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epi 1 どちら様ですか⁈


「リゼ‼︎会いたかった」


 部屋に一歩足を踏み入れた私の顔を見るなり、婚約者ヴェルナス・ブルームハルト政務補佐官は見たことのない飛び切りの笑顔でそう言った。


 え⁉︎

 ……この人だれですか⁈


 私、エリザベート・メレヴァンですが……アナタが塩対応してた。

 二人で会っていてもろくに目も合わず、まともな会話をしたことすらないあなたの婚約者の!


 気を取り直し、事故にあった彼に何とかお見舞いの挨拶を述べる。


「ブルームハルト政務補佐官様、お加減はいかかがですか?」


「ありがとう、リゼ。愛しい君の顔を見たらすっかり良くなりました」


「だ……大丈夫ですか⁈」


 ……よほど頭の打ちどころが悪かったとか?


 あの冷徹無比、氷の政務補佐官と呼ばれる私の婚約者はどこに行ってしまったの?

 王国官僚の雛型と言わんばかりの張り付けたような外向き笑顔、無口で無表情のあの政務補佐官様は……。

『リゼ』なんて愛称で呼ばれたことも、こんなはちきれんばかりの笑顔を向けられたことも、今まで一度だって無かったのに。

 

 あれほど欲しかったはずの初めての笑顔を向けられた喜びに浸ることも忘れ、背中を伝う脂汗の不快感もそのままに、リゼはしばらくの間呆然と立ち尽くした。



 ◇ ◇ ◇



「エリザベート。ブルームハルト子爵家のヴェルナス政務補佐官殿とお前の婚約話が上がっていてな」


 その日珍しく話があると書斎に呼びだされたリゼに、父親であるメレヴァン伯爵はそう告げた。


「婚約ですか⁈」


 突然のことに驚きはしたものの、年齢的にも立場的にも決しておかしな話ではなかった。

 リゼの姉、長女のマルグリッドは大恋愛の末に地方の貴族と結婚し、早々に家を出てしまっていた。その姉に代わり、メレヴァン伯爵家という家格の維持のために、また王への忠誠心を示すためにも身を固めろということらしい。


 お相手のブルームハルト家は現在の爵位こそメレヴァン家より低いものの、次男のヴェルナスは国王陛下の覚えもめでたい将来有望な若手官僚。その恵まれた容姿や才もあって、彼を望む令嬢は列をなしていると聞く。まだ身分の低い今、相手にとってこちらの爵位に価値があるうちに婚約まで持ち込んでおきたい、父の話はつまりそういうことだ。


「それにこれは国王陛下の聖意であらせられると。有能な補佐官殿をご自身の側に繋ぎ止めておきたいという御内慮もおありのことだろう」


 対立する派閥や有力な貴族に有能な部下を引き抜かれる前に繋ぎ止めておきたい……ということか。


「……どうかな、エリザベート。家のことはもちろん大事だが、私にとってはお前の気持ちが一番大切だ」


「ブルームハルト政務補佐官様は何と?」


「承諾している、とだけ聞いているが」


 承諾……。

 それは政務補佐官様の気持ちじゃない。

 つまり『政略結婚』として受け入れたということ。


 望まれているわけではない……。

 脳裏に愛する人と幸せそうに微笑んでいた姉の輝くような笑顔が浮かんだ。

 家同士が決めた愛の無い結婚。それは決して珍しいものではなかったが………。

 胸の奥に引っ掛かりを覚え、思わず目を伏せる。

 すると、そんなリゼの態度を不服の表れと取ったメレヴァン伯爵が寂しそうに眉を寄せた。


「……リゼや、無理はしなくていい、この話は私から断って……」


「いえ、違うんです、お父様。お受けします!このお話、進めさせていただくとブルームハルト家にお伝えください」


 父の目を真っすぐに見据えながら、リゼは己を鼓舞するかのようにはっきりと答えた。



 


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