書籍発売記念SS「推しの押しが強い」後編
「ほらモモコ。お迎えに行きましょう」
「は、はい……っ!」
緊張がつま先から頭のてっぺんまでびりびりと駆け巡る。でも、行かないわけにはいかない。
わたしとのことはおいておいて、ウーヴァさんがこれまでずっと頑張っていたのを知っているから。
呼吸を整えたわたしは、急いでお義姉さまの背中を追ってエントランスを目指した。
到着すると、ちょうど馬車が邸宅の前に着いたところだった。爺やさんとウーヴァさんが談笑しながら荷物を下ろしている。
その元気そうな様子に、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
良かった、怪我などはしていなさそうだ。
「ウーヴァ、爺や。大役を果たしてくれてありがとう」
「お、おつかれさまでした! おかえりなさい」
お義姉様が綺麗な礼をする。それに合わせて、わたしも慌てて頭を下げる。
それからゆっくりと顔を上げると、ウーヴァさんの紫色の瞳が私を真っ直ぐに見ていた。
どきりと心臓がざわめきたつ。
「――ただいま、モモコ」
それを知ってか知らずか、ウーヴァさんは史上最強にかっこよく微笑んだ。
ひっ、と引きつるような声が出てしまう。
もっと彼らの頑張りを労うような言葉をかけないといけないといけないのに、胸がいっぱいで言葉が出てこない。
傍らでは爺やさんとお義姉様たちが成果について話を弾ませている。
すぐ近くにいるのに、そのざわめきはフィルターがかかったようにぼんやりとしか聞こえない。
全神経が、ウーヴァさんに集中している。
「久しぶりだね。病気などはしていなかった?」
「は、はい……っ」
息が苦しくて、顔が熱くて、どうやって喋ったらいいのか分からない。
すでにくらくらとした気分になりながら、わたしはぐっと身体に力を入れた。
「ほ、本当に……お疲れ様でした。お義兄さまに聞いてはいましたが、うまくいったんですよね?」
「義兄……ああ、リーベスのことか。ふむ。そうか、そうなるんだね」
「ご無事で良かったです。獣人はもふもふでしたか?」
「ああ。獣の姿でうろうろとしている者もいたからびっくりしたよ。料理用の魔道具がほとんど流通していないから、実演販売をしたらかなり驚かれた。もちろん最初は警戒されたけどね」
「そうなんですねぇ〜!」
よし。いいんじゃないか。
かなり自然な雰囲気で会話ができている。
いくら前約束があったからとはいえ、いくらなんでも帰ってきてからそんな雰囲気になるはずも無い。
気負い過ぎていた自分がちょっぴり恥ずかしくなったわたしは、ようやく安堵して笑顔になることが出来た。
「――モモコ」
ウーヴァさんの声色がワントーン下がったように感じた。そして、真剣な眼差しがわたしを見据えている。その一瞬で、和んだ緊張が引き戻される。
「さあ、家に入ろう」
「ふえっ!?」
「どうかした? メーラに色々と話をしないといけないから。君も来るだろう?」
「うっ、うん……」
「はいどうぞ」
キラキラの笑顔に手を差し出され、わたしは大人しくそこに手を伸ばす。
――一瞬、どきりとしてしまった。今ここで言われるのかと。
この話が終わったら、なのかな?
明日なのかな?
今日なのかな?
あれ……ええと――
ウーヴァさんの帰還から二週間。
ウーヴァさんと顔を合わせる度に、わたしはドキドキとどこか落胆した気持ちを抱いてしまっていた。
一向に、そのあの、求婚のような雰囲気にはならない。
ずっとお忙しそうだし、お義姉様たちと打ち合わせをする回数も多い。お仕事の話になると、わたしはなかなかそこに入ることは出来なくなる。
「……わたしったら、期待してたんだぁ」
一人で庭に出て花を見ていると、そんな気持ちがぽつりと零れた。
今日もお義姉さまとウーヴァさんは執務室で何やら話があるらしい。
彼が帰還したらすぐにでも求婚されると、厚かましくもそんなことを当たり前に思ってしまっていた。
世界を切り開いてみれば、モモコ(わたし)のような存在なんて、取るに足らないものだと思ってしまったのかもしれない。
「わ……っ」
ざあ、と強い風が吹く。花々や草木が揺れ、私も髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまいそうで慌てて頭を押さえた。
「――モモコ」
焦がれすぎて、ウーヴァさんの声まで聞こえてきた。考え過ぎだ、わたし。
スカートをぽふぽふと払い、散歩を再開することにする。
「モモコ、どこに行くんだい?」
「ちょっとお散歩です~」
推しの幻聴と会話をしてしまっている。ついにわたしは末期なのもしれない。
逆に楽しくなってきて、わたしは後ろを振り向かずにずんずんと歩き続けることにした。
「君と出会ったのも、この庭園だったね」
「そうでしたね~。そこはもう、ぺスカの記憶もバッチリですよぉ!」
「ようやく準備が出来たんだ。この家ほどじゃないけれど、庭園もある」
「? そうなんですねぇ」
随分と具体的な空耳だ。わたしは不思議に思いながらも空に向かって話し続ける。
「こっちを向いて」
ついにはそんな指示までされて、わたしはとりあえずゆっくりと振り向いた。
また強く風が吹いて、一瞬目を閉じる。それから顔を上げると、そこにはウーヴァさんがいた。
「あっ、えっ、えええ?」
混乱するのも無理はないと思う。ウーヴァさん本人がいたのだ。
「モモコは歩くのが早いね」
「は、はい……っ、ちょっと考え事をしていて」
にこりと微笑まれて、わたしは空耳ではなく本物と話をしていたことを今さら知った。わたわたと髪を手櫛で整え、慌てて向き直る。
「君に話があって」
ウーヴァさんは紺色の軍服に似た服を着ていて、麗しくいつも以上に眩しい。
「モモコ・ベラルディ伯爵令嬢」
射抜くような真っ直ぐな瞳が、青空を背にしてわたしを見下ろしている。
「――そして、ぺスカ。君にまた愛を乞いに来た。君を一生かけて幸せにする。僕と……私と結婚してくれないか」
胸元に手をあてたウーヴァさんは、そう真っ直ぐに言いきった。
モモコとぺスカ、二人に向けての言葉。
わたしはその事に胸が震える思いがした。
「わ、わたし……ちょっと変な女ですよ?」
「明るくて、一緒にいるととても楽しいよ」
「お義姉さまみたいに凄くないし、家事も出来ないし……」
「家事なら僕も出来るし、君が望むなら人を雇うよ。それくらいの甲斐性はある」
「お仕事は、続けたいです」
「ああ、もちろん。メーラもそう願っている」
「~~わたし、というかぺスカは! かわいい調度品が好きなのですが!」
「……知ってるよ。一緒に見に行こう」
ひとつひとつ、言いたいことを言っていく。
こうした会話の積み重ねが、きっとぺスカたちには足りなかった。
「……っ、わたしなんかで良ければ」
顔が真っ赤なことが、自分でもわかる。熱くて、熱くて、火が出そうだ。
感極まって涙まで浮かんできたし、なんかもう、鼻水も出そう。
「今度こそ君たちを幸せにすると誓う」
近づいてきたウーヴァさんに、ぎゅうと抱きしめられる。彼がそう言うのは、ぺスカに向けての言葉だと分かる。
わたしは今度こそ涙が止まらなくなって、あの日のように大号泣してしまった。
泣き腫らした顔で屋敷に戻ると、訳知り顔のお義姉さまたちに出迎えられた。
どうやらウーヴァさんは、こちらに戻って来てから結婚後の準備を急ピッチで進めていたらしい。
その準備が終わり、今日ようやく求婚出来たとも言っていた。
「……あの、ところで。その服装は一体」
わたしは気になっていたことを恐る恐る聞いてみる。そんな軍服のような服装をウーヴァさんがする意味がわからない。
「ああ、これか。君がこういう服装が好きだって教えてくれた人がいて」
「!!!!!」
わたしは首がもげるくらいの早さでぐりんとその人の方を向いた。
すると、明らかに目が合ったのに、あからさまに目を逸らされた。
これはまさしく、わたしが描いていた""前世の推し様""の服装である。大好きなやつ。情報漏洩だ。
「カ、カミッラさん~~~!!!??」
わたしは性癖大公開の刑により、桃どころじゃなくとんでもなく真っ赤になってしまったのであった。
メーラとモモコの物語を最後までお読みいただきありがとうございます!
書籍発売中です。よろしくお願いします




