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ようこそ未来へ

「俺は父さん――永井ヒロシ教授によってつくられたアンドロイドなんだ。永井マサトっていう息子が5歳で死んじゃって、母さん……奥さんがものすごい悲しんだから、ロボット工学の権威だった教授が、当時の常識をいくつも飛び越えた最先端の技術でこっそり俺を造った」

 顔全体を覆うヘルメットをかぶった永井が、ぽつりぽつりと思い出すように言う。

 自分の顔が松田に多大なダメージを与えていることに気付いた永井が、カプセルに備え付けてあったものを持ってきたのだ。申し訳なさそうにうなだれた松田に、永井は「しばらく誰にも会ってなかったから、自分の顔のこと忘れてた」と黒いヘルメット越しにけらけら笑った。

「定期的に体を成長させたり動きを人間に近づけたりしてたから、松田も知ってると思うけど、結局誰にもばれないまま生活してたんだ。血液検査とかでも保存しておいたマサト本人のものを使ってたし……まあそのせいで『未来の子ども計画』の審査も通っちゃったんだけど」

 アンドロイドだという永井は、先ほどから近くの草をぷちぷちと抜きながら身の上話を続けている。

 石畳の塔を出てすぐ、草が薄くなっているところに丁度座りやすそうな岩があり、松田と永井はそこで向かい合って座っていた。

「大事に育ててきた息子を事故でなくして、奥さんはちょっとおかしくなっちゃったらしい。……俺にはちょっとわかんなかったけど。教授は、無理やり息子の死を受け入れさせたところで、きっと奥さんの心が壊れてしまうだろうと考えた。そこで俺を造って、マサトがやっと退院したぞって俺を連れて永井家へ帰ったんだ」

「え、じゃあお母さんも永井くんがアンドロイドだって知らなかったってこと……?」

「ああ、多分。最後まで気づかなかったんじゃないかな。……もっとも、最初のころのぎこちない動きとか喋りとか記憶の変なところとかは全部事故の後遺症ってことで誤魔化してたから、ちょっとした違和感はあったかもしれない」

 肩をすくませたヘルメット男に複雑な気持ちを抱えながらも、松田は永井教授の大胆な行動に言葉を失っていた。帰ってきた息子がアンドロイドになっているなんて、しかも母親ですらそれに気付かないなんて、なんとなく不気味だ。

 家族がいない松田にはよくわからないが、どれほどの思いで教授はそんなことをしたのだろう。

「でも教授は段々アンドロイドの息子が嫌いになっていったんだ。人間味がなくて気味が悪いって」

「ええ? ……永井くんに人間味がないなんて思えないけど。現に誰も気づかなかったわけだし」

 永井はヘルメットの上から頭をかくような仕草をして、意味がないことを思い出したのかそのまま腕を下ろした。

「うーん……あの人の場合、逆に俺がアンドロイドだって知ってたから気になったんじゃないかな。俺は明るくて優しいいい子だったっていう『永井マサト』になろうと思って、明るくしよう優しくしようって心がけてたんだ。でも普通の人間は自分のこと嫌ってるやつに親切にすることは難しいし、どう頑張っても好き嫌いとか妬みとかマイナスの感情が出るはずだろ? 俺にはいまいちそういうのがなくて、だから気味が悪かったんじゃないかと思う」

「そんな! 永井くんは私なんかよりずっと人間らしくて友達だって多くて、誰が見たって魅力的な憧れのヒーローだったのに……!!」

「えっ、そうなの!? なんかかなり嬉しいんだけど!」

 誰にも言ったことがなかった永井へのイメージを本人の前で口に出してしまって慌てて閉口した松田に、言われた当の本人は嬉しそうに声を弾ませた。

「あ、ええっと……うん、まあそれはいいとして! 何で結局地球に残ってるの? 宇宙船に間に合わなかったの?」

「ああ……うーん、まあそれについてはその教授が関わっててさ。そもそも俺のことを未来の子どもに推したのはあの人らしいんだ」

「は? お父さんが?」

「そう。で、俺が嫌だって言ったら宇宙船で連れてく気だったらしい。あの人からしてみれば、家族や友達と一緒にいるために父親に縋るのが人間らしい息子ってことだったみたいでさ。要は試されてたんだ。で、俺は断らなかった」

 永井教授は、自分が造ったアンドロイドを疑い続けていたのだろうと松田は思った。確かに人間らしい欲がないような永井は、彼を造った永井教授からしたら不自然な存在かもしれない。しかし自分たちのような何も知らない人間にとっては、不自然どころか称賛に値する人格者に見える。彼はそれに気づかなかったのだ。

 それで言えば、諦めからきた自分の行動もよっぽど人間らしくないように見えるのだろうな、と松田はぼんやりと考えた。

「奥さんも友達も泣いてくれたけど、教授だけは違った。まあ、当然っちゃ当然かもしれないな。俺は結局あの人が望んだ行動なんて何一つとれなかったわけだし」

 やれやれと首を横に振って小さくため息をついた永井は、その黒々とした頭を、肘をついて組んだ指の上に乗せた。

「カプセルの故障を知った俺は、すぐに宇宙船まで戻ったんだ。何が正解かわからなかったから、ともかくカプセルの故障を伝えて、大人たちの指示を仰ごうと思った。でも、たどり着いたとき、俺はあの人に門前払いをくらったんだ」

 扉は開かず、出発準備が中断されることもない。それでもあきらめることができずに乗り場の無線から連絡を取り続けた永井に、父は一言だけ残して回線を落とした。

「あの人、無線で『マサトに弟ができる。この船で生まれる子供たちのために、お前たちを乗せては行けない』って言ったんだ。その時に俺は初めて気づいた。本当に大人たちが守りたかった未来の子どもたちは、まだ生まれてきてなかったんだって。いつか宇宙船で生まれる子どもたちのために、松田も俺も、他の98人も置いて行かれる。その時になってやっと、俺たちは人類の希望なんかじゃなかったんだってわかったよ」

 心なしか肩を落としているような永井に、松田は少なからぬ同情を抱いていた。松田は、そしておそらく選ばれた子供たちのほとんどは、それを承知で眠りについたのだ。対する永井は純粋で、ひどく優しい。顔も知らない人類のために、善意で置き去りにされようとしていたのだ。

 永井はその重たげな頭を小さく振り、話を変えるかと体を起こした。

「……ちょっと話それちゃってたよな、ごめん。なんで俺が残ったのかっていうのは、状況的にそうしなきゃならなかったっていうのもあるんだけど、何よりも松田がいるから絶対残らないとって思ったんだ」

「……私?」

「そう。最初はまあ、とにかく謝らなくちゃと思って。なんか道連れみたいになっちゃって……教授も俺も、コールドスリープが男女一組だったなんて思ってなかったんだよ。確か計画の後半にそれが決まったんだ。あの人はかなり早い段階で永井マサトのデータを送って推薦してたから、その遺伝子に合うってことで無関係な松田も選ばれた」

 ヘルメット越しに視線が合っているような気がする。真っ直ぐ見つめられて、相手の顔も見えていないのに、松田は顔に熱が集まっていくのを感じた。

 永井の左手が動く。包帯のように巻かれている布きれが少しずれると、そこから鈍色の関節がのぞいた。おそるおそる伸ばされた手が、松田の頬をするりと撫でた。仕草は人間そのものなのに、その手は随分と冷たい。

「ほんとはすぐにでも松田に言わなくちゃいけなかった。松田と一緒に生き残っても、俺はこの通りアダムにはなれないから。でも結局言いそびれて……」

 一度言葉を切って、永井は顔を伏せる。表情は見えないが、もじもじと絡ませている指からして、照れているのだろうか。

「覚えてないかもしれないけど、松田、職員室で顔合わせした日に『永井くんと一緒ならきっと楽しいね』って言ったんだよ。『いつか目が覚めた時はよろしくね』って。俺、それがすごく嬉しくてさ」

 やわらかな声色で言うヘルメット頭は、先ほどから所在なさげにそわそわと足をぶらつかせている。松田はそれを呆然と見つめながら、普段らしからぬ自分のストレートな物言いに羞恥で顔を赤くしていた。

 確かにそんなことを言った気がする。地球組という絶望と永井と一緒という希望がごちゃ混ぜになって、よく考えずにうっかりそんなことを口走ってしまったのだろう。永井への好意がだだもれではないかと頭を抱えてしまいそうになったのを耐えて、スカートを握りしめながらゆるゆると背筋を正す。

「俺は世界で一体しかいない出来損ないのアンドロイドだから、ちゃんとした居場所がなかった。勿論人間のための宇宙船には乗れないし。だから、松田がそんな風に言ってくれるなら、松田と一緒の未来に行きたいって思ったんだ。ほんと自分勝手だよな。後で思う存分殴ってくれ」

「え、いや、それはいいよ。気にしないで」

 真面目な声色で言う永井に、松田は苦笑する。お互いが物理的に傷つくような展開は望んでいない。だが、永井のまっすぐなところは変わっていないのだと微笑ましくも思った。

 が、そこで一つ引っかかることを思い出す。自分と一緒に行きたいと思ってくれていたことは正直嬉しいが、松田には信じられない理由があるのだ。それは、自分の友人のこと。いや、それ以前にあれほど人気があった永井に、他に待っている女の子がいたところで何もおかしくはない。

「ちょ、ちょっと待って、永井くんってあの時、彼女いたり……したんじゃ……」

「彼女? いや、いなかったけど……そもそも女子と2人っきりなんて、体育委員で怪我した子を運んだこととか、中庭で泣きすぎて過呼吸になった子を保健室まで送っていったことくらいしかないし」

 中庭で泣きすぎて過呼吸。

 なんとなく思い起こされる光景があり、松田はこっそりと視線を逸らす。男女が一緒にいるだけで無条件に付き合っていると思い込むなんて、自分の思考はちょっと単純すぎる。

 でも、それでも疑いは晴れない。本当に好きな子がいたとして、松田を巻き込んでしまったという罪悪感から地球に残った可能性だって捨てきれないのだ。

 もしそうだったらどうしよう、と心に黒いものが浮かぶ。目を伏せると、覗き込むように永井が首を傾げた。黒いヘルメットに困惑の色をあらわにした松田の情けない顔が映る。

「あのさ、なんか勘違いしてるみたいだから言っとくけど、俺、アンドロイドだからな。彼女とか付き合うとか、バレる危険性があがるだろ。だから女子のこと、そういう目で見てなかったよ」

「え、あ、そう? あ、そっか……」

「そうだよ。だから松田は色々と、俺にとっては特別なんだ」

 ――特別。

 ただ一蓮托生だというだけだとはわかっていても、言葉にできない喜びで松田の胸はいっぱいになった。頬に熱が集まる。

 姿勢を正した永井は、懐かしむような口調でしみじみと続けた。

「あの日、結局収穫もなく帰ってくる羽目になって、見たらもうカプセルが作動してた。松田は『待ってる』って言ったけど、目覚めるまで俺が待とうと思った。松田と一緒の楽しい未来まで、ずっと」

 永井はゆっくりと指を組んだ。右手は人間の手そのものだが、左は肩のあたりからすっかり人工皮膚がはがれていた。鈍色の指は動きこそするものの、もう温度を感じることはない。

「松田にとってはあっという間かもしれないけど、数えるのが面倒くさくなるくらい長かったんだぞ。最初のうちは山が噴火したり雷で建物崩れたり……松田のカプセルだって、100年ずつくらいで移動したんだ」

 だからもう一つのカプセルが外されていたのかと松田は一人納得する。アンドロイドは思い出すようにぼんやりと空を見た。

「真っ暗で寒い時代が来て、真っ白に暑い時代が来た。他のカプセルを探したりもしたんだけど、見つけられないうちに数字ばっかり減っていったな。また涼しくなる辺りには、生き物はだいぶ消えてたと思う。今はちょっと戻りかけって感じだけど。……でもほんと、良い時期に目覚めたよな、松田。今はだいぶ気候や状態が安定してるんだ。食べられそうなものも多いし」

「そうなんだ……。永井くんはご飯とか……充電? どうしてたの?」

「俺? 俺はわりとどんな方法でもエネルギー起こせるから平気だったよ。ああでも、そうだよな。松田を待っている間にも思ったんだけど、俺、アンドロイドでよかった。人間じゃなかったからここまで待ってられたんだよな。こんな体だったからカプセル背負って運べたし、酸素なくても大丈夫だったし、ここまで生きてられたし」

 うんうんと一人頷いて、永井はヘルメットの顔を急に松田の方に向けた。そして、弾むような声で言う。

「ほんとずっと一人で寂しかったけど、こうやってまた松田と会えたし、やっぱ待ってた甲斐があったと思ってるよ、俺は!」

 まっすぐに自分を見て、きっとあのきらきらした笑顔を浮かべているであろう永井になんとなく照れくさくなって、松田ははにかむように笑った。

「……私も、地球に残っててよかったかも。こんな風に誰かと話せる日が来るなんて、思ってなかった」

 そういえば、と松田は思う。あの心臓が締め付けられるような孤独感だとか、いつも付きまとっていた虚無感だとかがすっかり鳴りを潜めている。世界に2人きり、いや、最後の人類と最後のアンドロイドだけのはずなのに、どうしてか温かな期待だけが胸を満たしていた。

 思わず顔を上げると、ヘルメットの黒っぽい反射シールドを透かして、永井が右目を優しく細めているのが見えた。

「今日から一人じゃないんだ、俺も松田も。他に誰もいないけど、きっと楽しいから」

 きっとそうだと、松田は確信にも近い思いを抱いていた。今までとは何もかもが違うこの未来の世界は、思っていたほど辛く悲劇的なものではない。

 満足そうに松田を眺めていた永井は急に「そうだ!」と勢いよく立ち上がり、松田の右手をとった。バランスを崩しながら立ち上がった彼女を振り返って、永井は無邪気に笑う。

「松田が起きたら見せようと思ってたとこ、いっぱいあるんだよ! 日が暮れるまで時間もあるし、今からでも行こう!」

「うわっ、ちょ、ちょっと待って! スカート! 制服のスカート引っかかってる!」

 地上に人類がもういないとしても、今後子孫を増やすことができなくても、それはそれで構わない。アンドロイドに手を引かれながら、松田は寧ろ、どこかわくわくした気持ちを抱いていた。

 ――ここがどんな未来でも、一人じゃない明日はきっと楽しい。

 自然と浮かんだ笑みに気付かないまま、鈍色の関節がのぞく手をぎゅっと握って、松田は強く地を蹴った。




 目に痛いほどの緑、包み込むような日の光、風に乗る甘い花の香り。

 ずっとずっと昔にあった、白くくすんだ世界はもうどこにもない。潔癖すぎる流線型も、無味無臭の空気も、いつの間にか幻となってしまった。

 誰も想像していなかった未来で、アンドロイドと最後の人類は、今日も生きていく。


 お付き合いいただきありがとうございました!

 SFと言ったら近未来とか宇宙とかコールドスリープとかアンドロイドとか……といろいろ詰め込んでみました。

・松田チトセ(千年)

…天涯孤独の根暗ちゃん。だが開き直りも順応も早い。このたびめでたくコールドスリープから目覚めた。

・永井マサト(真人)

…アンドロイド。明るい人気者。決めたことはやり抜くタイプ。一万年と二千年くらい松田の目覚めを待っていた。

 

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