45話 口座
山木屋での生活が始まって、数日が過ぎた。
朝に起きて、星さんのところへ向かい、作業を手伝う。
夕方に戻り、家の中を少しずつ整える。
やることは単純だった。
だが、その単純さが続いている。
生活として、形になり始めていた。
その流れの中で、一つだけ気になっていたことがある。
金のことだった。
今のところ、生活費はほとんど動いていない。
星さんのところに通っている分で、増えも減りもしない状態が続いている。
だが、それがずっと続くとは思っていなかった。
休日の朝、私は福島駅へ向かった。
星さんのところには、あらかじめ今日は休むとだけ伝えてある。
特に理由は聞かれなかった。
バスに乗り、山を下る。
見慣れてきた景色が、ゆっくりと街に変わっていく。
駅前に着くと、人の多さと音が一気に戻ってきた。
向かったのは、駅前の銀行だった。
ガラス張りの入口を抜け、中に入る。
平日の昼前で、混雑はしていない。
番号札を取り、椅子に座る。
手元の通帳を見る。
未来から持ってきたものだった。
本来なら、この時代の今頃に開設されるはずの口座。
そして実際に、記帳されている開設日もその時期になっている。
違和感はない。
むしろ、合っている。
だからこそ、使えるかどうかを確かめに来た。
番号が呼ばれる。
窓口に向かい、通帳を差し出す。
「こちら、確認をお願いしたいのですが」
できるだけ自然に言う。
行員は通帳を受け取り、機械に通す。
画面を見ながら、淡々と処理を進める。
特に引っかかる様子はない。
「少々お待ちください」
そのまま操作が続く。
余計な質問はなかった。
しばらくして、通帳が戻ってくる。
「こちらの口座でお間違いありません」
それだけだった。
問題はない、という意味だった。
私は小さく頷く。
「ありがとうございます」
通帳を受け取り、そのまま窓口を離れる。
外に出る。
駅前の音が戻ってくる。
少しだけ、息を吐いた。
使える。
ただ、それだけが確認できた。
口座の中に金は入っていない。
それでも、使えるという事実は残る。
今すぐ何かが変わるわけではない。
だが、必要になった時に動ける。
それだけで十分だった。
用事はそれだけだった。
余計に長居はせず、そのままバス乗り場へ向かう。
再び山へ戻る。
窓の外の景色が、街から山へと変わっていく。
やることは変わらない。
通って、覚えて、続ける。
生活は、まだ細いままだった。
それでも、切れてはいない。
山木屋に着く頃には、日が少し傾き始めていた。
家に戻り、戸を開ける。
中の空気は、もう完全に他人のものではなかった。
通帳を奥にしまう。
今は、それで十分だった。
外に出る。
静かな山の空気の中で、私はしばらく立っていた。
生活は続く。
それだけは、はっきりしていた
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