囚われの双子
次に目を覚ますと、目の前には葉巻を加えたまま俺の顔を覗き込む美しい女性が一人。目にはやる気がないのか少しジト目で、若さゆえかすっぴんにほど近い薄いメイクしかしていない肌がとても目立つ。
俺が目を覚ましたことに気がついたようで、ゆっくりと上体を起こして手につけていたゴム手袋を外してゴミ箱へと投げ捨てるようすが横目で見えた。
一連の動作を見ているうちに、俺が高校の保健室で眠っていたことが解った。
彼女の名前は望月静香。俺が通う高校の養護教諭でありながら、不老不死の人外である。
どうしてそんな彼女が目の前にいるのかと思うが、理由ならいくつか思い当たる節がある。
望月養護教諭は何を隠そう俺の専属医に志願してきた人で、俺もそれを容認した。カオスの一件で身体的に大きく損害を受けた俺を、主にリハビリなんかを通して一ヶ月足らずでほとんど不自由ない状態にまで戻してくれた。
もう一つは、俺が気絶した原因でもある双子との戦闘だろう。記憶が朧げなのだが、最後に由美さんが登場したことは覚えている。ともすれば、あの双子は由美さんの知り合いなのだろう。であれば、俺が気絶したことで望月養護教諭が呼ばれるのは無い話ではない。
ともかく、一命は取り留めたようだ。不死の身体だから死ぬはずはないが、持ち前の回復力の高さを存分に使って回復したばかりの体を起こす。
すると、青筋を立てた望月養護教諭が俺の頭を思いっきりひっぱたいた。
「まだ寝てなさいよね!? 馬鹿なんじゃないの? 馬鹿なんじゃないの!? よりにもよってあの双子と戦う? リハビリを終えてようやく動けるようになった体で? ねえ、馬鹿なの? 馬鹿なんでしょ? あんたに死なれると、私の幸せ計画が台無しじゃない!」
とまあ、こんな様子で、普段の望月養護教諭とは打って変わって取り乱した状態である。
彼女の尊厳のために言っておくが、普段の彼女は妖艶で真面目で特に男子生徒に人気の超々エリート養護教諭である。怪我をしたと言えば、忽ち完治させてしまい、他の教師に病院に連れて行くより保健室に連れて行くほうが治ると言わしめるほどにはエリートである。
そんな彼女が取り乱しているのも無理はない。何を隠そう彼女は自分以外の不老不死が嫌いで、なおかつ戦いに巻き込まれることが死ぬほど嫌いな不老不死者だ。
ではなぜ、不老不死である俺の専属医になったか。
聞いた話では、俺のそばにいることで後々甘い汁を舐めれると言う話だが、その真意は定かではない。
とにかく、ヒステリックを起こした望月養護教諭をなだめるように俺はうまくない言い訳を考え始める。
「まあまあ、双子のことも知らなかったし、何より俺は死なないんで大丈夫じゃないですか?」
「結果的にはね!? ていうか失念してたわ。そういえばあんたって不老不死になったばかりでこっちの世界のこと何も知らないのよね……。今度絶対に手を出しちゃいけない人リストを見せてあげるから、それまで戦わないで。いい!?」
「お、おう……」
どれだけ俺に価値が見出されているのだろう……?
この必死さを見るに、相当な値がつけられているのだろうが俺にはどうもそういうのがわからない。というか、俺普通の高校生なんですが。
必死になりすぎて息を上げる望月養護教諭は、一旦落ち着こうと深く息を吸う。そして、息を吐き出したかと思うとベッドを囲むように遮られていたカーテンを開放する。すると、そこにいたのは、拘束具を何重にも装着された双子美少女が悶ながら椅子に固定されている姿だった。
「…………これは一体……」
「私に聞かないで。いやほんともう頭がおかしくなりそうだから」
「あ、やっほー幼馴染くん。目が覚めた?」
常人が思いつく拘束の尽くを遥かに超えた拘束を行ったのはどうやら望月養護教諭ではなく、笑顔で俺に手を振る由美さんだったようだ。
明るく元気に手を振っているが、その手には注射器が握れており、タプタプと中身が揺れているのが見える。いったいそれをどうしようというのか、不思議に思っていたのだがぶすりと手近にいた双子の片割れに刺すと中身を全部駐車した。
するとどうだろう、悶ていた双子の片割れがぐったりと半目を開けて動かなくなる。
………え、もしかして殺った?
いや、正確には少し動いているので死んではないようだ。いやでも、ホント由美さんて容赦ないよな……。
「幼馴染くんにお話があるんだけど、ちょっと待ってねぇ。とりあえずこの子達を黙らせるから」
「……ちなみに何を注射してるんですか?」
俺に話しかけつつ、背を向けたままもう片方の双子にも同じく注射打っている。
由美さんと双子がどういう関係なのかはわからないが、とても良好な関係とは言い難い。
一仕事終えたと、満面の笑みで由美さんが俺の方を向くと、先程の質問の答えが返ってくる。
「ん? あぁこれ? 筋弛緩薬だよ?」
「…………………」
薬のことはよくわからないが、常人に使うべき薬ではないことはすぐにわかった。
だって、あの双子半眼のまま涙流してるもん! なんだったら椅子がじんわりと濡れ始めましたが!?
そんな様子を見ていた望月養護教諭は葉巻を味わいながら窓ガラスを遠い目で見つめていた。もはや現実を受け付けられないようだ。よくよく考えれば、この後始末をすべて望月養護教諭がすると考えれば目も当てられないほどにかわいそうになってくる。
しかしながら、俺はまだ知らないことがある。
由美さんが俺の家に来た理由。話があると言ってたがその内容。
何よりも、由美さんとその双子の関係性。どうして俺が双子に狙われたのかの真意。
聞きたいことは盛りだくさんだが、とりあえずはここから潰していこう。その双子は一体何者なのかと。
「えっと、その子達は……?」
「あ、この子達? 私の妹……義妹だよ~」
きゃー、もう嫌な予感しかしないザマス。
笑顔のまま顔の表情筋が固まってしまった俺は、後数分にかけて言葉を発することは出来なかった。
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・恭介の専門医は本人の意思で養護教諭の望月静香となった。





