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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第148ページ  感想を、作品の中へ返す日

七海と灯、二人から違う感想を受け取った凛。

違う感想は、作品が壊れた証拠ではなく、それぞれが違う場所で立ち止まってくれた証だった。


今回は、凛がその感想をどう作品へ反映するか考え始めるページです。

朝、凛は青いノートを開いたまま、昨日書いた二人の感想をもう一度読み返していた。


『七海ちゃん。

重いけど読める。

休憩所が良い。

働く章が刺さる。

夜の章で泣きそう。

凛の声がある。

作品になってる。』


『灯ちゃん。

小さな私への章が一番刺さる。

痛い。でも必要な痛さ。

休憩所のあとに、凛自身の一呼吸があると良い。

夜の章は優しすぎるかも。もう少し本音の痛さがあると強い。

凛ちゃんの本。』


 何度読んでも、胸が揺れた。


 嬉しい。


 怖い。


 ありがたい。


 どうしたらいいかわからない。


 その全部が混ざっている。


 でも昨日の凛は、すぐに直さなかった。


 感想を受け取る日と、直す日を分ける。


 その約束を守った。


 七海の感想も、灯の感想も、命令としてではなく、読者が歩いた跡として青いノートへ置いた。


 それだけで、凛は少しだけ自分を守れた気がしていた。


 今日は、その感想を作品の中へどう返すか考える日だった。


 凛は新しいページに書いた。


『今日は、感想を作品へ返す日。

全部を採用しない。

全部を無視しない。

七海ちゃんと灯ちゃんが見つけてくれたものを、私の中心へ戻して考える。』


 書いたあと、凛は深く息を吸った。


 感想を作品へ返す。


 その表現が、しっくりきた。


 感想を飲み込むのではない。


 感想に従うのでもない。


 感想を一度受け取り、自分の中心へ戻し、作品に合う形にして返す。


 それは、昨日までの凛にはできなかった考え方だった。


 以前の凛なら、誰かに言われたことをそのまま修正リストにしていたかもしれない。


 七海が良いと言ったところは絶対残す。


 灯がもっと痛みが必要と言ったところは、すぐ痛くする。


 真白が何か言えば、それを正解にしてしまう。


 でも、それでは作品が凛の手から離れすぎる。


 感想は大事。


 でも、作品の中心は凛の中にある。


 凛はパソコンを開いた。


 試し読み用の修正版ファイルをさらに複製する。


『生きづらさに、名前をつけるなら_試し読み用_感想反映案』


 セーブポイント。


 戻れる場所を作ってから直す。


 それだけで、少し安心した。


 凛はまず、小さな私への章を開いた。


 灯が一番刺さったと言ってくれた章。


 痛い。


 でも必要な痛さ。


 休憩所のあとに、凛自身が一呼吸している感じがあるといい。


 凛はその場所を探した。


『ここまで読んで胸が苦しくなったなら、少しだけページから目を離しても大丈夫です。

この章は、急いで読み切らなくてもいい章です。』


 この一文のあと。


 確かに、ここで読者へ休憩所を渡している。


 でも、そのあとすぐにまた小さな凛への言葉へ戻っていた。


 灯が言った通り、凛自身がそこで一呼吸していない。


 読者へ「休んでいい」と言いながら、書いている凛自身は休まず進んでいる感じがある。


 凛は青いノートに書いた。


『休憩所のあと、書き手の私も一緒に止まる。

読者だけに休んでと言うのではなく、私もここで息をする。』


 その感覚を本文へ入れる。


 凛はゆっくり打った。


『私も、ここを書くたびに少し息が止まります。

小さな私へ優しい言葉をかけようとすると、今でも胸の奥が痛みます。

だから、もしあなたもここで苦しくなったなら、一緒に少しだけ止まりましょう。

水を飲んでもいい。

窓の外を見てもいい。

この章は、痛みを急いで読み終えるための章ではなく、置き去りにしてきた自分のそばへ、少しずつ戻るための章です。』


 打ち終えた瞬間、凛の胸が熱くなった。


 これは、入れてよかった気がした。


 読者にだけ休ませるのではなく、凛も一緒に止まる。


 その方が、この作品らしい。


 凛は声に出して読んだ。


「私も、ここを書くたびに少し息が止まります」


 少し痛い。


 でも、本当だった。


 灯の感想が、作品の中で凛自身の呼吸を見つけるきっかけになった。


 凛は青いノートへ書いた。


『灯ちゃんの感想を反映。

休憩所のあと、私自身の一呼吸を入れた。

これは採用。理由は、作品の中心に合うから。』


 次に、夜に崩れそうなあなたへの章を開いた。


 灯が言った。


『優しすぎるかも。もう一箇所だけ、凛ちゃんの本音の痛さが入ると、もっと強くなる気がした。』


 この感想は、まだ少し怖い。


 夜の章は、読者を傷つけたくなくて、急がせたくなくて、とても慎重に書いた。


 でも、慎重になりすぎて、凛自身の痛みが少し奥に隠れているのかもしれない。


 凛は章を読み返した。


『急いで元気にならなくていい。』


『大丈夫じゃないままでも、今ここにいていい。』


『次の一呼吸だけでいい。』


 どれも大事だ。


 消したくない。


 でも、灯が言った「本音の痛さ」とは何だろう。


 凛は青いノートへ戻った。


『夜の章に入れる本音の痛さ。

読者を傷つけるためではない。

優しさを信じてもらうために、私自身の夜を少し見せる。

私はなぜこの言葉を書けるのか。

それを少しだけ書く。』


 凛は目を閉じた。


 自分が本当に苦しかった夜。


 布団の中で、スマートフォンの明かりだけを見ていた夜。


 誰かへ「大丈夫」と送ったあと、本当は全然大丈夫じゃなくて、画面を伏せて泣きそうになった夜。


 母の言葉を思い出して、身体の奥が冷えていくようだった夜。


 真白の返信が来ないだけで、自分が迷惑な存在になったように感じた夜。


 そのどれかを、少しだけ入れる。


 凛は本文の途中に、慎重に文章を足した。


『私は、こんなふうに優しい言葉を書きながら、今でも夜が怖い日があります。

誰かから返信が来ないだけで、自分が重い人間になった気がする夜があります。

母の言葉を思い出して、もう終わったはずの痛みが、今の部屋まで追いかけてくる夜があります。

「大丈夫」と送ったあとで、布団の中でまったく大丈夫じゃない自分を抱えている夜があります。

だから私は、簡単に「大丈夫だよ」とは言えません。

ただ、大丈夫じゃない夜にも、次の一呼吸だけなら一緒に探せるかもしれない。

そう思って、この章を書いています。』


 打ち終えたあと、凛はしばらく動けなかった。


 少し怖い。


 自分を出しすぎただろうか。


 でも、嘘ではない。


 そして、読者を傷つけるための痛みではない。


 優しい言葉の根拠になる痛みだった。


 凛は声に出して読んだ。


「だから私は、簡単に『大丈夫だよ』とは言えません」


 この一文は、残したいと思った。


 凛の夜の章は、簡単な励ましではない。


 大丈夫ではない夜を知っているから、急がせない。


 そのことが、前より伝わる気がした。


 凛は青いノートへ書いた。


『夜の章に、本音の痛さを少し入れた。

優しさの理由を書く。

簡単に大丈夫と言えないから、次の一呼吸を書く。

これは採用候補。夜にもう一度読む。』


 次に、七海の感想を見た。


『重いけど、読めない重さではない。

休憩所が良い。

働くことで自分を失うのが怖い、は絶対残す。

凛の声がある。』


 七海の感想からは、何を反映するか。


 まず、休憩所は残す。


 灯の感想を受けて、さらに凛自身の一呼吸を足した。


 働く章の芯は絶対に残す。


 ここは変えない。


 七海が見つけてくれた「読める重さ」は、この作品にとって大事な基準だ。


 凛は働く章を開いた。


 この章は、説明が少し多いところがある。


 でも、今日は大きく削らない。


 七海が刺さると言ってくれた芯を中心に、章の最後へ一文だけ足すことにした。


『働くことが怖いという言葉の奥には、怠けたいだけでは片づけられない痛みがありました。

私が怖かったのは、朝から夜まで働くことだけではありません。

働く場所の中で、自分の声が少しずつ聞こえなくなっていくこと。

「大丈夫です」と言い続けるうちに、本当に大丈夫かどうかもわからなくなること。

その怖さに名前をつけるために、私はこの章を書いています。』


 凛は読み返した。


 働くことで自分を失う怖さを、少し補強できた気がする。


 七海が刺さると言ってくれた一文を、章の中でさらに支える修正だった。


 凛はノートへ書いた。


『七海ちゃんの感想を反映。

働く章の芯を補強。

怠けではなく、自分の声が聞こえなくなる怖さ。

これは採用。』


 ここまでで、凛は少し疲れていた。


 まだ朝なのに、かなり集中していた。


 でも、不思議と嫌な疲れではない。


 感想に振り回されるのではなく、感想と一緒に作品の中を歩いた疲れだった。


 スマートフォンが震えた。


 七海からだった。


『今日、直してる?』


 凛は返信した。


『少しだけ』


『灯ちゃんの感想も見ながら、小さな私への章と夜の章を直した』


『直しすぎてない?』


 七海からすぐに返ってきた。


『今のところ大丈夫だと思う』


『採用した理由をノートに書いてる』


『えらすぎ』


『理由ある採用なら大丈夫そう』


 凛はその言葉を見て、少し笑った。


 理由ある採用。


 確かにそうだ。


 誰かに言われたから採用するのではない。


 作品の中心に合うと思ったから採用する。


 その理由を書いておけば、凛は自分を見失いにくい。


 凛は青いノートに書いた。


『感想を採用する時は、理由を書く。

誰かに言われたから、ではなく、作品の中心に合うから。

理由ある採用。』


 大学へ向かう時間になり、凛はファイルを保存した。


 今日の修正は、大きすぎない。


 でも、確かに作品が少し深くなった気がした。


 凛は電車の中で、スマートフォンのメモに今日の修正点をまとめた。


『今日の反映。

一、小さな私への章。休憩所のあとに、私自身の一呼吸を追加。

二、夜の章。優しさの理由になる本音の痛さを追加。

三、働く章。自分の声が聞こえなくなる怖さを補強。

四、全部、理由を書いて採用。』


 大学に着くと、七海がすぐに凛の顔を見た。


「今日、ちゃんと考えて直した顔」


「そんな顔ある?」


「ある」


 二人は並んで歩きながら、凛は朝の修正について話した。


 灯の感想をもとに、小さな私への章に自分の一呼吸を入れたこと。


 夜の章に、自分の夜の怖さを少し入れたこと。


 働く章に、自分の声が聞こえなくなる怖さを足したこと。


 七海は静かに聞いたあと、頷いた。


「いいと思う」


「まだ読んでないのに?」


「方向として」


「方向」


「うん。凛ちゃんが、感想に振り回されて直した感じじゃないから」


 凛は少し安心した。


「ちゃんと自分で選んだ感じがする」


 その言葉が嬉しかった。


 自分で選ぶ。


 感想を受け取りながら、自分で選ぶ。


 それが今日の目標だった。


 講義中、凛はノートの端に書いた。


『感想を反映することは、自分を消すことではない。

誰かの目を借りて、自分の作品をもう一度見ること。

最後に選ぶのは私。』


 昼休み、灯からメッセージが来た。


『昨日の感想、大丈夫だった?重くなかった?』


 凛は少し驚いた。


 灯も、感想を渡したあと気にしていたのだ。


 凛は返信した。


『大丈夫』


『怖かったけど、すごく助かった』


『小さな私への章に、私自身の一呼吸を足した』


『夜の章にも、優しさの理由になる本音を少し足した』


 灯からすぐ返事が来る。


『それめっちゃ良さそう』


『でも、私のせいで無理に痛くしないでね』


 凛の胸が温かくなった。


 灯も、凛を急がせたいわけではない。


 感想を命令にしたいわけではない。


 凛は返信した。


『大丈夫。採用する理由をノートに書いてから直してる』


『作品の中心に合うと思ったところだけ入れてる』


 灯から返事が来た。


『それなら安心』


『凛ちゃん、ちゃんと作者してる』


 作者。


 その言葉に、凛は少し固まった。


 作者。


 自分が作者。


 まだその言葉には慣れない。


 でも、昨日より少しだけ受け取れる気がした。


 凛は青いノートに書いた。


『ちゃんと作者してる、と言われた。

怖い。

でも少し嬉しい。

作者とは、全部ひとりで正解を出す人ではなく、受け取って、選んで、作品へ返す人なのかもしれない。』


 夕方、凛は『cafe 月灯り』へ向かった。


 真白に、今日の反映について話したかった。


 店に入ると、真白はカウンターで本を読んでいた。


「いらっしゃい」


「こんばんは」


「今日は、感想を作品に返してきた顔」


 凛は笑った。


「本当に当たりますね」


 凛は席に座り、ココアを待ちながら今日のことを話した。


 七海と灯の感想を並べて、採用する理由を書いてから修正したこと。


 小さな私への章に、凛自身の一呼吸を入れたこと。


 夜の章に、簡単に大丈夫と言えない理由を入れたこと。


 働く章の芯を補強したこと。


 真白は静かに聞いていた。


「すごく大事な作業をしたね」


「大事ですか」


「うん」


 真白はココアを置いた。


「感想をそのまま貼りつけるんじゃなくて、凛ちゃんの言葉に戻してから作品に入れたんでしょ」


「はい」


「それが、作者の仕事なのかもしれないね」


 灯と同じような言葉に、凛の胸がまた揺れた。


 作者の仕事。


 受け取る。


 考える。


 選ぶ。


 自分の言葉に戻す。


 作品へ返す。


 それが作者の仕事。


 凛は青いノートへ書いた。


『作者の仕事。

感想をそのまま貼ることではない。

受け取って、考えて、選んで、自分の言葉に戻して、作品へ返すこと。』


 夜、家へ帰った凛は、今日修正した部分をもう一度読んだ。


 小さな私への章。


 夜の章。


 働く章。


 どれも、少しだけ深くなった気がする。


 でも、凛の声は消えていない。


 七海の声と灯の声がそのまま入っているのではない。


 二人が照らしてくれた場所を、凛が自分の言葉で書き直した。


 それが嬉しかった。


 凛は作品メモに書いた。


『感想を作品へ返した。

七海ちゃんの感想は、読者の呼吸を教えてくれた。

灯ちゃんの感想は、痛みの芯を教えてくれた。

私はその両方を受け取り、作品の中心へ戻って考えた。

採用したものには理由を書いた。

採用しなかったものも、無視ではなく保留にした。』


 凛は続けた。


『感想を反映することは、自分を消すことではなかった。

むしろ、自分の作品の中心を確かめる作業だった。

誰かの目を借りて、自分では見えなかった場所を見る。

でも、最後にどこへ灯りを置くかは私が決める。

私は今日、少しだけ作者として作品の前に立てた気がする。』


 書き終えると、凛は静かに息を吐いた。


 作者として作品の前に立つ。


 その言葉はまだ大きい。


 でも、今日の凛には少しだけ近づけた気がした。


 青いノートを開き、最後に書く。


『今日は、感想を作品の中へ返した。

全部を採用しなかった。

全部を無視もしなかった。

理由を書いて選んだ。

七海ちゃんと灯ちゃんの灯りを借りて、私の言葉を少し深くした。

感想と一緒に、作品を育てることができた日だった。』


 書き終えると、凛はペンを置いた。


 窓の外には、冬の夜が広がっている。


 作品は、少しずつ誰かの手を通って育っている。


 でも、凛の作品であることは変わらない。


 むしろ、誰かに読まれ、感想を受け取り、そのたびに凛が選び直すことで、作品の中心は少しずつ強くなっている。


 凛はパソコンを保存した。


 明日は、いよいよ真白へ見せる準備をすることになるかもしれない。


 それはまた、別の怖さを連れてくる。


 けれど今夜は、ここまででいい。


 感想を受け取り、選び、作品へ返した。


 その一日を、凛は静かに抱きしめた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、凛が七海と灯の感想をどう作品へ反映するか考えるページでした。


感想を全部採用しない。

でも、全部無視もしない。

作品の中心へ戻して、理由を書いて選ぶ。


凛は少しずつ、「作者として選ぶ」ことを覚え始めています。


次のページでは、感想を反映した試し読み四章を、いよいよ真白へ見せる準備をしていきます。

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