俺のほうが
俺は今、唐沢あずさと二人でいる。
それは、『まだ』のお笑いライブを観にきたからで、一緒に劇場で鑑賞した。
「え? 二人だけで?」
「ああ」
学校の廊下でその誘いをしたとき、唐沢は露骨にためらった。まあ、当然だ。俺たちは単なるクラスメイトの間柄なのだから。
「俺は必要最低限しかしゃべらないから、そのほうが集中して観られると思ったんだけど。嫌なら、別の奴と行くから、まったく構わない。どうする?」
「こいつ、本当にお笑い、それに『まだ』のことが好きなんだよ。そんで、唐沢も『まだ』のファンだって俺が小耳に挟んで、柴田に教えてやったんだ」
西留がそうアシストしてくれた。
「うーん……じゃあ、どうするか、予定も含めて、ちょっと考えて返事するね。断っちゃうかもしれないけど、誘ってくれてありがとう」
それから少しして、唐沢は「行く」と言ってきたというわけだ。
「やっぱり『まだ』が一番面白かったね」
終演となり、隣に座っている唐沢が俺に話しかけた。
「ああ」
本当は「まだ」の単独ライブが良かったのだが、申し込みの倍率が高すぎて、とてもチケットを入手することはできないのである。しかし、テレビのレギュラーは一本だけで、動画配信もやっておらず、劇場でネタをやる活動は頻繁に行っていて出演するステージは多いために、別のコンビやグループと合同のなら購入は可能であり、今日は所属事務所「まっとう」によるライブで、そこの他の芸人たちと一緒のものを観たのだった。
「じゃあ、あの二人がここから出ていくところを見にいこうぜ」
「え? でも、さっき、出待ちは禁止って」
「一応そう言っとかないと、たくさん集まりすぎちゃうからで、平気だよ」
「……」
「俺、ここの劇場にしょっちゅう来てるから、どこに行けばちゃんと見られるかわかってるからさ。ちょっと話したりできるかもしれないし、このまま帰ったらもったいないよ」
「……じゃあ」
唐沢は、しょうがなくという様子で、小さくうなずいた。
「ねえ、話が違くない? 他に見にきてる人、誰もいないよ」
俺たちは今、路上を歩いている。
「たまたまっしょ。それに、他の出待ちがいないほうが、しっかり見れるし、会話できる確率がさらに高くなるんだから、いいじゃんか」
「……それはそうだけど……」
!
「ほら、早く来いよ」
「な、なに? 急に強気に」
「だって、もたもたしてよ。せっかくのチャンスをそのせいで逃しちゃったらどうすんだよ!」
「そんな……」
「だから、早くしろって!」
「おい」
少し離れた地点から声をかけられて、俺たちはその方向へ視線を注いだ。
「なに、女のコに乱暴な態度をとってんだ? やめろよ」
話しかけてきた人物である、「まだ」の白川が言った。
「あ、ちょっと、こいつ、とろくって、ついカッときちゃいまして。高校のクラスメイトなんですよ。暴力は振るってませんので。すみませんでしたっ!」
俺は思いきり礼儀正しくおじぎをした。
「……そうか? 本当に大丈夫? きみ」
白川は、唐沢に問いかけた。
「あ……はい。ありがとうございます。ほんとにクラスメイトなんで、問題はないです」
唐沢は緊張の面持ちでそのように返した。
「そ。じゃ」
安心したようで、そう白川は言い残し、近くにいた千堂と、おそらく事務所の車に乗り込み、去っていったのだった。
「へー。優しいじゃん、白川」
「ね。言った通りだったでしょ?」
休み時間の教室で、唐沢がクラスの別の女子に、嬉しそうにしゃべった。
そんな笑顔のあいつと、俺は目が合った。
すると、向こうは、にらむような表情になって、プイッと横を向いた。
「勝った」
「え?」
俺のつぶやきに、目の前にいる西留が疑問の声を発した。
「白川は、隠してても、実は優しいってのが見抜かれてる。でも、俺はバレてない。本性を見せない部分で上回ったって話だよ」
「ふーん。だけど、いいのか? 唐沢に嫌われたままで。お前が白川と言葉を交わさせてやったわけで、正直に話せば、それこそ付き合うところまでいけるかもしれないのに」
「いいんだよ。卒業したら、本丸のお笑いでも『まだ』の上をいくんだから、それだけで。人生、欲張るもんじゃねえんだ」




