第14話 縦ロール先の福音
『立ち会いますか?』
『いえ、待合室で待機します』
私の言葉に看護師の表情が一瞬曇る。
『最近では、分娩室で立ち会いをするパパさんが増えていますし、後から『立ち会えばよかった』とおっしゃる方も多いですよ』
看護師はなぜか頑張る。
『いえ、立ち会いは遠慮します』
私も頑張る。
『そうですか。では、こちらの書類にサインをお願いします』
書類にサインを済ませ、私たちは病院を後にした。
『看護師さん、『何で?』って顔してたね』
妻は面白そうに言う。
『ちょっと圧があったね』
『まあ、あなたは血が嫌いだしね』
『自分のは良いけど、人のは見たくないかな』
正直、私は立ち会い出産という仕組みに、自分が向いているとは思えなかった。
「父親の自覚が芽生える」
「妻の支えになる」
「一生の思い出になる」
とか色々と言われる。
だが、私が分娩室へ入ったところで、白熊に遭遇したオットセイよろしく、オロオロする未来しか見えなかった。
出産は十月十日をかけた妻の集大成であり、私など軽々しく踏み込める場所ではない。
オロオロするオットセイがいて何になる。
妻にそんな姿は見せられない。
私の沽券に関わる。
故に私は立ち会いを拒否するのだ。
出産予定日まで1週間を切った頃、それは突然訪れた。
『あ、どうしよう』
『生まれそう?』
破水したらしい。
すぐにタクシーを呼び、産婦人科へ向かった。
待機室に連れられていく妻を見送り、私は自宅に帰らされた。
看護師いわく、お産にはまだ時間がかかるらしい。義母も付き添っているので、一度自宅で待機してほしいとのことだった。
残念ながら、私がいなくても大丈夫なのだ。
携帯の着信音が鳴り響く。
『もしもし』
『なんかもう、産まれそう』
義母からだった。
『すぐ行きます』
私は大慌てで産婦人科へと向かった。
病院につくと、看護師が駆け寄ってきた。
『ああ、お父さん。間に合いました。すぐ来てください!もう産まれますよ』
『えっ、えっ?えええ!』
立ち会いを断ったはずなのに、看護師に背中を押され、私は縦ロールしながら分娩室へ突入した。
分娩室は緊張感に溢れていた。
疲労困憊で狼狽した妻が必死にいきんでいる。
『お父さん、携帯ありますか?早く構えて。産まれますよ』
『は、はい』
携帯を取り出し、言われるまま撮影を開始する。
『あ、頭がでました』
先生が言う。
『もう、出てきますよ』
あっと言う間だった。
私が分娩室に入り、5分も経たず息子は産声を上げた。
臍の緒を切るかとハサミを渡されたが、私が切って出臍になっても困るので、丁重にお断りした。
オギャーオギャーと響くその声は、不思議と耳に心地よかった。
あの日、産声は福音となり、私は父親になった。




