(34)missing
その日は雨だったせいか酒場には客が少なく、顔馴染みもいなかった。
こんな天気だがなんとなく少し飲みたく感じたので来ただけだったから一夜は一人なのは気にせず静かに酒をなめていた。
向かいの席の女がさっきからずっとこっちを見ている。
一夜はずっと無視していたが、ふとした拍子に目が合ってしまった。女はにこりと笑うと軽く手を振ってきた。
一夜は小さく咳払いをすると目を逸らした。女が話しかけてくる。
「ねえ、一人なら隣行ってもいいかしら」
「…ご自由に」
女が隣に移動する。栗毛のボブで、毛先を内側に巻いていて大きめの眼鏡をかけていた。
一夜はジンを飲んでいたが、女はウイスキーを飲んでいた。
「ねえ、名前なんていうの?」
「さあ」
「秘密?ふふ、まあそれでもいいか」
「…雨の日に女一人で酒なんて珍しいな」
「それはねえ、独りだからよ」
女はウイスキーをなめた。
一夜は女を見た。明らかなナンパだ。
「あー、あたしのこと値踏みしてるわね?」
「してねえって」
女は一人旅の最中らしかった。旅の話や最近のことなどを笑える話として女は話した。あくまで客観的で的確にとらえられた話はおもしろいと思った。
「ねえ、これ飲んだらホテルの部屋に来ない?」
ひとしきり話して、ひと息ついて女は言った。
やっぱりなと一夜は思ったが少し困惑した。そしてすぐ気づく。どうして…
「今夜だけよ。一晩だけあたしと付き合って」
ウイスキーの氷がカランと鳴った。
威咲の顔が頭に浮かんだが、打ち消す。もう威咲とは会うことすらない。きっとあいつらと仲良く幸せにやっているだろう。そう考えて一夜は目を伏せた。
ホテルの部屋に着くと女は言った。
「さあさんはもしかして好きな人がいるの?」
「いないよ」
「そう?なら良かった」
今まで通りなら普通だ。
部屋の明かりをベッド脇のスタンドだけにして、女が腕を絡めてくる。
キスをして抱き合う。女の方から舌を入れてきたので一夜もそれに応じる。お互い服を脱いで絡み合っていった。
好きじゃなくてもやるというより、ただ純粋に行為だけを楽しんだ。
女の方が一夜を弄ぶので一夜は言った。
「忘れたいことでもあんの?」
一瞬女の目が揺れたがすぐに打ち消して首を振った。
「…言わないでいいよ」
一夜からキスしてやった。
女の指が一夜の頬をなぞった。
「ありがとう。それにあなたの顔、けっこう好きよ」
「ねえ垂華、なんだか最近威咲ちゃん無理してるように感じない?なんか、無理矢理笑っているような…確かによく笑うんだけど、なんか違って、本当はもっと落ち込んでてもいいのに、むしろニコニコしてるから、なんか空っぽっていうか、中身がない笑いかたの気がする」
「それは俺も思ってた。実はもう心が故障したみたいだって。このままが続くなら…威咲ちゃんの中から一夜の記憶を消さないといけないとも考えてる」
「巫女にそんなことして大丈夫なの?」
「いずれ完全に巫女に置き換わると思っている。威咲ちゃんはそれまでの器…その器は正か負かでいったら正じゃなければいけない。
今みたくゼロだと普通より負に近づいて、その領域を侵され易くなる」
「それはそうだけど、それは可哀想よ。様子を見るべきだわ」
「勿論そうさ。出来ればそんなことしたくない。威咲ちゃんに早く立ち直って欲しいね」
その言葉が暗に意味した事に気づいて多摩は力が抜ける。気が抜けた声で言った。
「どれくらいかかるかしらね…」
「さあ。2~3ヶ月はかかるんじゃないのか」
「相変わらずのクールね…」
垂華のことを言ったのだ。
「そんなことよりしっかり見張らないとな」
聖人君子じゃない…けどなんか晴れない感じ⭐
いやはや。威咲の方は本当に大丈夫かな?次回お楽しみに!




