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濃霧の魔女

 仲間を引き連れてきてあれだが、非常に申し上げにくいことに勝ち目が見えない。

 自らをアジ・ダ・ハーカと名乗り、また僕たちという点から考えて一人ではないことだけはわかった。加えて言うなら、俺の心臓が弾けた理由が姿を見せない仲間の仕業だということは、望月養護教諭が張った結界のような煙で証明できたようだ。


 しかし、これで援護射撃が出来ない状態になったというのに余裕を見せているということは、つまりそういうことなのだろう。

 アジ・ダ・ハークにとって俺たちは危険視するほどのものではなく、かといって放っておくこともしない程度の人間なのだ。


 これはまた、厄介なやつだな。


 正直に言おう。日を追うごとに面倒なやつに絡まれるのどうにかならないか、と。

 重ねて言おう。正直もう帰りたくなってきた、と。


 だがここで逃げ出すことは許されない。麻里奈が誘拐されているからだけでなく、俺はみんなを巻き込んでまでここにやってきた。だから、その俺が逃げることだけは許されないのだ。

 余裕を見せているアジ・ダ・ハークに満身創痍の俺は問う。


「どうして麻里奈を誘拐したんだ?」

「それが最適解だったからさ」

「俺を呼び出すための、か? だったら大当たりだよ、くそったれ」


 やはり、アジ・ダ・ハークの目的は俺だった。もしかしたらの域を脱して、俺は少しげんなりする。

 俺は思春期の男だ。女の子に呼び出されるのなら甘んじて……むしろ喜んでその状況を楽しむだろう。でも、男に求められて嬉しさを持つとすれば、戦闘狂の黒崎颯人くらいのものだ。

 つまるところ何も嬉しくないし、迷惑ですらある。しかも、俺を呼び出すために麻里奈を誘拐するとか、やっぱり幽王の仲間は頭が狂ってるに違いない。


 他人の迷惑というものをまるでわかっていなさそうなアジ・ダ・ハークに俺はダメ元で問う。

 すると、案外にもすんなりと答えてくれた。


「なあ、お前たち一体何人なんだ?」

「三人だが?」

「……え、俺が言うのもなんだけど教えてよかったのそれ?」

「問題ない。その質問に答えるのは計画の内だよ。それに、人数を教えたところで君に勝ち目はないのは確かだろう?」


 ごもっともで。


 確かにアジ・ダ・ハークの構成人数がわかっても俺に勝ち目はない。ただし、この場にいるのは俺だけではない。曲がりなりにも不老不死者である望月養護教諭と、全快ではなかったにしろ俺をあしらってみせた実と穂がいる。


 俺にできずともみんななら……。


 しかし、その考えは甘いものだと思い知る。

 望月養護教諭に俺が相談しようと振り返ると、瞬間にして望月養護教諭の心臓あたりから紅い花が咲いた。それが血液の飛散だと知る頃には望月養護教諭は動かぬ死体になっていた。

 もちろん、望月養護教諭は不老不死者だ。だが、いくら不老不死者と言えど心臓や頭を潰されれば通常平均二十四時間は復活できない。さらに、復活しても動けるようになるまでに個人差はあれど五、六時間は動けなくなるのだ。

 そのことをリハビリ中に教えてもらった俺はとっさに実と穂を守るように飛びかかり覆いかぶさる。


「せ、せんぱい!?」

「お、重いのですよ~」


 双子には不評だったが仕方ない。辺りを見回してみるがやはり遠距離支援を行っているやつは見つからない。隠れているのか、あるいはもっと遠い場所なのか。ともかく見つけられなければ気をつけることも出来やしない。

 望月養護教諭が眠った事により能力が霧散していき、煙の結界が失せていく。やがて視界が明快になるころには、アジ・ダ・ハークはこう宣言した。


「チェックメイトだ。力が逃げ出した君では所詮、僕たちの足元にも及ばない弱者だ。降参をおすすめするが、どうするかな?」

「…………」


 結界を張っていたのに遠距離からの支援攻撃が望月養護教諭の心臓めがけて命中したようだ。

 しかし、そんなことが本当に可能なのか。間違っても望月養護教諭はその攻撃を喰らわないようにするために結界を張っていたはずだ。ならば、その攻撃が命中するなど考えられない。

 あるいは三人目の能力だろうか。だとすれば、説明はつくが勝ち目は遠のく。未だアジ・ダ・ハークの能力は未知数だ。だというのに、相手は俺達のことをよく知っているように見える。

 おそらくは実際に見ていたのだろう。学校にアジ・ダ・ハークが侵入していたのを俺は知っている。俺についての情報も、俺の私生活もきっと調べがついている。おそらくそのせいで幽王が颯人を勧誘する際に俺の家に侵入できたんだ。


 情報不足と力量不足に俺の思考は敗北の色を濃くさせていく。活路を見出そうとしても、今の俺ではどうしようもないと力が抜けていく。

 ただ麻里奈が守れないという一点だけが今の俺を折れさせないでいてくれていた。


 本当に勝ち目はないのか? あいつと戦って俺は一体何を見た。何をされた!? 考えろ。奴らは三人。でも、目の前にいるのは一人。もうひとりは遠距離支援で……もうひとりは?


 俺は守るために覆いかぶさっていた双子から離れる。やっと開放されたと息を吐いている双子をそのままに、俺は実と穂に告げた。


「お前たちは三人目を探せ。たぶん、建物の中にいるはずだ」

「……せんぱいは?」

「遠距離支援もあるのに無茶ですよ~?」

「それなら大丈夫だ」


 言うなり、俺のすぐ横の地面がぜた。おそらくは心臓辺りが弾けた攻撃が地面に命中したのだろう。無論、地面が爆ぜたということはその攻撃が外れたということになる。

 その事実にいち早く気がついたアジ・ダ・ハークは右耳に手を当てて焦った声を上げた。


「どうした?」


 おそらくワイヤレスイヤホンでも予め装着していたのだろう。それで連絡を取っていたのかもしれない。

 そして、通話先の言葉をもらったらしいアジ・ダ・ハークは驚いたような顔で俺を見てきた。俺もそれに答えるように少し笑ってみせる。

 種明かしとしては実に簡単だった。ただ、それには少しだけ事実改変を行わなければならないだけで。


「やっぱり、死んでなかったんですね、先生・・


 死んだはずの望月養護教諭の死体が俺の言葉を受けて霧散していく。完全に消え去るときには、俺の横に生きている望月養護教諭が現れて口には葉巻が収まっていた。

 その葉巻を右手の親指と人差指で掴んで口から外すと、妖艶な笑みで答えたのだ。


「ええ。私、こう見えて死ぬのは嫌なのよ。痛いし」


 実際のところ、不老不死者は死なない。だが死ぬ際の激痛はきちんと受け取る。要するに死ぬほどの攻撃を受ければ死ぬほど痛いだけなのだ。それが嫌だと言った望月養護教諭はもう一度葉巻を咥えた。


 死んだはずの望月養護教諭が生きていたことに驚きを隠せない様子のアジ・ダ・ハークは眼鏡を中指で上げてから事実確認をする。


「どうしてあなたが? 確実に心臓を撃ち抜かれたはずなんだけれど」

「ええ、撃ち抜かれたわね。私のダミー(・・・・)が」

「ダミー……そうか、《世界矛盾》の能力で…………」

「御名答。ほら、私ってよく馬鹿にされるけれど魔女なのよ……魔女なのよねぇ…………」


 魔女という単語が気に入らないのか言った本人が肩を落としている。

 かくいう俺はまだ魔女とかそういう言葉に弱いのと、初めてそんなことを聞いたため少し驚いていると横から実が小声で説明してくれる。


「せんぱい知らないの? 《世界矛盾》を扱う女性はみんな魔女を冠した二つ名が与えられるの。例外もあるけどね」

「へ、へぇ……?」


 その例外というのが幽王が言っていた《左翼の龍妃》と呼ばれる黒崎美咲さんなんだろう。

 しっかし、魔女と呼ばれるだけあって望月養護教諭も相当の能力を持っているようだ。まさか、自分の死を偽造できるとは。


 一瞬、その能力があればクロエと麻里奈が喧嘩したときに死んだふりで逃げられるのではないかと考えたが、直ぐにバレそうだなと思った。


 なにはともあれ、これで形勢は逆転したと言える。なぜなら、こうして話している間にもアジ・ダ・ハークの遠距離支援は地面を爆ぜさせるだけで命中しない。これは予想だが、望月養護教諭の《世界矛盾》の能力だろう。

 そうして、葉巻を二、三回吹かしてから、望月養護教諭が唱える。


矛盾解消ハロー・アンダーワールド――――狂ってしまいなさい、《狂乱の銀世界》」


 それは《世界矛盾》を解き放つためのワードだった。

 その言葉が唱えられると、望月養護教諭からドライアイスに水をかけたように勢いよく煙が立ち込める。しかし、今までの煙とはまるで違う。言うなれば煙の濃さが違うのだ。その煙に巻かれれば一ミリさきでもあるいは見えないかもしれない。

 けれど、たかが煙だ。これのどこに世界を脅かすほどの矛盾があるのだろう。

 するとアジ・ダ・ハークが見たこともないほどに焦った様子でなりふり構わずに通話先に告げた。


「撃て!! 今すぐ《濃霧の魔女(・・・・・)》を撃ち殺せ!!」


 《濃霧の魔女》。それがおそらく望月養護教諭の二つ名なのだろう。

 しかし、この煙にそれほど驚く要素がわからなかったが、徐々にその凄さが身にしみる。

 攻撃を放ったであろう後方支援の謎の攻撃が煙に巻かれて途中で消えたのだ。それだけではない。時間を追うごとに範囲を広げていく煙にアジ・ダ・ハークが触れると、ふらりと平衡感覚を失ったように片膝を着く。

 一体何が起きているのかと見ていると、望月養護教諭が説明してくれた。


「私の《世界矛盾》はね、世界が狂うのよ。人がドラックをすると狂ってしまうように、私が作ってしまったドラックは世界を狂わせた。世界が狂うとどうなると思う?」

「さ、さあ?」

「そこで生きるすべての動植物に影響が及ぶのよ。例えば、こんな風に」


 言って、望月養護教諭が葉巻を吹かすとアジ・ダ・ハークが立っていた地面がえぐれる。突発的に地面がなくなったことで、アジ・ダ・ハークはバランスこそ崩さなかったものの多少のかすり傷が出来上がる。


 恐ろしいとかそういうレベルのものではない。颯人の《世界矛盾》とはまるで違う。別の意味で世界を壊してしまいそうな能力だ。

 アジ・ダ・ハークに強さを示したところで望月養護教諭は言う。


「えぇっと、なんだったかしら。あ、そうそう。チェックメイト、だったわね。降参すればひどいことにはならないけれど、どうかしら?」


 颯人のせいで泣き寝入りするところばかりを見せられていたが、間違いなく望月養護教諭の本性はドSだ。

 今度から怒らせないようにしよう。

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