これはポーションか?
色々な事があったが、もうすぐアリカ・イ・パリナコータに来て半年。
次の便で後任者がここにやって来ると石板連絡があり、俺のここでの仕事ももう終わる。慣れるまでには時間がかかったものの、いざ帰るとなると少し寂しいものだ。
この店に通っていたリーダーやベスティさん。癒しをくれたアウラちゃん。
俺のために送別会を開き、涙と笑いの特別な時間を与えてくれた。何年かあとに、またここに旅行ででも来たいものだ。
俺はあの港にやってきている。
目の前に止まっているのは清水丸。つまり俺の後任がやってきたわけだ。
よくよく考えると俺は前任者とは会っていないな。
シュナウザーさんが甲板から橋を渡すと、久々に見る日本美女が港に降り立った。
「葉山くん、ご苦労さま」
「こ、小柳さん!?」
周りを見渡しても小柳さんとシュナウザーさん以外の人影はない。
後任者って小柳さんなのか!? せっかく日本に戻ったら小柳さんとのきゃっきゃうふふな生活が始まると思っていたのに。
「小柳さんが、俺の後任者なんですか?」
「えぇ、そうなるわね」
少し落ち込んだ俺の顎を、小柳さんは人差し指でクイと持ち上げた。
「葉山くん、アタシが次の支店長になる予定なんだけど、あなたの協力があればより良い支店になると思うの。もちろんこのまま日本に戻るかどうかは葉山くん次第よ」
小柳さんが耳元で優しく囁く。
日本には帰りたい。でもここで小柳さんと一緒に頑張るのは魅力的だ。何を頑張るのかは言えないが魅力的だ。
「そ、その、会社的には問題無いんですか?」
「ちゃんと社長から許可は貰ってるわよ。葉山くんは例年の二倍の数字を成果としてあげているし、本人の意思で残るのであれば構わないって。でも今度の任期は2年になるわ。それでもアタシと一緒に頑張ってくれる?」
目を潤ませ、スッと俺の手を握る小柳さん。
これで断る男がいるだろうか?
否!
ここで断る奴は断じて男ではない!
「はっはっは! 俺もちょうど帰るにはまだ早いと思ってた所なんですよ! 是非、小柳さんのお手伝いをさせて下さい!」
「本当に! ありがとう、葉山くん!」
俺の手を両手で握りしめ、顔をほころばせる小柳さん。これからの2年間を想像すれば顔がニヤけてしまう。
シュナウザーさんは「なんだ葉山は残るのか」なんて言いながら三つ編みの髭を呆れた顔で触っている。
その後、小柳さんも長い船旅で疲れているとのことで、支店に向かうのは明日にしようと港の宿で一泊することに。
シュナウザーさんもたまには陸地で寝たいと、俺と小柳さん、リスファを含めた4人で夜遅くまで酒を飲みつつの宴会になるのだった。
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————
——————。
ズキリと痛む頭。
昨日は少し飲み過ぎてしまったようだ。
楽しかったのは感覚的に残っているのだが、記憶が曖昧だ。
小柳さんが何度もお酌をしてくれたのを全部飲み干してたっけ?
部屋に散乱する空きビンを見る限り相当な量だ。
腹を出して寝ているリスファ。だが小柳さんとシュナウザーさんは見当たらない。
そりゃ別に部屋をとってるよな。
窓から外を見れば日は高い。
俺が喉を潤そうとグラスに水を入れ一気に飲み干すと、大きな欠伸しながらリスファがムクリと起き上がった。
「ふぁぁ。店長おはようっす」
「おはようリスファ。っても今日から店長は小柳さんだから……ややこしいな」
そう、今日付けで支店長は小柳さんに代わり、俺は支店長補佐となる。
リスファが小柳さんを店長と呼んだら、俺まで反応してしまいそうだ。
そう思いながら含み笑いしていると、リスファはキョトンとした顔つきで首を傾げる。
「店長……飲み過ぎっすか? 頭大丈夫っすか? 店長が店長っすよ?」
「あーっ、リスファはよく分かってなかったか。実はな、今日から店長は小柳さんになるんだ。ほら、昨日一緒に飲んでた綺麗な人がいただろ? あの人だよ。俺は支店長補佐になるんだ。まっ、これからまた2年間、よろしくなリスファ」
俺が朗らかな笑顔を向けているはずなのに、リスファは眉間にシワを寄せ、ズイと顔を近づけた。
「酒臭いっす。やっぱり店長、昨晩のこと覚えて無いんじゃないっすか? 店長が店長を続けるって言ってたじゃないっすか」
んっ?
そういえば記憶の片隅にそんなことを言ったような言ってないような。
――あっ!
「私に店長なんて出来るかしら」と不安がる小柳さんに「俺が目一杯サポートしますよ! なんなら俺がしばらく店長続けます!」なんて言った気もする。
まぁ、大事なのは小柳さんと一緒に仕事をすることなので、誰が店長でも構わないのだが。
だがリスファは信じられない一言を続けた。
「それに、あの人はもう帰ったっすよ?」
「——はぁ?」
ちょっと待とうかリスファくん。
今なんて言いました?
帰った?
誰が?
稲妻に打たれたような衝撃を受け、俺は弾丸の速さで外に飛び出した。
昨日あった船着場に清水丸は無い。
う……そだろ?
ドッキリだろ? と、周りを見渡すが船の姿などどこにもない。
滝のような汗が体から湧き出る。
後ろから追いかけてきたリスファは、あの見慣れた石板を俺に差し出した。
そこに白く浮かび上がる文字。
『ごめんね葉山くん。
本社で問題が起きたので、帰ることになりました。
会社には昨日葉山くんがサインしてくれた「支店長継続契約書」を提出しておきます。
追伸
また2年後に葉山くんに会える日を楽しみにしてるからね!』
またかぁー!!
俺はそのまま石板を叩きつけたくなる衝動をかろうじて押さえ込んだ。
一体俺は何度小柳さんに騙されれば気がつくのだろう。
あれは女狐だ、信じちゃいけないと分かっているのに……。
項垂れる俺の肩をポンと叩いたリスファはニッコリと笑いかけてきた。
「済んだことは仕方ないっすよ店長。またよろしくっす!」
「……もう無理、元気が出ない」
「仕方ないっすね。自分の奢りっす!」
リスファは鼻をフンと鳴らして、見慣れた茶色の瓶を差し出す。
あの見慣れた商品だ。
「なぁ、リスファ。これはポーションか?」
「何言ってるっすか? これは栄養ドリンクっす。元気が出るっすよ!」
笑顔を向けるリスファから受け取ったアリメントα。
——俺は栄養ドリンクをグビリと飲み干した。
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