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「リリー、アンナ、明日町へ行くから準備をしてちょうだい」
鏡を見ながらフェリシア姫が冷たく言った。
リリーとアンナは顔を見合わせる。
「町へですか?何をしに?」
昨晩振った雪は積もっていないが外は凍てつくような寒さだ。
温室育ちのフェリシア姫が寒い中町へ行くなんて言い出すのが理解できずリリーは聞いた。
「何って、宝石を買いに行くのよ」
「宝石を?行商ならこちらに呼べばよろしいのでは?」
王都に居た時も町へ出る時の殆どが男と会うためだ。
引っ越してきて数週間、もう男が出来たのだろうかとリリーは不安になる。
もしこれがアルヴェインに露見したらどうなるのだろうか。
「はぁ?リリーの癖に口答えする気?生意気じゃない」
リリーの言い方に腹を立てたフェリシア姫はより一層低い声を出す。
これ以上怒らせると厄介だとリリーは頭を下げた。
「申し訳ございません。すぐに外出許可を取ってまいります」
逃げるように部屋を退出するとアンナも後を追っかけてきた。
「王都から男がやってくるのよ。覚えていない?宝石商の男が居たじゃない。さっきフェリシア姫が言っていたわ」
廊下を歩きながらアンナが囁いてきた。
リリーは思い出したように頷く。
「いたわねぇ。宝石商なんて城に呼べばいいのにって思われるわよ。……アルヴェイン様に直接お伺いした方がいいかしら」
リリーが聞くとアンナは頷いた。
「その方がいいわよ。男の事は言わない方がいいわよ」
当たり前のことを言われてリリーは噴き出して笑った。
「言えるわけないじゃない」
「リリーが聞いて来てよ。アルヴェイン伯爵のこと気に入っているでしょ」
アンナに言われてリリーは笑いながら頷いた。
「だって素敵じゃない。山に閉ざされた田舎の城の領主。黒く長い髪の毛を1つにまとめて、中性的な美しさを持っている方なんてどこを探してもいないわよ」
力説するリリーにアンナは馬鹿にしたように笑う。
「私は嫌よ。怖くない?どうしてあんなに髪の毛を伸ばしているのかしら。たまに剣を握って戦ってらっしゃるなら男らしく短くすればいいのに」
「そこがいいんじゃない。長くても気持ち悪くないでしょう。素敵でしょ」
「趣味は人それぞれからいいけれど、アルヴェイン様はフェリシア姫とご結婚予定なのよ」
白い目で見てくるアンナにリリーは頷く。
「憧れだから!私だってどうにかなるなんて思っていないわよ」
「フェリシア姫とご結婚してお子様が生まれたら、お世話するのよ。間違いなく子供も性格悪いわよ、最悪だわ。こき使われる相手が二人になるのよ」
未来を想像して顔を顰めているアンナにリリーは呆れながら手を振った。
「想像しすぎよ!私、外出許可取ってくるから後よろしくね。姫様のご機嫌取っておいて」
「無理よ」
背中越しに聞こえる絶望的なアンナの声にリリーは噴き出しそうになるのを堪えてアルヴェインの部屋へと向かった。
「おや、リリー。どうしました?」
アルヴェインの執務室の前でお盆にお茶を乗せた執事のフェルナンがリリーを見て微笑んでくれる。
リリーも微笑みながら軽く頭を下げた。
「お疲れ様です。アルヴェイン様にお伺いしたいことがありまして、今お忙しいですか?」
「大丈夫ですよ。どうぞお入りください」
見た目は70歳を過ぎて良そうな初老のフェルナンはかなり昔から執事として働いているおかげか、アルヴェインの執務室も返事を待たず部屋に入って行った。
開けたままになっているドアから中をのぞくと、机に向かって書類を書いていたアルヴェインが顔を上げる。
「何の用だ」
「はい、お忙しいところ申し訳ございません」
おずおずと部屋に入りリリーはアルヴェインの机の前に立った。
書類を眺めながらアルヴェインはリリーに聞いた。
「なんだ?」
「明日フェリシア姫が町へ宝石を買いに外出されたいとおっしゃられておりましてよろしいでしょうか」
リリーの言葉にアルヴェインは書類から目を離す。
鋭い黒い瞳に見つめられてリリーはドキドキしてしまうのを悟られないように視線を逸らした。
「宝石?城から沢山持ってきていただろう」
眉を顰めるアルヴェインにリリーはもっともだと頷く。
「確かにそうですが、どうしても町へ行きたいようです」
リリーが言うとアルヴェインはため息をついて頷いた。
「まぁ、いいだろう。あまり羽目を外すなと言っておいてくれ」
「はぁ」
アルヴェインの言い方にリリー内心首をかしげる。
(アルヴェイン様は姫様が男遊びをするため町に行きたいってご存じなのかしら)
そんなことを聞けるはずもなくリリーは頭を下げて退出しようとするとアルヴェインに呼び止められた。
「そうだ、フェリシア姫に伝えてくれ。地下には立ち入らないようにと」
「地下ですか?」
侍女室とフェリシア姫の部屋の往復のみで広い城の中に何があるのか理解していない。
地下なんてあったのかと驚くリリーにアルヴェインは頷いた。
「地下にはワインセラーがあるが、代々伝わる大切なものが保管されている。他人が触ると厄介だから立ち入り禁止だ」
「わかりました。フェリシア姫にお伝えいたします」
「まぁ、フェリシア姫は地下室なんて行かないだろうが」
暗く埃っぽい地下室など死んでもいかないだろうなとリリーも頷いた。
フェリシア姫の部屋へと戻ると、姫様はソファーの上に毛皮を敷いてくつろいでいるところだった。
姫様の前にしゃがんでせっせと足の爪を磨いているアンナを見てため息をつきたくなってくる。
(足の先爪まで磨かされて、やっぱり私もこの仕事辞めたいわ)
文句を言いたいのをぐっと我慢してリリーは無表情にフェリシア姫の前で頭を下げた。
「お伺いしてまいりました。明日、町へ出てもよろしいと許可が下りました」
「そうでしょうね。可愛い私は何をしても怒られないから、アルヴェイン様も私に甘いわね」
ウフフッと甘い声で笑うフェリシアに身震いしそうになり、リリーは慌てて首を振った。
「アルヴェイン様が地下室は大切なものがあるために近寄らないようにと言われましたのでお伝えしておきますね」
リリーが言うとフェリシア姫はニッコリと微笑む。
「解ったわ。地下室ね、きっと埃っぽいんでしょう。行かないわよ」
その微笑みに怪しさを感じながらもリリーは頭を下げた。




