その20 ザクリーという男
(20)
図書館の地下駐車場でロダンは他の図書館からも戻ってきた書籍を台車で運んでいる。台車で運んだ書籍は、そこで館内行きとそのまま地下書庫に振り分けられる。その為の小さな部屋があり、そこに運ぶとスキャンをする。
ピッ
…大阪地鉄物語
(これは館内)
ピッ
…大阪歌舞伎物語
(これも…館内)
そんな事を繰り返しながら、最後の一冊をスキャンする。
ピッ
…畿内大和政権
(…これも館内)
ロダンは最後の書籍を青い箱に入れる。スキャンした全ての本は館内行きである。あとはそれを再び台車へ乗せ、エレベータで各フロア事に卸してゆく。その作業までの束の間、ロダンに休憩が出来た。
(缶コーヒーでも飲むか)
寒い地下駐車場である。やや震えそうになりながらブルゾンのポケットに手を突っ込んだ。その指先に触れる感触がある。それは探そうとしていた硬貨ではない。ロダンはそれを指先で摘まむとそっと取り出した。僅かに指先に香る匂い。それが燕の匂いだと思いつつも、ロダンは取り出したものを意味深げに見る。
――聖遺物調査団(RELIC INVESTIGATION TEAM)主任、ザカリーワイルド
(聞いたことがない…)
ロダンは髪をぼりぼり掻きながら、昨晩のこの男の風貌をやや憂鬱気味に思い出す。
とても体格のいい黒人だった。サイドをシャープに刈り上げた髪がモヒカン調になっている。おまけに髪は銀色だ。黒い肌に目立つなと言わんばかりの色彩である。それだけじゃない。ハンサムである。
そして日本語は流暢だった。
「俺はザクリー。恋人の燕と仲間は『ザック』と呼ばれているからそう呼んでくれ。そう、ザックワイルド。あのヘヴィメタルの帝王オジーのギタリストと同じよ。宜しく」
ロダンは憂鬱な眼差しをしている。
(…恋人だって?)
名刺をくるりと回す。
(…どういう事さ?)
ロダンはその言葉を聞いてから憂鬱である。何よりも誰よりもである。再び名刺をくるりと回す。燕の香水の匂いが鼻腔を突く。
(…よく分からない。そもそも…成り立つ関係なのかどうか…)
ロダンは再び探るようにポケットに手を突っ込んだ。今度は指先に硬質が触れ、それを取り出すと自動販売機に投入する。
ゴトン。
落ちた缶コーヒーを手に取ると、栓を開けた。
僅かに湯気が上がる。
ロダンの唇は『への字』である。この瞬間を誰かが見れば写楽の描いた版絵の通りに見えるだろう。何故か、満足していない自分が居るのである。
だが、何故、自分が満足していないのか、その心の奥底までは自身も詮索しようとはしていない。
ただ、
――恋人の燕
この一言だけが何故かロダンに突き刺さるのである。理由も唯、分からずに。
一口、コーヒーを口に運ぶ。苦みが広がるが、それ以上にロダンに広がるのはザックが言った不審な言葉だ。まるでトランプのポーカーゲームのような先行きの不安さが自分に広がっているのを感じているのは、実はその不審な発言だけではない。『聖遺物調査団』という聞きなれない職業もであった。
ロダンもネットで探ってみたが、それらしき痕跡は見つからない。まるで存在しないかのような組織なのだ。
「あぁ、これはね結構古いんよ。オランダに本部があってな。まぁ古今東西色なん物を探している研究チームなんよ。俺はここ日本の受け持ちである物を探して、その探し物が見つかるかどうか――易者の百眼先生に尋ねたら、『見つかる』というお墨付けもらったんや。そしたらほんまに…」
ザクリーが流暢なのは日本語だけじゃない。関西弁も巧みだった。
(見つかった)
その時、ロダンは思い出した。いつかでは在ったが、一人の外国人を占ったのである。勿論、結果はでたらめだったが、然し当の本人は『見つけた』という事だった。
(何を見つけたというのか)
そう自分に言って燕の頬にキスするザクリーをちらりと見たロダンは心中が穏やかではなかった。
ぐぃと喉奥へコーヒーの苦みを押しやるとポイと缶をゴミ箱に捨てたと同時に、顔を覗かせた仕事仲間から声が掛かった。
「小林やん。上でフロア主任が待ってるで」
言われてロダンは慌てる様に台車を押すとエレベータへ乗り込んだ。




