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第7話 帰れるよと言える人 後編


 フェレット型は、リールという名だというところから、話を始めた。

 森の中の中で暮らし、狩りに出ている最中に急に体を引っ張られたような感覚に陥ったと思ったら、次の瞬間、知らないところに居たのだと。

 同じような服に身を包んだ大人になりきっていない人型の個体が多かったことから、きっと人型の子の学校みたいなところなのかなと思ったけれど、森に居たのに急にこんなところに居る理由がさっぱりわからず、あちこちきょろきょろと見回していると、不穏な響きが耳に届いた。

 

 テイイシュ イラナイ。

 ケイヤクハ シナイ。

 ヘンカンジュツシキガ ハツドウシナイ……。

 シッパイガナイハズノショキュウショウカンデノイレギュラーナド、ソンザイサセナイ。


 はっきりと分からないまでも、なんとなく聞き取れた響きから、危機を察したリールは駆け出した。

 直後、何度も大きな火球が飛んできたが、もちまえのすばしっこさで躱す。

 一つしかないドアは閉ざされているし、窓もない。どうにかあのドアを開けなければと思っていたところで、うっすらとドアが開いた。


 ダレダ! ナニヲシテイルシメロ!


 そんな声が聞こえたけれど、こんなチャンスを逃すわけがない。

 リールは一気に加速すると、するりとドアの隙間を抜け出した。

 石造りの建物の間を抜け、外のにおいのする方へと足を動かす。

 途中どこからともなく、蔦が伸びてきてからめとられそうになったり、目の前に急に壁が出現して囲まれそうになったりしたが、それらを躱し振り切り走り続けた。

 やがて高い塀が見え、リールは目測を図る。

 飛び越えることができるような高さではない。けれど、この高さなら……。

 壁に向かって加速し、できる限り高く飛び、爪をひっかけまたとびあがる。それを繰り返し、最後には壁を飛び越えた。

 壁の向こう側で追いかけてきていた人型たちがなにやら声をあげていたが、聞く必要などない。

 リールはそのまま、土のにおいが濃い方へ、鼻先にうっすらと感じる森の木々の香りのする方へと駆けて行った。


 わぁ……。

 このお話聞いたら、ユール、その人たち、ふるぼっこしに行っちゃうだろうな……。

 ギールの脳内のユールが荒ぶっている。


 話は続く。

 その後、この森にたどり着いて、一体なにがおきたのかと、改めて思い返す。

 考えれば考えるほど、荒唐無稽なことへと思考が落ち着く。

 ここは、もともと住んでいた森とは違う場所。

 火の玉が飛んできたり、土の地面から突然蔓が飛び出て伸びてくるだとか、地面がぐわっとせりあがって急に壁ができるとか、あり得ない。

 でも、あり得ないことが現実に起こっている。

 それに。

 森にたどり着いてからも、おかしいことだらけ。

 見慣れた木があまりない。おなじっぽいけど違う。

 リールが狩りをしてきた獲物はウサギやヤマドリが多かったが、ここで見かけるウサギやヤマドリは形こそそんなに変わらないけれど、あからさまに大きい。


「でも、これはラッキーって思ったんだ。ひとつ獲ったらお腹いっぱいになる大きさだったから」


 テヘッとかわいく笑いながらリール。


”え? この子、この身体でさっきのウサギ、まるっとぺろっと食べちゃってるの!? すっごい食いしん坊さんだ~!”


 くるりと目を丸くするギールに傍目に、リールがさらに続ける。

 数日経ったあたりで、森の中であの時に見た人型を見かけた。


 ミツケシダイ、ショブンシロ。

 シラレルワケニハイカナイ。

 ミハッケンノキショウシュノカノウセイハ……。

 ショキュウショウカンジュツデ、キショウシュデナドアルワケガナイ。


 これもはっきりとは分からなかったけれど、良くないことで、理由は分からないけれど狙われ追われる対象とされていることくらいは察する。

 見つかると危ない。

 だから、もっと森の深いところへと移動した。

 なのに。

 追ってくる気配がある。

 進む方向をランダムに変えたり、においをたどりにくくするために途中で川を渡ったりしているにもかかわらず。


「まってまって。 リール、森にたどり着いてどのくらいになるの?」

「えーっとね、一ヶ月くらいかな」

「そのあいだ、ずーっと?」

「毎日じゃなかったよ。でもここ数日は、毎日。三日前くらいからは攻撃も受けた。今日もだよ。振り切ったけど」


 リールの言葉で、再び、ギールの脳内ユールが荒ぶる。

 ユールじゃなくても、おれも、ちょっとくらいお仕置きしたいなと思っちゃうけど。

 心の中でこそっと呟く。


「次に攻撃受けたら、もう仕留めちゃおうって思ってたんだ。だからおなか一杯ご飯食べて、しっかり体力つけてって思ってたら、ギールが木の上から降ってきて。ビックリしてつい逃げちゃったら、追いかけてくるから……」


 テヘッと、ちょっとバツ悪そうに小さく口元を緩ませるリール。


「それより! ずっと聞きたかったんだけど、帰るって、どういうこと? ギールはココがどこか分かるの」


 話の矛先を変える。


「うん、帰れるよ。ここはねぇ、リールがもともと居た界とは違う界。召喚魔法っていう魔法のせいで、こっちの界に引っ張り込まれちゃったの。たぶん、イレギュラーがおきて」

「違う、界?」

「別の世界っていう方が分かる?」

「別の国じゃなくて?」

「うん、別の世界」


 はわわわわと、リールの目が泳ぐ。


「えーっと、それなのに、もともと居た森に帰れるの?」

「うん。そのために来たから」


 改めて耳にした言葉に、リールの耳がわずかに伏せられた。


「あっちから、こっちに、びゅーんってなったの」

「びゅーん……」

「だからね、こっちから、あっちにびゅーんって帰るの」

「びゅーん……」


 分かりやすいのか分かりにくいのか分からないギールの説明に、リールの目がきらきらと輝きだす。


「ここの界から、管理者からの申請も、本人の承諾もないびゅーんがあったってお知らせがでたから、探しに来た」

「それが、ぼく?」

「そう、リール。で、今お話して、確認取れたから、リールがあっちにびゅーんって帰りたいって言えば、帰せるよ。それがおれたちの仕事だから」


 キラキラした目を向けられて、ちょっと楽しくなっちゃったギールがそう言えば、リールの目がさらに輝いた。


「え!? お仕事なの!? そんなお仕事あるの!?」

「うん」

「わぁぁぁっ! ぼくも、ぼくもできるかな!? その、びゅーんっていうお仕事!」


 くるりとギールが目を丸くする。

 こんなことを言われたのは初めてのことだった。


「えーっと、えーっと。帰りたくないの?」

「帰れるなら、もともと住んでた森の方がいいよ。ここは、テイイシュとかサツショブンとかイラナイとか言って追いかけてくるし、攻撃してくるから嫌だし。でも、でもでも!」


 リールの目が恋する乙女並みにきらっきらになる。


「……かっこいい!」


 えー……。

 ちょっと引き気味になるギールに、そこからリールはどこで息継ぎをしているのか分からないくらい、一気にまくし立てた。

 森の中でのギールとの戦闘のことを皮切りに。

 攻撃するのに全然当たらないし、当たってもかするくらいだし、なんなら渾身の一撃も受け止められて、あんなこと初めてだったというところから始まり、話を聞いてくれるところとか、この短時間で起きたことを、リール視点でテンションあげあげで連ねていく。

 リールのテンションに、ギールがたじたじしちゃっているのも仕方のないことだろう。


「ぼくもやりたい!」


 ついには、がっしりとギールの手をにぎり、ぶわりとふくらませた尻尾をまるで犬の様にぶんぶんと振り始める始末。


「えーっと、えーっと……」


 どう答えるべきか迷い、無意識に伸ばした指先に固い感触を感じた。

 その下には支給されている端末がある。


「あ!」


 閃いたギールがベストのポケットから端末を取り出し、ばばーんとばかりにギールに印籠の様に見せつけた。


「オミに聞いてみるから。オミ、なんでも知ってるから」


 そう言って、リールに手を放してもらい、ちょっともたつきながら端末を操作する。

 3コールもしないうちに、声が聞こえた。


『ギール? どうした、何があった』


 流れてきたその声は固い。

 CORGIたちが任務中に彼に直接連絡を取ることなど、ほんの初期のころくらいのものだったからだ。


「オミ! あのね、巡察士になりたいって」

『はぁ? どういうことだ?』

「あのね、オミ、お話聞いて。リールが、巡察士のお仕事カッコいいって。ぼくもなりたいって言ってる。どうしたらいい? 連れて帰る?」

『あー……。待て待て待て。リールってのは?』


 そこから、かくかくしかじかでと、ギールが一連の流れを話したところで、待ちきれなくなったリールが声をあげた。


「あのね! ギールみたいなお仕事、ぼくもしたいんだ! ぼくにもできるかな!?」


 その声は端末を通して課長のもとに届いていて。


『あー…………。まぁ、その、なんだ』

「ギールのほうがいっぱい強かったけど、ぼくも結構強いよ! お仕事もがんばるよ!」

『いや、まぁ、そうだな……。ん? やりあったのか?』


 歯切れの悪い言葉を口にする課長の口調が、リールのその言葉に反応した。


「うん。ちょっとだけ。リールね、すごくすばしっこいんだ~。ちっちゃいけど力強いよ~。ベスト、ちっちゃくだけど、穴、開いちゃった」

『…………。よし、分かった。一緒に帰還しろ。続きは直接聞く』

「わかった。じゃあ、一緒に帰るね」


 ぽち。


 課長の言葉を引き出せば、端末の向こうでまだ何かきこえたが、さくっと通話終了ボタンを押してベストのポケットにもどしてしまう。

 きらっきらの目を向けるリールに手を差し出す。


「手、つないで。たぶんね、まぶしいのくるからぎゅって目をつむってるほうがいいよ。まぶしいのと、ぐわーってなる感じがするから、両方なくなったら目を開けていいよ」

「分かった!」


 わくわくした空気をまき散らしつつ、リールは言われたとおりにしっかりとギールと手をつなぎ、ぎゅっと目をつむった。



◇ ◇ ◇



「ふわぁぁぁぁ……」


 送還室についたリールが、初めて目にする光景に声をあげた。


「こっちだよ」


 つないだままの手をちょいちょいとひかれ、リールはギールについて歩く。

 リールに合わせて少しゆっくり目に歩きながら、異界渡り監察課を目指し、いつものようにCORGI執務室のドアをくぐった。


「ギールちゃん、おかえり~!」


 妖精型オペレーションシステムのエラインがびゅんととんでくるのもいつものことだ。


「オミ~。連れてきたよ~」


 あの連絡の後でもいつものように入り浸っている課長の姿がそこにあるのも。


「その子か?」

「うん」

「はい! リールです! ぼく、働きたいです!」


 確認するようにたずねた課長に、頷くギールにかぶせ気味でリール。

 はしっっと、課長が手の平を口元にあてがう。

 かわいいにかわいいが掛け合わされて、情報過多に陥っているらしい。

 そのままゆっくりと天を仰ぎ、大きく深呼吸をしてから、改めて向き合う。


「ちょっと、おじさんとお話しようか」

「はい!」


 ギールと手をつないだまま、きらっきらの目を向けてくるリールに手招きし、空いているデスクのイスをひっぱってきて促す。

 ちらりとギールを見上げてから手をはなし、リールはイスへと進むと身軽くぴょんと飛び上がって座面に腰を落ち着けた。CORGIたち以上に床に届かない足がちょっとぷらぷら揺れるのはご愛敬だ。

 こうして、ゆるく始まったけれど、実質的には課長による面談だ。

 それは察しているのだろう、リールも少し緊張気味でヒゲがぴんとたっている。

 けれど、好奇心に負けて耳がくるくると動き、目もちらちらと視線があちこちに泳いではキラキラと輝いている。

 ちょっとそわそわしながらも、課長にたずねられるたびに、真剣に考えて応えている姿はなかなかに愛らしい。


「最後に」


 ずいぶんといろいろと質問して、そう紡ぐ。


「リールがもともと居た界に、たいした時間差もなく帰ることができた。けれど、『今』どうかとなると、改めて調べてみないことには分からない。その結果、界の存在が確認できなかったらどうする?」


 CORGIたちの耳先が、尻尾がピクリと動く。


「ぼくが帰れても帰れなくても、ぼくが帰してあげる人になる。ギールみたいに、困ってる人のお話を聞いて、帰れるよ?帰りたい?って」


 少し考えてからそんな風に答えたリールに、課長が目を細める。

 小さな身体。

 細い手足。

 まだ少し震えているヒゲ。

 それでも、その目はまっすぐだった。


「適性テストは必要だが……いいだろう」


 一呼吸おいて付け足す。


「採用だ」


 そのとたん、リールはぱぁぁぁっと顔を輝かせ、身体を前のめりに倒しながら床に降り、四つ足をついてたたっと走ってギールのもとへ行き、ぴょんと飛びついた。


「ぼく、採用だって! お仕事、頑張るね!」


 フェレット型なのに、犬の様にぶんぶんと尻尾がゆれている。


「あー、喜んでるところ悪いが、適性テストに合格しないと巡察士にはなれないぞ」


 課長が言えば、リールはギールに抱き着いたままくるりと顔だけ振り返った。


「がんばる! ぼく、かわいいって言われるけど、強いよ! それにね、帰れるよって言える人になるためなら、いっぱいがんばれるよ!」



 その後。


「あのねギール、オミから聞いたよ。ぼくが居た元の森、あるって。ここに居られるなら、帰れても帰れなくてもいいって思ってたけど、帰れる場所があるって、なんか不思議な感じ」


 ギールに懐いたリールが、ギールの後をついて回る姿があちこちで目撃されることになる。

 そうして。

 厳しい訓練と研修を乗り越えたリールは、手先の器用さと適正からメンテナンスチームに配属されることになった。能力の不足はあるもののオペレーションシステムを使えば活動できるとして、人手が足りないときには巡察士として、「帰れるよ」を言う人になった。


 異界渡り監察課設立以来、滅多にないケースではあるが。


 本人の意思なく喚び出された誰かに。


「帰れるよ」


 そう言える人が増えた。


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