「家庭」教師のお誘い
初投稿になります!
{あらすじ}
五人のきょうだいを持つ主人公は、お金のなさに毎日塾のバイト漬けの日々を送っていた。
しかしそんな彼の元に超美少女?それとも超美少年?正体不明の生徒からの依頼がやってくる・・・?!
金がない。
それが俺にとって生まれてこのかた、ずっと付きまとう問題だった。
「安藤先生?」
「ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてたよ」
生徒の声で我に返る。
金のない俺は、大学に通うかたわら家庭教師で金を稼いでいるのだ。
家庭教師を初めて約二年が経つが、やはり勉強は身を助けるのだと実感させられている。
大家族を支える長男として、私立大学にはとてもじゃないが行けなかった。
だからこそ国立大学を目指して死に物狂いで勉強し、俺は最終的に東大に受かったわけだ。
「ここは、こうやって解くんだ。ほら、ペンを貸してみて」
生徒にはできるだけ優しく教えることを心がける。
塾をクビになっちゃたまらないからな。
俺の下には五人のきょうだいがいる。
だけれどシングルマザーの家庭だから金銭的に苦しくて、俺はどうにか家を楽にしようと一生懸命働いていた。
「先生、ありがとう!」
「いいよ」
生徒に感謝されると嬉しいのは事実だが、同時に幼い子供たちの相手は骨が折れるのも事実だ。
しかし一日の仕事を終えて事務室に戻ると、何やら騒がしいことに気が付く。
「なんだ、ずいぶんと騒がしいな」
同期で入って来た久留米に声をかけ、騒ぎの中央をのぞき込む。
「おっ、安藤、良いところに来たな。お前にぴったりの案件じゃないか、これ」
「案件?」
案件、と聞くと俺は食いつかずにいられない。
なぜならこっちは働いても働いても金が足りないのだ。
稼げるものならもう何でも手を出してしまいそうなくらいなのである。
「ていうか、その案件って何?」
久留米の手の中にあったチラシを取り上げて、その内容を眺める。
「専属家庭教師・・・衣食住付き・・・?」
衣食住、という言葉を読み上げながら、思いっきり首をひねる。
「なんだよこれ、衣食住付きってどういうこと?」
半ば鼻で笑い飛ばしながら聞いてみると、久留米も肩をすくめて答えてくる。
「そんなの俺にだってわかんねえよ、でも給料見て見ろって。お前、これは喉から手が出るんじゃねえの」
確かに金には飢えているが、そう言われる筋合いはないぞ。
しかしそうは言いつつ給料は気になる。
金額の部分を見てみると、比喩でなく俺の喉からは妙な声が出た。
「えっ、時給五千円・・・?」
・・・うん、これは闇の香りがする。
「やめだな、やめ・・・さすがにこんな高い給料、信じられないな・・・」
俺はそう言って、チラシを机の上に戻した。
「おい、そう言いながらポケットにしまってんのはどういうことだよ?」
久留米に肩をつつかれて、思わず自分の右手を見る。
なんと俺の右手はチラシを綺麗に折りたたみ、見事な手つきでポケットに押し込んでいた。
いつのまに。
「なっ・・・しまった、これはその、無意識で・・・」
「無意識でその行動って、どんだけ金に飢えてるんだよ・・・」
憐れむような、同時にかわいそうなものを見る目を向けられた。
俺だってやりたくてやってんじゃねえやい。
「でも、この給料を見ちゃったら、お前が忘れられるわけないよな」
久留米は冗談っぽくそう言ってくるが、否定することができない。
「こ、これって塾長が持ってきたのか?」
「うん、そう。なんかいろんな塾の間で今先生募集してるんだって」
いろんな塾、と聞いて身がこわばる。
「いろんな塾ってことは、募集がすぐに終わっちゃったりするのかな」
「わかんねえや。でもそうかもな。こんだけ給料高かったら、応募だってそれなりにあるだろ」
久留米はのっけから応募する気がないのだろうか。
俺が握りしめているチラシにも興味がなさげだ。
「久留米は申し込まないのか?」
「だって、あきらかに地雷案件っぽいだろ。時給が高いほど、生徒も難しいんじゃないのか?」
確かに、一理ある。
塾は基本的にそういうものであって、難関校を目指しているほど給料は上がる。
「うーん・・・」
だが時給五千円ともなると、もしかしたら外国の大学を目指していたりするのだろうか。
「怖気づいたか?」
まだ応募の詳細も分かっていないのに、久留米はおちょくるようにつついてくる。
「いや・・・」
しかし実際のところ、俺は怖気づくと言うよりは興味が湧いてもいた。
衣食住付きで、さらに時給も五千円と来た。
俺の食費が浮くのは、家計にとっても助けになるはずだ。
「いや、俺、ちょっとこれ申し込んでみようかな」
「えっ、がちで?」
挑発するようなことを言っておきながら、久留米はあからさまに驚いた。
ガチどころじゃない、かなり美味しい案件だ。
「ちょっと塾長と話してくるよ」
そう言ってその場を去ろうとする俺に、久留米からまじまじと視線が注がれる。
ずいぶんと驚いているようだ。
しかしとりあえずは、この案件が埋まらないうちに申し込みたい。
「塾長、ちょっとこの案件についてお話があるんですが・・・」
「あら、安藤くん。本当に丁度良かった、あなたにそのお話をしようかと考えていたところだったの」
塾長に声を掛けると、微笑みながらそう言われた。
まさか、俺に声を掛けようとしていたとは。
金に飢えているからか、それとも勉強の腕を買ってくれたのか。
できれば後者であってほしいが。
「じゃあちょっと、お話をするために個室に行きましょう」
塾長に招かれて個室へ入ると、さっそく塾長はファイルから何かの資料を取り出した。
生徒の詳細だろう。
「それでね、あなたも知ってると思うけど、この案件はかなり時給が高いの」
「はい」
「でもその分、かなり特殊な案件になっているのも事実よ」
特殊な案件、という言葉につばを飲む。
どのような特殊さなのか。
「はい・・・きっとそうだろうと思っていました。ですが、その特殊さと言うのは?」
思い切って聞いてみる。
「そうね、単刀直入に言って、これは勉強の家庭教師ではないのよ」
勉強の家庭教師ではない?
聞いた瞬間に理解をすることはできなかった。
「そ、そんなことがあるんですか。家庭教師なんて、勉強を教えるのが仕事でしょう?」
「ええ、普通はそうよ。だけれどこの案件の生徒さんは、正直言ってこちらが教えられる側になるほどの天才なの」
「天才・・・」
普段塾長の口から、そこまで断定するような言葉は出てこない。
でもそれを言い切ってしまうほど、確固たる賢さなのだろうか。
「そんなに、賢い生徒さんなんですか」
「ええ、いわゆるギフテッドと言われる生徒さんみたい。だから勉強はすべて自力でやってしまうそうよ」
じゃあそれなら、何を教えるのか。
「だから、教えるのは生活のこと。この生徒さんは、賢いけれどかなり大雑把で、生活がすごく奔放な生徒さんらしいのよ」
生活のこと、と聞いてわずかにうなずく。
「でも、俺にそんなことが教えられるでしょうか?」
「いえ、あなただからこそいいんじゃないかしらと思ったの」
俺だからこそ?
塾長の狙いが分からず、素直に首をかしげてしまう。
「あなた、大家族の長男で、毎日家事も料理も、ごきょうだいの世話も行ってるわよね」
「え、ええ、そうですが」
まさか、そこを買われたのだろうか。
「あなたには十分な賢さがあるし、さらに生活力も十分にあると言えるわ。だからこの案件に向いているんじゃないかと思ったの」
「は、はあ・・・」
勉強ではなく生活力を採用されたとは想定していなかった。
しかしそうなると、他の講師よりも有利なのでは・・・?と思いもする。
「ということは俺は、住み込みで一緒に暮らすような仕事をするってことですか?」
「まあそうなるわね、一緒に暮らし方を学ぶそうよ。今高校三年生の生徒さんだから、とりあえず大人になるまでに生活力を身に着けたいらしいわ」
塾長はそうとだけ言って、俺の目を見つめる。
「安藤くん、あなたにこの案件を頼んでみてもいいかしら」
綺麗に揃えられた塾長の前髪が、さらりと流れる。
「・・・もちろん、俺もがんばりたいです。けれど、やはりそれなりに大変な案件なんでしょうか?」
「まあ、そう聞いてはいるわ。だけれどあなたならきっとやれると思うの。向こうもとりあえず先生を募集しているみたいだから、試しに行ってみればいいわ」
塾長は気負わないように、と俺の肩を軽く叩いた。
「はい、分かりました・・・」
動機こそ給料の高さという不純なものだったが、生活力を活かせるのならば俺にとっては得意分野だ。
ただ妹たちには、一緒に過ごす時間が減るとは言わなければならないだろう。




