(55)close to you
「ハァハァ…っ」
威咲は走り続けていた。走り過ぎて喉がカラカラに乾いて痛い。
ここまで来れば充分だろうか。
街はかなり破壊されていて、あちこちに瓦礫と化した元建物があり、傷ついた人やもう動かない人がいた。
まだ微かに昼間の硝煙の匂いが風の中に漂っている。
もう暗くなる。
小さな公園にたどり着いたので、そこの瓦礫の壁を背に座り込んだ。
今夜はここで夜を明かそう。それからどうするかはまだ考えていないが、とりあえず今日はここで眠ろう。
今日は色んなことがあった。思いだして自分の肩を抱いた。
一夜の顔が思い浮かぶ。
だめだ、もう頼ってはいけないのに、まだ頼ろうとしてる。
ごめん、本当にごめんね…それから、そう、一夜に想いを伝えられて良かった。
一夜も好きだって言ってくれた。それで充分だよ私。これでもう…
涙がひと粒こぼれた。
本当はもっと。私は欲張りだ。
でもそんなに望んではいけないね。きっとそんなにもう時間は無いね。だからやっぱり私は消えなくちゃ。
一夜、本当にごめんなさい。どうか勝手な私を許してね…
夜空を見上げると満天の星が、まるで街の破壊など関係ないように瞬いている。
一夜も昔家出してたって言ってたっけ。こんな風に一人で夜空を見上げたりもしたのかな。
しん、としていて心細い。静か過ぎて目が冴えていって眠れそうにない。
背中の壁だけが頼りだ。それ以外に頼りが無くて、目を閉じる気にならなくて、膝を抱えて前を見ながら耳を澄ませていた。
これからどうしようかな。
朝になったら、どこか見つからない場所に行って。
消える覚悟はできている。だが死ぬのはやはり痛いだろうか?苦しかったりするんだろうか――――――――
3人の顔を思い浮かべる。きっと私を探してくれている。心配してくれている。
これから私がする選択は彼らを裏切ることだ。
でも仕方がないね。消えること、死ぬ覚悟なんて…
知り合った顔を順番に思い出していく――――――――
膝を抱えたままいつの間にかうとうとしていた。
その広場に黒ずくめの若い男が現れた。足音を立てずに威咲の前に立った。
気づいて威咲が顔を上げると男は耳ざわりのいい声で言った。
「一人でいていいのかな?危ないよ」
そして綺麗に笑う。
「…誰…?」
威咲は呟いてなんとなく危険だと察し逃げようとした。が腕を素早く掴まれる。
空気のようだと威咲が思った瞬間、まるで電気が流れたようになりショックで失神してしまった。
男は気を使ったのだ。
威咲を担いで去ろうとした所で男は眉をひそめた。
「邪魔者のお出ましか…」
いい声で呟く。
広場の入り口の方を睨んでいると、やがて垂華と多摩が駆けつけた。
男は涼しい顔で声をかけた。
「ご機嫌よう」
多摩が男をキッと睨む。
「返してくれない?」
男は少し首を傾けた。
「だが彼女は君らの所から逃げてきたんだ。返さなくていい証拠だろ?」
多摩が斬りかかった。が黒ずくめの男は威咲を担いだままよけた。
多摩はまた斬りかかったが男はひらりひらりとよけて、多摩は躍起になって攻撃するがことごとくかわされた。
まるで踊っているようにさえ見えたその動きはどこか妙で、それに気づいて垂華が口を開きかけた時、魔方陣が完成し、多摩を中にして模様が淡く発光し始めた。
多摩もようやく気づいて顔面蒼白になったがもう遅い。
男は魔方陣の外で足をダン!と踏み鳴らした。
一瞬発光し、多摩は動けなくなる。
「垂華!」
多摩は焦って振り向く。
「動くな!動くとこの子は殺すよ」
多摩は唇を噛んだ。垂華は口中で呪文を唱えている。
男は威咲を担ぎ直し、手をかざすと空中に模様を描いた。すると模様を囲むくらいの光の壁が現れた。
垂華の呪文が終わり、力がほとばしる。
男はこらえ、目を見張った。
魔方陣が相殺され、多摩は動けるようになる。素早く構えた。
男は微かに笑うと威咲と共に光の壁の中に消えた。
「待ちなさい!…くっ!」
クロストゥユーの意味は「距離や間柄が、近い、親しいこと」。前半の威咲の文のとこからつけました。
黒ずくめの男が使った、光の壁。後でまた使ったりするので覚えといてね☆




