その3 財前先生の誘い
(3)
――久しぶりだね、ロダン君。旅は終えて大阪へ戻ったのかい?
そうか、もう一年以上経つのかな。あれから…月日は早いもんだね。
そうだ、実は娘の志穂も神戸の大学へ行ってるんだ。もしよかったら連絡とってくれよ、志穂も君と会えれば嬉しい筈だから。なんせ、君が去ってから暫く、落ち込んだいたからね。
君さ、あの時、娘に何か変なことしてないだろうね。アハハ。
先生の言葉を久しぶりに聞いて心が嬉しい反面、先生の言った娘『志穂』の名を聞いて、――思い出す陽気な彼女の人柄の中に、霧雨の礫のような湿りを心中感じる自分が居る。
ロダンは心中に降った霧雨の礫を手の甲で払うように湿りを拭うと先生へ向かって言った。
「先生…、民族の歴史で『薔薇』というものに…何か見当がつくようなことありますか?何でもいいのです」
先生はじっと聞き終わるとロダンへ答えた。
――『薔薇』ねぇ…、民族的には色んな意味があると思うけど、薔薇自体が良く捉えられるのは、『象徴』かもしれない。
それも…だよ、どちらというと日本より外国、…そうだね、ヨーロッパとかの方が多いかもしれない。ほら、良く家紋とかに使われているだろうし、それに色んな団体の象徴とかにもね。あ、…、そうだ…
そこまで言うと財前先生は「ちょっと、待って」とロダンへ言った。
何かを手元に引き寄せているのが電話越しに分かる。やがてそれが捲られる音が聞こえると、数秒、時が止まって再び時間が動き出した。
――ロダン君、大阪に中津というところがあるのを知ってるかい?ああ、知ってる?なら話が早い。
そこに『蜥蜴堂』という古書店があってね、其処の店主を興梠さんというんだが、その方なら僕なんかよりそうした方面に詳しい在野の学者さんなんだ。だから君が今捉われている『薔薇』について尋ねたらいいよ。きっと僕なんかより、じっと君の為になる答えを持っているだろう。
なんなら僕の方からも連絡しておく。頭がもじゃもじゃのアフロヘアのマッチ棒みたいな巨大な若者が行くってね、あはは。
…あ、えっ何?
今は頭を剃ってる?
なんでまた?
アハハ、そうか芝居で坊主易者を演じるのか!やはり大変だなぁ、役者というのは。じゃぁ、連絡しておくよ、興梠さんへ。
後さ、是非娘にも会ってくれよ。君みたいな知り合いが娘の近くに居たら父親としては非常に安心だからね。じゃぁ、僕はこれから昼の準備で忙しいから、これで。
じゃぁ、また会おう、ロダン君。
それ迄、元気で。
こうしてロダンは中津の『蜥蜴堂』へやって来て、そして奇相的風貌の店主に拘束されてしまった。
それは誘われた言葉とはいえ、まるで薔薇の棘で絡めとられたかのように。




