52話 変わり始めた未来
囲炉裏の火は、もうほとんど炭になっていた。
私はスマホを握ったまま、しばらく動けずにいた。
帰れる。
その言葉だけが頭の中を何度も回っている。
だが同時に、引っかかることもあった。
『未来が変わり切ってないから』
あの一文。
私はゆっくりと文字を打ち込む。
『未来が変わるって、どういう意味ですか』
送信。
数秒後、既読がついた。
だが、返事はすぐには来なかった。
囲炉裏の火を見つめながら待つ。
静かな夜だった。
風の音だけが、古い家の隙間を通って聞こえてくる。
やがて画面が光った。
『あなたがここで生きてるから』
短い文章。
『本来いなかった人がいるだけで、少しずつ変わる』
私は眉をひそめる。
『そんなに変わるものなんですか』
返事はすぐだった。
『変わるよ』
『人は思ってるより簡単に変わるから』
その言葉だけ、妙に重く感じた。
私は少し考えてから、また送る。
『あなたは未来の人なんですよね』
今度は少し間が空いた。
『そうだよ』
『あなたより、少し先の未来』
やはり。
否定されなかったことで、逆に現実感が薄れる。
普通なら信じない。
だが、自分自身が過去に来ている以上、否定する理由もなかった。
私は続ける。
『なんで俺を探してたんですか』
入力中の表示が出る。
消える。
また出る。
迷っているようだった。
そして届いた返事は、予想していたものとは違った。
『助けたかったから』
その一文に、指が止まる。
『あなたを』
囲炉裏の火が、小さく崩れる音を立てた。
私はしばらく返事を打てなかった。
助ける。
その言葉に現実感がない。
今の自分は、少なくとも生きている。
山木屋で暮らし、働き、食べている。
苦しいことはあっても、破滅しているわけじゃない。
だが。
未来の自分は違ったのかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎる。
『未来の俺に、何があったんですか』
送信する。
今度の沈黙は長かった。
外では風が強くなっている。
窓が小さく鳴った。
数分後、ようやく返事が届く。
『今はまだ言えない』
『でも、帰りたいと思う理由は、そのうちちゃんと分かる』
曖昧な返事だった。
それでも、嘘をついている感じはしなかった。
私は天井を見上げる。
古い木の梁が暗がりの中に浮かんでいる。
この家に来てから、一年以上が過ぎた。
最初は、生き延びるだけだった。
それが今では、当たり前みたいに生活している。
春になれば桑を見る。
夏は暑さの中で作業をして、秋には少しだけ落ち着く。
冬は囲炉裏の前で雪の音を聞く。
そんな暮らしが、自分の中に根付き始めていた。
なのに。
スマホ一つで、その全部が揺らぎ始めている。
画面を見る。
雪から、新しいメッセージが届いていた。
『でも安心して』
『わたしは、あなたの味方だから』
私はその文章を、しばらく黙って見つめていた。




