第7話 帰れるよと言える人 前編
喚び出されたのは、
誰も知らない小さな生き物だった。
「弱そう」「役に立たなさそう」
勝手な理由で、
追われ、逃げ、
それでも生き延びていた、その子は言った。
「ぼくも、帰れるよって言う人になりたい」
「使い魔召喚とは、魂の共鳴によって最適個体を呼び寄せる術式です」
雛壇上になった講義室の黒板の前で、教師は学生たちに向けて講義を行っていた。
ぼそぼそとした話し方だが、講義室の後ろの席の学生まで声が届いているのは魔法の力に他ならない。
「召喚リストに記載のない存在は基本的に現れません」
その言葉に、学生たちの目は教師の背にある黒板へと改めて視線を移す。ある者は書き止め、あるものは隣に座る学生とひそひそと声を弾ませる。
「僕はドラゴニュート狙い」
「私は白梟がいいわ」
「だめよ、そんなの。戦闘系じゃないと意味なくない?」
この講義の後、実際に実習で使い魔の召喚魔法を行う予定になっているので、否がおうにも学生たちの期待が高まっている。
ひそひそ声があちこちで巻き起こる中、教師はコツコツと、手にした杖で黒板を弾いた。
「君たちの希望する使い魔が必ずしも召喚されるかどうかは分からないながらも、初めての召喚魔法の実習で呼び出せた使い魔を、一体目として契約する者がほとんどです」
「先生!」
「なんですか?」
「ほとんどってことは、使い魔契約をしない人もいるんですか?」
「ごく稀に。そのままに契約に値しない使い魔を召喚してしまった場合については、契約しない選択もある。その際には“返還”処理を行います」
教師の言葉に、生徒たちがまたざわめき立つ。
誰もが、自分が契約に値しない使い魔など召喚するはずもないと思っている。
入学できただけでもステータスになる程度には、この魔法士学園のレベルは高かった。
「では、この後の講義では、実際に使い魔召喚の実技を行います。実技棟に移動するように」
そう告げると教員はぱちんと指を弾いて黒板の文字を消し、講義室を出て行った。
実習棟の一室。
使い魔召喚の魔法陣が石造りの床の上に広がる。
その魔法陣は大きく光を放つこともあれば、ほわりと輝く程度のこともあった。
彼は9番目だった。
すでに使い魔召喚を終えた学生たちは、教師の助手たちからサポートを受け、喚びだした使い魔との契約の手順を踏み、初めての使い魔にやや興奮気味だ。
1番目の学生は火蜥蜴。
2番目の学生は白梟。
その後に続く学生も、順調に召喚魔法を成功させ、順番待ちをしている学生たちの期待度はどんどんとあがるばかり。
それは、教師も実習サポートについている助手たちにとっても、毎年の恒例行事のようなものだった。
初回の使い魔召喚で、討伐対象とするような危険な種や、国に報告しなければいけないような稀少種があらわれることなどなかった。いや、そういう管理をしたうえでの実習なのだから、起こり得る筈がないというのがより正しいのかもしれない。
次はどんな使い魔が召喚されるのだろうと、順番待ちの学生たちは自分の召喚魔法で姿を現してくれる使い魔を想像するのと同じくらい、きらきらと期待に目を輝かせている。
きれいに切り出され滑らかに磨かれた石床に、手をかざす。
講義で教えられたとおりの詠唱を、教えられたとおりの発音で魔力とともに紡ぎ出す。床面に描かれた魔法陣が呼応するように、光を帯びる。
筈なのだが。
これまでの8人とは違い、その光は不安定で陣自体の色が不鮮明に映る。
この学生の魔力の扱いの精密さはクラスでも1、2を争うくらいで、詠唱にも発音にも問題はなかった。
教師は様子を観察しながら
「……術式を維持しなさい」
と、眉間にしわを寄せながら告げる。
これまでとは違う様子に、浮ついていた学生たちもなりをひそめていた。
不意に。
光が弾けた。
はじけた光は、その場にいる全員の目をくらませる。
混乱とともに訪れた静寂のあと、それぞれが眩んだ眼をしばたたかせながら9番目の学生と魔法陣へと目を向けなおし、映し出す。
魔方陣の上に現れていたのは、四つ足の獣タイプでフェレットのような姿形をしている生物で、驚きを隠しきれないようでぽかんと口を開けている。
空気が違う。
匂いが違う。
さっきまで外にいたのに、屋内のような場所で、周りに同じ服装の人型の生物がたくさんいる。
ここ、どこ?
後足で立ち上がりきょろきょろとあたりを見回しているが、目は妙に知性的で、好奇心にひげがひくひくと動く。
「え? なに、あれ……」
言葉をもらしたのは、教師でも召喚術を行っていた9番目の学生でもない。順番待ちをしている学生のうちの一人だった。
「あんなの、リストにあったっけ?」
別の学生。
助手の一人が、分厚い使い魔図鑑をめくり始める。
「これは……」
記憶の中にない種であると思いながら、教師は魔力測定器をかざした。
示された数値はかなり低い。
「低位種のようですね……」
それがトリガーとなった。
まわりの学生たちからくすくすと、失笑じみた笑い声が漏れ始め、揶揄の目が向けられる。
「え? 低位種……?」
一瞬だけ迷ったあと、学生は顔をしかめた。
「そんなのいらないです」
「契約はしないということですね」
「しませんよ。初めてとは呼び出した使い魔が低位種だなんて知られたら、家族に笑われます。なにより、低位種を使い魔にするなんて、家名にもかかわります」
その言葉に、数名の学生が当然の選択だなとでも言うように、うんうんと頷いているのが見える。
「そうですか。なら、返還術式を行いますが、問題ありませんね」
「もちろんです」
学生に下がらせ、教師は魔法陣に近づくと手をかざし、正しい発音で一語一句間違うことなく詠唱を行う。
魔法陣が一瞬輝き、その光が魔法陣に吸い込まれる。
筈だった。
吸い込まれるはずの光が、そのまま霧散し術式は発動しなかった。
「……返還術式が、なぜ」
呟きながら、改めてもう一度同じことを繰り返すが、結果は同じだった。
「術式が発動しない……?」
召喚魔法、特に使い魔召喚にかけては学園随一の技術を持つ教師が、低位種の返還術式を発動させることができない。
その事実に、学生たちに動揺が走り、助手たちの緊張が高まる。
「これは……。まさか、未確認種」
助手たちの緊張を感じ取った学生の一部が無意識に杖を構えてしまう。
その姿に危機感を募らせたフェレット型は、前足を床につき、鼻の上に小さくしわを寄せる。
「やめなさい。実習は中断します。学生たちを外へ」
フェレット型が鼻先を向けるほうへと移動して学生を背にし、助手たちへ指示を出した。
◇ ◇ ◇
今日も今日とて、課長はCORGI執務室に入り浸っていた。
「エライン、おじさんにコーヒー淹れてくんないかな~」
「い・や。オミ、濃いだの薄いだの、いちいちうるさいんだもん」
巡察士の精鋭部隊CORGIの一員であるギールのオペレーションシステム(通称バディ)のエラインにぱきっと断られ、課長は仕方なく椅子から立ち上がりミニキッチンへと足を運ぶ。
鼻歌交じりにコーヒーを淹れ、湯気とともに香りを漂わせるマグカップ片手に席に着いた時だった。
ぴぴ、と。
短い電子音がPCから洩れた。
スクリーンに映し出されているのは、【違法召喚反応 検知】の文字。
「K-47Bか」
番号で表記された界を、脳内に思い浮かべる。そこは、剣も魔法もある世界で、ついでに身分制度もそこそこに残っている国が多い界だ。
そういう界では、界の住人による違法召喚の発生率が高い。
まぁ、今回もつまりはそういうことなのだろう。
顔をあげ見渡す。
今日はCORGI三人とも揃っている。
「ギール」
課長が名を呼ぶ。
「なぁに?」
「K-47Bって行ったことあるよな」
「K-47B?」
「ブルメール界だ」
「うん、行ったことある」
「行ってくれるか」
「わかった。あそこの管理者さんも大変だね」
言いながら、ギールはぴょんと椅子から降りる。
「彼、よくおさえてくれてる方だよ」
「うん、知ってる」
ふよふよと装備を抱えて飛んできたエラインから装備を受け取り、ギールはベストに腕を通し、剣帯を巻き双刀を佩く。
「行ってきまーす」
片手をあげて言い、ギールは送還室へ向かうべく、執務室から出て行った。
「召喚魔法だとか、使い魔召喚だとか、召喚と名のつく魔法が存在する界は、多いよな」
しゅんと、ドアが閉まってからユール。
「召喚術式が展開される分母が大きい分、イレギュラーも発生しやすいからな」
報告書を打ち込みながらシャール。
聞くともなく聞きながら、課長はまた新たにスクリーンに映し出された情報に目を走らせながら、マグカップを持ち上げひとくち、口に含んだ。
◇ ◇ ◇
湿った土の匂いが鼻に届いた。
「森かぁ」
ギールはぐるりと辺りを見回す。
深く枝葉に覆われていて、昼だというのにどこかほの暗い。
「これ、どっちかなぁ……」
呟きながら、探知をかけつつ周囲の様子を探る。
蹴り散らされた落ち葉。
浅い爪痕。
その痕跡のつき方は、追っているというよりも追われてるという印象を受ける。
「あ、近い方だ」
感じ取ったシグナルの方へと足を向けたギールが、すぐに振り返り視界にそれを捉えた。
鳥型の召喚獣が2羽。木々の枝を縫うように飛んでいる。しかもその頭は、ギールが感じ取ったシグナルと同じ方向を向いている。
「むぅぅぅぅ。なんか、やな感じ」
撃ち落とそうとして、やめる。
向かう先が同じなら、逆に道案内に使っちゃえとばかりに、ギールは鳥の後について走り出した。
途中でいくつかの痕跡を目にする。
木の幹に残る焦げ跡。
地面に残る不自然な冷気。
複数人の足跡はいずれもヒト型のものだ。
ある程度の統率は取れているようだけれど、熟達しているようには感じない。
また、新たな痕跡を目にする。
木の幹につけられた真新しい傷。
位置は低いが、深くえぐれている。
魔力痕がないことから、純粋に身体能力によるものだと判断できる。
「対象者は小さい子。……でも力はあるね」
鳥を追い始めて四半刻もした頃。
人の気配とともに話し声が聞こえてきた。
ギールは足を緩める。
2羽の鳥は彼らのもとへたどり着くと、差し出された指に止まった。追跡用ではなく、伝言用の鳥だったのだろうことが伺える。
さらに、彼らがあたりを窺っている様子からすると、対象者に撒かれたのだろうことも。
「やるじゃん」
彼らが魔法使いであろうことは、これまでの痕跡の中からも簡単に推測できる。森のこんなに深いところまでは居れるということは、熟達はしていないけれど、そこそこの実力があるということなのだろう。
対象者は彼らからの攻撃を躱しながら、撒くことに成功したということだ。
追跡者であり対象者への加害者たる彼らに用など何もない。
ギールは口元に笑みを浮かべ、そっとその場を後にした。
シグナルの方向へと、さらに進むこと四半刻足らず。
姿は確認できていないけれど、気配を感じ取る。
枯葉に敷き詰められた森にあって、足音を立てることなく進み、ある程度近づいたところで木の上に跳ぶ。
「あの子だ」
倒木の陰に居た。
長細い体躯に短い四肢のフェレット型。
きゅるんとした目は可愛いが、少し前まで追われていたせいか、鋭い視線をあたりに向けている。
風の向きにも注意し、きちんと逃げ道を確保していることが伺える。
知能が高いタイプっぽいことに、お話ができるタイプとできないタイプならお話ができるほうがいいもんねと、ギールはくふくふと笑みを浮かべる。
しばらく様子を見ていると、フェレット型はさらに身を縮めて倒木の陰に体を隠した。
数分と経たないうちに、ひょこりと、けれども辺りを警戒しながらウサギが姿を現した。とはいえ、体高が30cmほどもあるのでなかなかの大きさだ。
後足で立ち上がり、耳を大きく立てて鼻を引くひくを動かし安全確認をしている様子。
しばらくして、トンと、前足を地面に下したと同時。
フェレット型は倒木の陰から一気に飛び出し、低い位置で正確に首筋に噛みつき、ぐるんと振りまわした。
勝負はあっけなかった。
フェレット型はその一撃でウサギを仕留めることに成功。
きょろきょろと視線を流しながら、先ほどまで身を隠していた倒木の影まで引きずっていくと、アニマル全開でワイルドな食事にありつき腹を満たした。
追跡を躱してお休みして、おなかもいっぱいになったから、ゆっくりお話ししやすいよね。
そう判断して、ギールはひょいっと木の枝から飛び降りて、気配を消すのをやめる。
そのとたん。
フェレット型が倒木の影から飛び出してきた。
「こんにちは!」
目が合い、ギールは片手をあげて挨拶の声をかけた。
ほぼ同時、フェレット型は踵を返すなり森の奥へと駆け出す。
「え? 待って」
逃げられれば追いたくなるし、それが対象者ともなればなおのこと。
追われれば逃げるし、逃げられれば追う。
逃げ場をつぶさず、さりとて距離を詰めすぎず追い詰めない。
そんな追いかけっこがしばらく続いたが、それも突然終わることとなる。
フェレット型が進行方向の木を蹴りつけ一気に方向転換して、とびかかってきた。
とっっと地面を蹴って躱せば、ギールの後ろにあった木の幹が爪で大きく引き裂かれる。
すぐに次の一撃が繰り出される。
低い位置から飛び上がりながらの攻撃は、身体が小さいだけあって幾分か軽くなるが、それをスピードで補うタイプのようで、まるで稲妻のようなヒット&アウェイ。
CORGIの3人の中では、ギールも同じようなタイプなので動きが読みやすいこともあり、今のことろすべて躱しきれているが、時折、ヒヤッとさせられる。
フェレット型の喉からは言葉ではなく低い威嚇音が響いているが、そこに殺意は感じられない。さきほどの狩りでウサギを仕留めたような動きではなく、追ってくるものを排除することを目的とした動き。
フェレット型の攻撃を、ギールは腰の双刀を抜くことなく往なし躱し続ける。
どのくらいそうしていたことだろう。
フェレット型の爪がギールのベストをかすり、異界渡り監察課技術班ご謹製の特殊素材でできたベストが、わずかとはいえ引き裂かれれば、ギールが素直に驚きの声をあげる。
「わ、すごい!」
直後。
フェレット型が、これまでにない動きを見せた。
たたたっ、っと数歩分だか木をかけあがり、ぐっと踏み込み大きな動きでとびかかってくる。
踏み込んだ木の幹が妙な音を立てるとともに、陥没していた。
その渾身の一撃を、ギールは受けた。
衝撃でぐっと地面に足が沈む。
渾身の一撃が通らなかったことで、フェレット型の体制がわずかに崩れた。それを追うことなく、むしろうまくタイミングをあわせて弾き飛ばしてやると、くるっと宙で身体を回転させながら着地した。
息ひとつ乱れていないギールに対し、フェレット型は肩で大きく息をしながらも牙をむいて見せる。四肢の筋肉が細かく震えているところを見れば、もう限界なのだろう。
「あのね」
ギールが口を開く。
「お話しない?」
その瞬間。
フェレット型の目がわずかに揺れた。
「え?」
フェレット型の口から言葉が漏れた。
「……ぼくを、殺しにきたんじゃないの?」
「ん~~~。殺さないよ? だって、帰しに来たんだもん」
ギールの言葉の真偽を図るように、フェレット型は警戒を解かないまでもむき出しにしていた牙をおさめる。
「帰るって、どういうこと? テイイシュとかでショブンとか……」
その言葉でなんとなく察する。
察するけれど、本人から聞かないことには彼の身になにがおきたのか真実が分からない。
「えーっとね、お話してくれる?」
こてんと、ギールは小首をかしげてそんなふうにたずねた。
どうすべきなのか、頭の中でたくさんのシミュレーションを繰り返し、目の前のこの犬型はさっきの戦闘で防戦一色だったが、彼が本気を出せば仕留められていたのは自分だったと、冷静な頭がはじき出した。




