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第1章 三人の前夜

第1章 三人の前夜


 第三次世界大戦――まだ、その名で呼ばれる戦争は始まっていなかった。


 近未来の地球。空には衛星と無人機が飛び交い、地上には魔法陣の光が満ちる。世界は「科学連合国かがくれんごうこく」と「魔法同盟国まほうどうめいこく」という二つの巨大な陣営へと割れ、冷たい睨み合いを続けていた。

 科学連合国最強の超能力者、佐藤芳樹は、未来都市の高層ビルの屋上で、夜景を見下ろしていた。指を鳴らせば、空気中から装甲板を生成し、敵弾の運動量や熱量を奪い去ることができる。しかし既存の物質そのものを別の物へ変えることはできない。その制約を理解した上で、彼は妹・芳美や仲間たちを守るため、自分の命さえも「現在物象プレゼントマター」の演算式の一部として冷静に見積もっていた。

 科学連合国の超能力者たちは、原則として白衣を身にまとっていた。それは制服というより、「科学」の象徴であり、戦場に立つ彼ら自身の誇りでもある。その中でも上位五名だけは、白衣の上から黒衣を羽織ることを許されており、その姿は味方には畏敬を、敵には恐怖を抱かせていた。


 一方、魔法同盟国の魔法教会に属するリン・トレールは、薄暗い路地で銃剣付きの魔導銃を抱え、未来都市への潜入作戦に備えていた。魔法と銃撃を併用するその戦い方は、故郷の村を焼かれたあの日から磨き上げてきたものだ。彼女は、再び家族を失わないためなら、科学都市ごと焼き払う覚悟すら胸に秘めている。


 そして、どちらの国にも正式には属さない黒髪の少女――くろ。国境に近いスラム街で、失われた家族の代わりに小さなコミュニティを守るため、彼女は違法なサイバーデバイスと独自の戦闘技術を駆使していた。科学のネットワークにも、魔法の結界にも完全には捕捉されないその身は、いつしか「影の運び屋」として噂されている。


 この夜、未だ宣戦布告なきまま、三人の運命は交差する。リンの小隊が極秘裏に未来都市へ侵入し、佐藤芳樹は防衛のため出撃し、くろは住民を避難させるべく暗闇を駆ける。彼らは皆、世界の理を変えるためではなく、ただ目の前の誰かの涙を止めるために戦っていた。

 やがて世界各地で同じような衝突が連鎖し、人々はそれを「第三次世界大戦」と呼ぶようになる。その静かな前夜に、三人の選択だけが、確かに世界の未来を軌道からずらし始めていた。

 夜空を切り裂いて、警報の赤い光が未来都市を染めた。ビルとビルのあいだを、科学連合国の無人機が縫うように飛び、地上では魔法同盟国の潜入部隊と交戦が始まっている。まだ正式な宣戦布告はない。だが、誰の目にも「平和」という言葉はとうに死んでいた。

 高層ビルの屋上から飛び降りた佐藤芳樹は、落下の途中で指を鳴らす。空中に黒い板が次々と生成され、足場のように現れては消えていく。地上に近づくと同時に、街路を埋め尽くす爆炎のベクトルを掴み取り、熱と衝撃だけを空へと反らしていく。自分が守れなければ、妹も、友人も、この都市も消える――それを知っているからこそ、彼は一歩も退けなかった。

 その炎の源流では、リン・トレールが魔法陣の中心で息を荒げていた。彼女の放った光弾が無人機の隊列を貫き、金属片の雨となって降り注ぐ。けれど、爆発のたびに崩れ落ちるのは、敵の機械だけではない。巻き込まれる一般市民の姿が視界の端をよぎるたび、リンの胸には、故郷を焼かれた日の光景が重なった。「これ以上、誰も失わないために」――その祈りが、さらに強い魔法を呼び出してしまう。


 混乱の路地裏を、フードをかぶった黒髪の少女――くろが駆け抜ける。腕のブレスレット型デバイスを起動させると、科学のロックも魔法の結界もないはずの避難扉が、静かに解除された。泣き叫ぶ子どもたちを押し出しながら、彼女は奥歯を噛みしめる。家族を奪った「科学」と「魔法」のどちらにも、もう居場所はない。だからこそ、せめてこの小さな路地だけは、自分の世界として守りたかった。

 崩れかけた高架橋の下で、三人は初めて真正面から出会う。魔法の光と科学の装甲服のセンサーが互いを敵と認識し、殺意を促す警告を鳴らす。そのただ中で、くろの背後から、今にも崩れ落ちそうなコンクリート片が子どもたちを押し潰そうとしていた。

 反射的に、芳樹がベクトルを掴んで瓦礫の落下を止め、リンが防御結界を重ねる。くろはその隙に子どもを抱えて飛び出した。敵対するはずの三人が、ほんの一瞬だけ同じ方向を向いて動いたのだ。


 互いの名前を名乗ることもなく、その場は散開する。だが、この夜の戦闘記録は、すぐさま編集され、科学と魔法、それぞれの正義だけを強調した映像として世界中に流された。

 やがて各国の政府は、連鎖する小競り合いを「不可避の防衛戦争」と呼び換え、動員令を出す。まだ誰も、あの夜に肩を並べた三人が、第三次世界大戦という名の嵐の中心へと歩み込んでいくことを知らないまま、世界はゆっくりと、決定的な一線を越えようとしていた。


 世界が決定的な一線を越えたのは、その数日後のことだった。

 科学連合国と魔法同盟国の前線で起きた小競り合いは、もはや「事故」や「誤射」という言葉ではごまかせない規模に達していた。未来都市の空には科学の無人機と魔法の飛行陣が入り乱れ、双方の指揮系統は、ぎりぎりのところで全面戦争への命令を飲み込んでいた。

 佐藤芳樹は、連合国首都の地下指令室で大型ホログラムを見上げていた。赤と青の光点が瞬くそれは、科学兵器と魔法部隊の配置を示している。指を鳴らせば、どこにどれだけの装甲を補強できるか、現在物象の演算が頭の中で自動的に組み上がる。それでも、彼の胸の奥には、あの夜に路地で見た涙に濡れた市民の顔が焼き付いて離れない。守りたいのは国ではなく、あの無名の一人ひとりだ――その思いが、決断を重くしていた。


 一方、魔法同盟国の移動要塞の内部で、リン・トレールもまた戦況図を見つめていた。魔力反応を示す結晶が、世界地図のあちこちで眩く点滅している。自分が大規模魔法を放てば、科学の前線を一気に崩すことができる。だが、その炎に巻き込まれるのは、かつて故郷で焼かれた家族と同じような、名もなき人々だ。杖を握る手が震えた。復讐と守りたい気持ちが、同じ心の中でぶつかり合う。

 やがて、ある国境都市での衝突が、取り返しのつかない線を越えた。科学側の自動防衛システムが誤作動し、魔法側の偵察隊を侵略軍と誤認、極超音速砲を発射したのである。反応した魔法同盟国は、即座に「大いなる盾」の儀式を発動し、天空に巨大な魔法陣を展開、その防御膜が科学兵器の軌道をねじ曲げ、双方の都市に甚大な被害をもたらした。

 その瞬間、世界中の通信網に、同じ声明が流れる。


「これは、科学文明への宣戦布告と受け取る」


「これは、魔法勢力への全面対抗措置と見なす」


 科学と魔法、ふたつの陣営が同時に声を上げたとき、第三次世界大戦は正式に始まった。

 芳樹は深く息を吸い、前線行きの命令書に署名する。守るための力が、破壊の象徴として呼び出される理不尽に、奥歯を噛みしめながら。

 リンもまた、魔法陣の中心へ歩み出る。家族の仇と、今目の前にいる仲間たちの命、その両方を背負わされた若き魔導士として。

 ふたりの選択が、まだ見ぬ未来のどこかで交錯し、この世界の行く末を変えていくことを、誰もまだ知らなかった。

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