水晶の間で眠るもの
封印の遺跡のイベント開始から数日。
毎日のようにダンジョンを探索し記録を取っていたリオたちは現在――
「や、やや、やばいってー!」
大量のモンスターに襲われていた。天井から獲物を狙うように潜む六つ足の怪物が数匹。
同じく、狙いを定めた金属の瞳が環境的絶対弱者である侵入者へと向かい進む。
HPバーが点滅し、どんどんと減っている二人は薄暗い遺跡の奥へと足を踏み入れていく。
「ちょ、来すぎだろ! なんでこんなにいるんだよ!」
「よ、よし!とりあえず片っ端から倒すよ!」
「ぴゅい!」
シルフが、頭上から迫る封印虫を風で叩き落す。
同時に、二人が機械兵に対して剣を振りぬく。
煙を立てるように消えたその場には歯車といくつかの針が残るが、狭い通路に響く耳障りな足音は消える気配はない。
「右は俺が取る! 左は任せた!」
「了解っ!」
リオは剣を大きく振りかぶり、右側の封印虫に向かって突進した。
敵は赤い複眼をぎらりと光らせ、尾をしならせながら毒針を突き出す。
その軌道をギリギリで見切り、剣を横に弾き返すと、火花と共に金属音が響いた。
ユフィが即座に反応。
低い姿勢で床を滑るように駆け込み、短剣を甲殻と脚の接合部へ突き立てる。
刃先が金属を弾き、青い火花が飛び散る。
わずかに封印虫の動きが鈍り、リオはその隙を逃さなかった。
「今だ!」
リオは剣を横になぎ払い。敵のコアを同時にたたき切る。
モンスターが消えると同時に現れたのは銅色に光る1つのコイン。
「き、来た!モ「こらー!そんな場合じゃないでしょ!」」
「囲まれてるよ!奥行くよ!」
かろうじてコインを懐に忍び込ませ、リオは壁際に回り込み、二体の注意を自分に向けるよう動く。
敵の赤い複眼が一斉にこちらを向いた瞬間、胸の奥で鼓動が跳ねた。
ギリギリの緊張感と、わずかな興奮が入り混じる。
そんな心とは裏腹に口は冷静にシルフへ攻撃を命令する。
ウィンドボールと、横からのユフィの攻撃に敵の体は大きな破壊音を立てて崩れた。
「あ、危なかったぁ。もう少しでパーティ全滅だったね」
「ああ。だけど、思ったより奥に来たな。浅層でいうと最下層とかじゃないか?」
互に一息つき、地下への階段を下りていく。
石造りの階段を下りきると、そこには上層とはまるで異なる世界が広がっていた。
最初に感じたのは、あまりに錆臭い臭い。
今までのダンジョン化した古代の遺跡という印象からガラッと変わり、明らかな人工感。
大昔には動いていたんだろう何かの機械に、大きな書類棚、確実に重要拠点であるその部屋にはそれ以外のものは存在しなかった。
アルベルトの爺さんでもいれば考察でも聞けただろうが、あいにくこの場にいるのはただの探索者二人と一匹。
とりあえず部屋の様子をカメラに撮影していく。
「うーん。なんだかいまいち物足りない部屋だね」
「確かに、研究所といわれるとなんか違うような気がする。どっちかといえば何かを隠してる部屋な感じだ」
リオは魔導カメラを構えながら、部屋の奥の書類棚を撮影していた。
だが、シャッターを切るたびに、何かが引っかかる。
「なあ、この棚の横の床なんか跡がついてないか?」
リオは床の凹凸をなぞり、違和感のある部分を指す。
「確かに、ちょうどこの棚一つ分くらいの大きな跡があるね」
ユフィはしゃがみ込み、棚の下の金具を覗き込む。
ふと、ぽん、と指で軽く棚板を叩くと、低い反響音が返ってきた。
そのとき、肩に乗っていたシルフがふわりと飛び立ち、棚の裏側に回り込んだ。
「ぴぴっ!」と短く鳴き、まるで「ここだよ!」と知らせるように壁を小さく叩く。
「シルフちゃんが反応してる……なんかあるのかも」
ユフィは目を輝かせ、棚の隙間を指先で探る。
すると、壁際の目立たない部分に、触れると沈む感覚のある小さな突起を見つけた。
「これ……スイッチ?」
カチリ。
棚全体がかすかに震えたかと思うと、鈍い音を立ててゆっくりと横へスライドした。
舞い上がる埃の向こうに、狭い石造りの通路が口を開ける。
所々道にちりばめられた宝石は、その先を導くようにそれぞれ光りを放っている。
「マジか……」
リオは無意識に息を呑んだ。
奥からは、ひんやりと湿った風が流れてくる。
それは、先ほどまでの部屋の人工的な空気とはまるで違う、隠された何かの匂いを含んだ風だった。
「なんか……やばそうな匂いがするね」
「だな。……でも、行くんだろ?」
「……もちろん!」
シルフが先に羽音を立てて通路へと飛び込む。
二人は視線を交わし、小さく頷いてその後を追った。
奥に進むとそこは、あまたの水晶に囲まれ4、5畳ほどの円形の空間だった。
その中心には明らかに異質な気配を放つ一つの宝玉。
その色は単純な青や緑ではなく、赤紫と蒼が混じり合い、絶えず模様を変えているように見えた。
表面には蜘蛛の巣状のひび割れが走り、そこから微かな魔力の靄が漏れ出している。
リオはどこか既視感にさいなまれつつも、あまりに強大で魅力的な魔力の残滓に無意識に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっとさすがに危ないよ!?その宝石まがまがしすぎない?」
「え?どっちかというと、そんな邪悪な感じじゃなくて逆に落ち着くというか……」
リオからすると、確かに気になるところはあれど嫌な感じはしない。
だがユフィには絶妙に頭痛や吐き気の感覚があり、宝玉に近づくほどに増していくようだ。
どうやら、口に×が出るほどだめらしい。
そんな軽くミッ〇ィー化するほどの嫌悪感をリオは感じることができず、歩みは止まることはない。
触れるまであと数cmというところで、宝玉がリオの手に吸い込まれる。
《ダンジョンコアを取得しました》
「えぇっ!そんなの食べたらだめだよ!ほらペッてしないと、ペッて」
次の瞬間、肩を両手でがしっと掴まれる。
強い力が込められ、そのまま激しく上下に揺さぶられた。
視界が縦に揺れ、床と天井が交互に迫ってくる。
「い……や、ちょ……」
必死に言葉を返そうと口を開くが、揺れに呼吸を乱され、うまく声にならない。
さらに追い打ちをかけるように、肩に乗っていたシルフまで小さく羽をばたつかせ、
慌ただしくリオの顔の周りを飛び回っている。
まるで「大変だ大変だ!」と警報を鳴らす。
ようやくユフィの力が緩むと、リオはすぐに壁に手をついた。
「ま、待て待て待てっ!食べてないから!呪いでもないって!」
「じゃ、じゃあなんで体の中に入ったの!?
え、あれって飲むタイプなの!?そんな感じじゃなかったよね!?」
「落ち着けって……っ、ほら、システムログ見ろよ!
“取得”って出てるだけだ、ちゃんとインベントリに入ってるから!」
「……ほんと?」
恐る恐るリオのウィンドウを覗き込み、ユフィは胸を押さえて大きくため息をついた。
「もう、心臓止まるかと思っちゃった」
「でも良かった。ダンジョンコアってことは単にリオ君の職業限定のイベントかもね」
「確かに、ここまでイベントが進んでてコアの発見報告はなかったし
ダンジョン経営者しか踏めないイベントだった可能性はあるな」
現在イベントは浅層、深層どちらも含めてすべての層が探索されており、ボスも倒されている。
それぞれのボスの特徴などもすでにまとめサイトに載っており、ガチ勢は周回するように素材を集めているらしい。
いわば、このダンジョンの攻略度は100%だとされていた。
だが、掲示板にもダンジョンコアのような投稿がないことからいわばこれはユニークイベントのようなものだろう。
β時代から不遇だったダンジョン経営者に対する運営のわびなのか。
いや、もはや特別そうなイベントを引いてしまったせいで引き返せなくなってしまったのか。
もともと、やり直すつもりはないがこれは僥倖。
「なんかいろいろあって疲れちゃった。まだあのおじいちゃんにも写真あげてなかったし戻ろうよ」
「そうだな」
リオは頷き、シルフを呼び寄せると、二人は小部屋を後にした。
――――――――――――――――
封印遺跡での探索を終え、リオたちは広場に戻ってきた。
アルベルト博士は、いつものように出張研究用の簡易テントの中に陣取っており、
机の上には魔導端末やら紙束やらがごちゃごちゃに散らばっている。
「おお、待っていたぞ!」
リオたちの姿を見つけるなり、アルベルトが身を乗り出してきた。
「で?撮影はしたかね!?どうだね、遺跡内部の構造は!
壁画は!?石造りの精度は!?匂いは!?空気の湿度は!?色は!?温度は!?味は!?──」
「博士、博士」
助手のリディアが眉間を押さえ、淡々と遮る。
「味までは測定してませんし、そもそもそんな依頼してませんから」
「むぅ、残念だ……」
肩を落とす博士の姿に、リオは内心で「やっぱりこの人、変な爺さんだな」とため息をついた。
魔導カメラを受け取ると、アルベルトは端末に接続して映像を再生し始めた。
上層の回廊、崩れた石造り、壁画の模様──
生息しているモンスターまでもそれぞれを紙にまとめ記録していく。
時折、リオたちに質問を投げかけながら研究するその姿は、先ほどまでとは打って変わりまさに権威ある博士そのものだった。
そして問題の隠し部屋、水晶に囲まれた円形空間が映し出された瞬間、
博士の目がきらりと光った。
「む?これはなんだね。今までとは全く雰囲気の違う部屋だが」
「それは、ダンジョンコアがあった部屋で……」
「ダンジョンコア!なるほど!それだと少し前提条件が変わるか……。
神時代の遺跡がダンジョン化したものだと思っていたが、逆だったのか?
コアがあったことを考えると、ダンジョンを何かしらの施設に改造した可能性が……。
いや待て、そもそもなぜダンジョンなんだ。たとえ秘蔵の研究でも場所はいくらでも、
となるとダンジョンに何かしらの効果があると考えたほうがいいな。
まずは、ダンジョン自体を調べることが解決の糸口に……。だが直接私が入るのは難しい……なら……」
「え、えっと……」
あまりに唐突な博士の変貌に思わず引いてしまうリオ。
最初から独特な人物だとうっすら理解していたが、にしても先ほどまでとのギャップに目が丸くなる。
「気になさらなくて大丈夫です。博士はこうなると長いので。
とりあえず、報酬の件についてですね。研究に十分なデータをしっかり確認しましたので
当初の約束通りそちらの魔道具はお譲りいたします。もし不具合を起こした場合は王国の研究所まで来ていただけると幸いです」
「はい……」
「まあ、何はともあれクエストクリアだね!リオ君!イベントも残り3日ぐらいだし、
どんどん素材を採取してモンスターも倒して写真も撮っちゃおう!」
ユフィの明るい声に、リオは小さく頷いた。
確かに、今日までの探索だけでも多くの収穫があった。
レア素材やモンスターコイン、そして何よりダンジョンコア──。
イベント残り三日と聞けば短いようで、まだまだ可能性に満ちているようにも思える。
残り三日、レベルや素材をジャンジャンバリバリ集めていこう。




