27話 夜の底
夜。
家の中は、息を潜めたみたいに静かだった。
電気はつけていない。
窓から差し込む月明かりだけで、部屋の輪郭がぼんやりと浮かんでいる。
まとめた荷物は、ひとつだけ。
元から持っていた物も、ここで増えた物も、ほとんどない。
必要なものだけを詰めたはずなのに、それすら軽かった。
(これでいい)
そう思い込む。
そうでもしないと、足が止まる。
財布を開く。
三十万。
それだけだ。
それ以外は、全部株に入れた。
だがその株は......
北大路さんの名義。
自分では、もうどうにもできない。
「ははっ」
小さく笑う。
乾いた音だった。
結局、同じだ。
手に入れたと思ったものは、全部こぼれていく。
最初から、持つ資格なんてなかったみたいに。
(迷惑、かける前に)
それだけは守りたかった。
警察は動いている。
農協も、あの視線も。
このままここにいれば、確実に巻き込む。
だから、消える......
それだけだ。
玄関に向かう。
床がわずかに軋む。
やけに音が大きく感じる。
ふと、奥の部屋に目を向けた。
扉は閉まっている。
灯りはない。
もう寝ているのかもしれない。
それとも......
(起きてたら)
足が、止まりかける。
今なら、まだ間に合う。
声をかければ。
全部、話せば。
ここに、残れるかもしれない。
いや......
首を振る。
それをしたら、終わる。
また、同じことになる。
中途半端に残って、全部巻き込んで。
最後に壊す。
それだけは、もうやりたくなかった。
視線を外す。
玄関に手をかける。
鍵を回す音が、やけに響いた。
少しだけ、息を止める。
動きはない、静かなまま。
誰も、出てこない。
ゆっくりと扉を開ける。
夜の空気が、流れ込む。
冷たい。
思っていたよりも、ずっと。
外に出る。
振り返らない。
振り返れば、終わる。
そのまま扉を閉める。
小さく音がした。
それだけだった。
何も起きない。
呼び止める声もない。
足音も、ない。
ただ、静かに――切れた。
その事実だけが、胸に残る。
歩き出す。
砂利を踏む音が、夜に響く。
一歩。
また一歩。
止まらない。
止めない。
財布の中身は三十万。
株は、もう自分のものじゃない。
居場所もない。
繋がりも、ない。
また、全部失った。
夜道を歩きながら、ふと空を見上げる。
星が出ていた。
やけに、はっきりと見える。
こんなに静かな夜は、久しぶりだった。
何も持っていない。
何も残っていない。
それでも、足だけは動いている。
止まれば、終わる気がした。
だから、歩く。
どこに行くのかも分からないまま。
ただ、前へ。
夜の中に、自分の足音だけが残っていた。




