
「そんな悠長なこと、しててどうすんの。
あたしたちで倒す! その意気込みでいなきゃね」
仲間、といえる友人たち。
それぞれに言葉を交わす彼らを、六花は一歩引いたところでみていた。
ーーここに来てから、胸騒ぎが治まらないのだ。
「大丈夫か、六花」
「ーーはい……」
心配してくれている竜胆をみて、不安はより大きくなる。
「(どういうこと? この不安に会長が関係あるのかな)」
いまはただただ、魔物を待つのだった。
遠目に見える、強大な、巨大な魔物。
体長数十メートルはある、虎の魔物。
「あれが、わたしたちの倒すべき魔物?」
「そうだ」
巨大な魔物と、そののそばにある、そこまでの力はない魔物。
「っつ……⁉」
その瞬間、六花の脳裏にそれまでの、繰り返しの記憶が戻る。
なんど戦っても、どのような手段を選んでも、必ず、『彼』が殺され、自分も死ぬ。
その記憶……。
「ーーわたし、は⁉」
「ーー大丈夫、ですよ」
「今回は、イレギュラーな僕たちがいるから」
不意に近くから声がした。
振り向くと、そこにはあやめと黒曜がいた。
「私たちの受け持ち分は終わりました。
他も戦いは始まっているようですが、問題はなさそうです」
「ここの魔物は他と比べると弱いようなんだけど、とりまきの魔物は一番多いんだよ。
だから、そちらは僕たちが受け持つ。
みんなは、あの巨大な魔物だけに集中してくれればいいよ」
「了解!」
「はい!」
異口同音の返事に、あやめが微笑む。
ーーそして、あやめと黒曜は、それまで一度も人前では外したことのない、眼鏡をはずした。
「⁉」
ふたりをみて呆然とする六花たち。
ーー黒曜の眼鏡の下の瞳の色は銀、つまり、闇の魔眼。
そして、あやめ。
分厚い眼鏡で隠されていたのは、金と銀の瞳。
ーー光、闇、その両方の魔眼。
闇の魔眼は大気中の魔力の制御量が増え、光の魔眼は大気中の魔力を体内に吸収できる。
ーーこれが、魔族最強とあやめが呼ばれた理由ーー
「なにかあっても、ある程度サポートできます。
みなさんは思いっきり、やっちゃってください!」
あやめの宣言と共に、魔物がこちらに襲いかかってきた。
六花たちはそれぞれの魔具をかまえ、魔物に相対するのだった。
次は午後4時です。




