48話 残された光
山木屋での生活が始まってから、一年と数ヶ月が過ぎていた。
季節はまた冬に戻ってきている。
朝は冷え込み、外に出れば白い息が浮かぶ。山に囲まれたこの土地は、街にいた頃よりも寒さが深く感じられた。
それでも、最初の頃のような不安はもうない。
朝に起き、作業をして、星さんのところへ向かう。
蚕の世話を覚え、桑の状態を見る目も少しずつ身についた。
空いた時間には、自分の家になった古い家の修繕も進めている。
完全ではないが、生活は回っていた。
金も、最低限なら困らない。
未来の知識を使えば増やす方法はいくらでも浮かぶ。だが、実際にやっているのは、ごく小さな範囲だけだった。
競馬も、生活費の足しになる程度。
大きく動けば目立つ。
この時代で、身元の曖昧な人間が目立つのは危険だった。
だから、結局は地に足のついた生活を続けている。
囲炉裏の火を見つめながら、私は静かに息を吐いた。
悪くない生活だった。
静かで、人が少なくて、余計なものがない。
昔の自分なら、こういう暮らしを求めていた気もする。
だが、それでも。
心のどこかに空いた穴だけは、埋まらなかった。
夜になると、時々思い出す。
妻のことを。
顔も、声も、まだ覚えている。
だが、それが少しずつ遠くなっている気がしていた。
このままここで何年も過ごせば、自分はあの未来を本当に過去として扱うようになるのかもしれない。
それが怖かった。
私は立ち上がり、部屋の隅に置いていた荷物を引き寄せる。
布に包まれたまま、ずっと触れていなかったもの。
スマートフォン。
未来から持ってきた物だった。
電源はほとんど入れていない。
充電を減らしたくなかったし、見るたびに現実感が揺らぐからだ。
それでも、今日はなぜか気になった。
私は充電器に繋ぎ、しばらく待つ。
黒かった画面が、ゆっくりと光を取り戻した。
見慣れた起動画面。
それだけで、胸の奥が少しだけ苦しくなる。
私は無意識にアプリ一覧を眺める。
未来では当たり前だったものが、今の時代には存在しない。
その中で、あるアイコンに指が止まった。
この時代に来るきっかけになったソーシャルゲーム。
この時代でもつい最近配信されたのだ。
当時のアカウントはまだ存在しないし、フレンドなども全く存在しない。
だがもし、まだ繋がるなら。
もし、このスマホが未来と完全に切れていないなら。私は小さく息を呑む。
そして、わずかな希望と一緒に、そのアプリを開いた。




