MISSION 1――最初は簡単だった
仕事から帰って、シャワーを浴びたあと。
莉央はベッドに腰を下ろし、何となくスマートフォンを眺めていた。
ニュース。SNS。動画。
指を滑らせているうちに、ひとつの広告が目に止まった。
《AIが、あなた専用のチャレンジを毎週提示します》
自己管理や習慣形成を支援するAIサービスらしい。
早起き。運動。食事。片づけ。
その程度なら、特に珍しくもない。
莉央はそのまま閉じようとした。
けれど、画面の下に小さく表示された文字で指が止まった。
《プライベートチャレンジ対応》
《成人向けモードあり》
「……成人向け?」
少しだけ迷ってから、莉央は画面を開いた。
画面を開くと、利用者の口コミが並んでいた。
《本当に無料でした。追加料金もなし》
《専用機器も無料で届いた》
《思っていたより本格的》
《成人向けモードは、勢いで選ばない方がいい》
最後の一文で、莉央の指が止まった。
「……そんなに?」
少しだけ笑う。
怪しいと思わないわけではない。
けれど、完全に胡散臭い感じでもなかった。
莉央はそのまま、登録画面へ進んだ。
登録に必要なのは、年齢確認と簡単なプロフィールだけだった。
入力を終えると、画面に二つの選択肢が現れた。
《STANDARD》
《PRIVATE / 18+》
莉央は一度、STANDARDへ指を伸ばした。
そのまま止める。
少し迷ってから、下を選んだ。
《PRIVATE / 18+》
画面が切り替わる。
《成人向けプライベートチャレンジを開始しますか?》
《YES/NO》
莉央は《YES》を押した。
《未達成時のペナルティを設定してください》
いくつかの候補が表示された。
軽いものから、かなり嫌なものまで並んでいる。
莉央は画面を眺めた。
《推奨:軽度》
その表示を見て、少し考える。
それでは、たぶん意味がない。
せっかくやるなら、簡単には逃げられない方がいい。
莉央は推奨より一段重い条件を選んだ。
《本人と特定できる登録画像を、指定先へ送信》
その下に、送信先の入力欄が現れた。
莉央はそこで、初めて少しだけ手を止めた。
《送信先を設定してください》
入力欄の下に、いくつか候補が並んでいた。
自分のメールアドレス。
友人。
家族。
勤務先。
莉央は一度、指を止めた。
勤務先。
さすがにやりすぎかもしれない。
そう思った。
けれど、ここまで来て軽いところへ戻すのも違う気がした。
莉央は《勤務先》を選んだ。
すぐに確認表示が出る。
《この条件は推奨レベルを超えています》
《より軽い条件への変更を推奨します》
莉央はしばらく画面を見ていた。
それから、
《この条件を維持する》
を押した。
《登録画像を設定してください》
説明文が表示された。
《本人であることを確認できる画像を使用してください》
《顔と身体の特徴が分かるものを推奨します》
莉央は画面を見たまま、少し黙った。
勤務先へ送られるかもしれない画像。
そう考えると、急に現実味が出た。
それでも、戻る気にはならなかった。
部屋着は、薄手のTシャツと短いルームショーツ。
シャワーを浴びたあとだったので、ブラはつけていなかった。
莉央はスマートフォンを三脚へ置いた。
タイマーを設定する。
その前に、普通に立った。
シャッター音が鳴った。
莉央はスマートフォンを手に取り、撮れた一枚を確認した。
顔は、いつもの桐生莉央だった。
けれど身体は違う。
薄いTシャツ越しに胸の丸みが出ていて、ブラをつけていないせいで、先端の小さな膨らみまで分かる。
短いルームショーツからは、太腿があらわになっていた。
勤務先の誰かが見れば、すぐに自分だと気づく。
莉央は数秒だけ、その画像を見た。
消そうと思えば、まだ消せる。
けれど指は戻らなかった。
そのまま画像を選択する。
《この画像を登録しますか?》
《YES/NO》
莉央は《YES》を押した。
《登録完了》
画面が切り替わった。
《登録内容を確認しています》
数秒後。
《参加条件を満たしています》
《第一ステージを開始します》
莉央は画面を見た。
いよいよ始まる。
そう思った直後。
《MISSION 1-1 本人確認記録》
《提出済みデータが達成条件を満たしています》
《CLEAR》
莉央は目を瞬いた。
「え……これ、もうクリアしてるの?」
あの画像は、失敗したときの代償として登録したものだった。顔も身体も、本人であることを否定できないように、自分で撮った一枚。
それが今、課題の達成記録として判定されている。
画面に浮かぶ《1/2》を見ているうちに、莉央の口元がわずかに緩んだ。
「わ……ちょっと嬉しいかも」
呟いたあと、すぐに不安になった。
あんな画像を、勢いで登録してしまった。
この先のMISSIONは、絶対に失敗できない。
もし未達成になれば、あの画像が勤務先へ送られる。
そう考えた瞬間、さっきまでの嬉しさは消えた。
《MISSION 1-1の達成を確認しました》
《次回課題用パッケージを発送します》
《到着予定:土曜日》
《開封可能日時:水曜日 21:00》
MISSION 1-2 ベース装備
土曜日。
指定されていた小包は、予定どおり届いた。
送り主の名前も、商品名もない。
手のひら二つ分ほどの、何の変哲もない黒い箱だった。
莉央は玄関からそれを持って入り、テーブルへ置いた。
《開封可能日時:水曜日 21:00》
まだ四日ある。
持ち上げてみる。
思ったより軽い。
一度だけ耳元で振ってみたが、中から音はしなかった。
「……何が入ってるんだろ」
そして水曜日。
二十一時。
スマートフォンの画面が切り替わった。
《MISSION 1-2》
《ベース装備》
《パッケージを開封してください》
莉央は箱をテーブルへ下ろした。
封を切る。
中に入っていたのは二種類だった。
小さな金属製のクリップが一組。
そして、黒い口枷型のデバイス。
「……これ?」
数日間、もっと大げさなものを想像していた。
莉央はまずクリップを手に取った。
指で開いてみる。
思っていたより、しっかりとした反発がある。
《ニップルクリップを左右に装着してください》
莉央は画面を見てから、自分の胸元へ視線を落とした。
部屋着のTシャツの裾をつかむ。
一瞬だけ手が止まった。
誰もいない部屋で、ただ服を脱ぐだけなのに、カメラの前だと思うと妙に意識した。
莉央はTシャツを頭から脱いだ。
布が胸を擦って抜けると、隠れていた乳房があらわになる。
腕を下ろした拍子に、むき出しになった胸がわずかにたわんだ。
普段なら気にも留めないその揺れが、これから何をつけるのか意識しているせいか、妙にはっきり感じられた。
莉央は一度、自分の胸元へ目を落とした。
画面の指示に従い、片方の乳首へクリップを挟んだ。
「っ……」
思わず肩が上がった。
鋭い痛みというほどではない。
けれど、指でつままれるのとは違う。
挟まれた一点だけが、じわじわと熱を持っていく。
莉央は少し待った。
外したくなるほどではない。
むしろ、最初の刺激が引いたあとも、乳首だけが妙にはっきり存在している。
もう片方もつける。
左右を挟まれた瞬間、胸の先だけが身体から浮き上がったような感覚になった。
鏡を見る。
もともと小さく締まっていた乳首が、クリップに挟まれてさらに硬く立っている。
「……こんなになるんだ」
指先で触れなくても、自分の乳首がどんな状態になっているのか分かる。
呼吸をするたび、胸がわずかに上下する。
その小さな動きだけで、クリップの重みが乳首を引いた。
ぴり、とした感覚が走る。
莉央は唇を軽く噛んだ。
《左右設定値を確認》
《口枷型デバイスを装着してください》
次の装具を手に取る。
黒く、小さい。
莉央は口を開き、デバイスを装着した。
口が閉じきらなくなる。
舌の位置が落ち着かない。
「ん……」
声を出してみる。
自分でも何を言ったのか分からない。
そのことがおかしくて少し笑いそうになったが、口元がうまく動かなかった。
鏡の前に移動する。
胸には二つのクリップ。
口元には黒い口枷。
普段の自分とは、どう見ても結びつかない姿だった。
鏡の中の自分を見たまま、莉央はしばらく動かなかった。
数十秒もしないうちに、別のことが気になり始めた。
唾液だった。
飲み込もうとしても、口をきちんと閉じられない。
一度飲み込む。
すぐにまた溜まる。
莉央は口元へ手を当てた。
その間にも、唾液が下唇の端へ集まっていく。
「ん……っ」
顎を少し上げる。
それでも止まらない。
細い筋が口角から顎へ落ちた。
鏡の中の自分を見て、莉央の表情が固まった。
胸の先をクリップで挟まれ、口を閉じられず、顎には自分の涎が光っている。
何もされていない。
全部、自分でつけただけだ。
その事実の方が、妙に恥ずかしかった。
ティッシュを取ろうとして腕を動かす。
その瞬間、胸が揺れた。
クリップが引かれる。
「んっ……」
短い声が、口枷のせいでくぐもった。
莉央は動きを止めた。
痛い。
でも、それだけではない。
乳首を挟まれている感覚が、さっきより少しずつ身体の内側へ響き始めている。
鏡から目を逸らそうとして、また見た。
自分で見ているだけなのに、顔が少し熱くなった。
《スマートフォンを三脚へ固定してください》
莉央はスマートフォンを三脚へ取り付けた。
《カメラ前へ移動してください》
画面の中央へ立つ。
《装着状態を確認》
莉央は姿勢を正した。
胸を張った途端、クリップがわずかに揺れた。
「ん……」
口枷の奥で声がくぐもる。
飲み込んだはずの唾液が、また口角へ集まっていた。
《確認完了》
続いて画面に二つの選択肢が現れた。
《意思確認》
《続行可能:YES/NO》
口枷をしたままでも意思を伝えられるか、その確認らしい。
莉央は《YES》を押した。
すぐに表示が変わった。
《MISSION START》
《規定時間、現在の状態を維持してください》
《05:00》
五分。
莉央は画面の数字を見た。
何かが起きるのだと思って身構えた。
けれど、クリップは動かない。
口枷にも何の変化もない。
《04:32》
ただ、その姿のままカメラの前にいればいいらしい。
時間が経つにつれて、最初の緊張は少しずつ薄れていった。
それでも身体から装具の存在が消えるわけではなかった。
呼吸のたびに胸が上下すると、クリップの重みが乳首をわずかに引く。
ぴり、とした刺激が、そのたびに戻ってくる。
口の中には絶えず唾液が溜まった。
飲み込んでも追いつかない。
口角から顎へ落ちたものを拭うと、身体が動き、その拍子にまたクリップが揺れる。
「んっ……」
その繰り返しだった。
《02:14》
莉央は数字を見た。
もう半分以上終わっている。
《00:30》
莉央にはまだ余裕があった。
《00:10》
十秒。
《00:05》
莉央は画面を見つめる。
《00:03》
《00:02》
《00:01》
《00:00》
《MISSION 1-2 CLEAR》
表示された時点で、莉央にはまだ余裕があった。
「……簡単じゃん」
箱が届いてからの数日間、莉央は何度もその先を想像していた。
どんな格好をさせられるのか。
どんなふうに身体を晒すのか。
どこまで普段の自分ではいられなくなるのか。
あんなことや、こんなこと。
頭の中では、いつもの桐生莉央とはまるで違う自分が、何度も乱れていた。
成人向けモード。
必須課題。
未達成時の登録画像。
もっと容赦のないものが来ると思っていた。
だから五分が終わったとき、最初に浮かんだのは安堵ではなかった。
――もう終わり?
拍子抜けした。
それと同時に、ほんの少しだけ。
残念だった。
《装置を外してください》
莉央はすぐには従わなかった。
「MISSION 3でも、いけたかも」
画面は答えない。
数秒後、機械的な通知だけが現れた。
《次回課題用パッケージを発送します》




