4話:エレメンタルオブファンタジー④
街は酷い有り様だった。
建物はいくつも壊れて、至る所から煙が上っている。
祭の為に並んでいた屋台のテントは無惨に壊れて、並んでいたであろう商品は逃げる人達や魔物に踏まれてすっかり駄目になっている。
魔物の姿は見えないが、怪我を負った人があちらこちらに見えた。
「ヒール」
「ありがとうございます。神子様」
怪我した足を治療してもらった女性が頭を下げた。
「今の方でこの辺りで怪我をされた方は全員でしょうか?」
「ええ……おそらく……」
ネフライトがそう答えると「では、先を急ぎましょう」と神子様ひとりスタスタと歩いていく。
「急ぎましょうって……」
自分たちの先を進む神子様の左右に守るように並んで歩く。
神子様は怪我人を見つける度に治癒術を使って治療していくのでなかなか王宮にたどり着かない。けれど、そんな神子様を止めることなんて俺たちにできる訳もない。
ってか、とっとと先に進むし、勝手に行動するし護衛されてる自覚ないでしょ!?
「そんな事ありませんよ。たとえ私が好き勝手に行動しても、貴方達ならしっかり護衛してくれると思っているだけですよ」
「えっ!? なんで俺が考えてることがわかんの!? こ、これが神子の力……?」
「単にお前が声に出していただけだ、大バカ者。今の発言は不敬罪で裁かれかねないぞ」
「ええーっ!! じゃあネフライトも連帯責任な。先輩も言ってたろ? 『ヒスイが失敗したとしても、失敗したらお前も一緒に責任を取ることになるぞ?』って」
「そんな……。ヒスイの大バカな発言のせいで……」
みるみるネフライトの顔が青ざめていった。
俺たちに挟まれてそんな会話を聞いていた神子様が堪えるように笑い出した。
「ン、フフ……、申し訳ありません。こんな時に不謹慎でしたね。でもあんまりにもおかしくって」
涙を流しながら笑う彼女の姿に、可愛いと思ってしまった。……こんな時に不謹慎だけど。
「そんなことくらいじゃ不敬罪になったりしませんよ。それに、どうせならもっと気軽に接してくださいな? そうですね、『神子様』というのも堅苦しいですし、気軽に「エメラルド」とか……いっそう「エメちゃん」なんてどうですかね? それとも「エドちゃん」……とか?」
明るく冗談を言う彼女は“普通”の女の子に見えた。
「エ、エエエメ……エメ……メメ、メメッ! メメぇ!!」
冗談が通じないネフライトが必死に「エメラルド」と懸命に言おうするが、自分の中で葛藤を繰り返しているのだろう。もはや鳴き声のようになっていた。
「バーカ! 神子様流の冗談に決まってんだろ?」
ネフライトのザマを鼻で笑ってやると「冗談ではないんですが」と神子様がいたずらっぽく笑った。
なんか、さっきまで教会にいた時と随分と印象が違う気がする。
もしかして、猫でも被っていたんだろうか……そんな事を思ってしまう。
ただ、俺はネフライトのように偉い人を呼び捨てにすることに抵抗なんてない。ので……神子様がそういうなら遠慮なんてしない。
「じゃあ、早く王宮に向かいますよ。エメラルド……様」
……やっぱり少し怖いので一応“様”だけは付け加えた。
(騎士を首になるのも、処刑されるのも嫌だからな)
「様もいりませんのに……」とぼやく声が聞こえたがあえて気づかないふりをした。
横からありえないものを見るかの様な目で、ネフライトが俺を見ているがそれも気づかないふりをし、俺たちは王宮に到着した。
王宮の重厚感のある立派な門には騎士が二人立っていた。
騎士、と言ってもどちらも顔馴染みなどではない。
騎士にも種類がある。
俺たちの様な街や街の外で仕事をする黒騎士。
そして、王宮や貴族街などに使える白騎士。
王宮に使える白騎士は、俺たちとは違って貴族出の人間がほとんどだ。
まず顔を合わせることもないし、向こうは俺たちの事を魔物退治の使い捨ての道具程度か、雑用程度にしか見ていない奴らばかりだ。
つまりは、鼻もちならない連中だ。
「カルセドニー隊所属 ヒスイ・アズベルトとネフライト・ロンドリア。隊長の命令により、神子様をお連れしました。開門をお願いいたします!」
敬礼をし、門番二人に告げると門番の男は俺たちを見て鼻で笑った。
「それはご苦労だったな。神子様は我々の方でご案内するので、貴様らはとっとと街の騒ぎを収めてきてはどうだ?」
「なんでも街で魔物が暴れたらしいじゃないか。城壁の警備はどうなってるんだろうな? 職務怠慢なんじゃないか? まあ、所詮庶民の貴様らには騎士の役目なんて務まるわけもないもんなぁ? アハハハッ!!」
大きな声で高笑いする門番どもに怒りが込み上げる。
「この方達を笑う資格があなた方にあるとお思いですか? 街が大変な状況なのに、私は白騎士を街でひとりも見ませんでした。国民を守ったのも、私を助けたのも彼ら黒騎士です。彼らを笑う暇があるのなら、あなた方白騎士も街の方々の為に加勢に行ってはいかがでしょうか」
ピシャリと言い切ると門番の二人はピタリと笑うのを止めた。
「で、では神子様。中へお供いたします」
門番の片方が腰を低くしてエメラルドに擦り寄るも
「必要ありません。ここは私にとっての家でもありますから、それに門番が門から動いてはいけないでしょう」
と一蹴される。ざまーみろだ。
渋々と門が開かれる。
門の中へと入るエメラルドを黙って見送っていると、エメラルドがこちらを振り返った。
「何をしているのですか? 早く行きますよ。ヒスイ、ネフライト」
さも当然付いてくる様な言い方をした。
「いえ、ボク達は神子様の王宮までの護衛しか言われていないので。たかがいち騎士がおいそれと入れません」
クッソ真面目な模範解答とでも言うべき返事をネフライトが返した。
「むー……。私が良いと言っているのですからかまいませんのに……王宮、入ってみたくはないのですか?」
「入ってみたい!」
素直に答えた。
だって、王宮には俺の憧れのオブシディアンがいる。
遠くから見た事ならあるが、きっと王宮に入ればもっと近くで見れるかもしれない。
もしかしたら、話しかけられるかもしれない。
そう考えれば、こんな二度とないチャンスをみすみす逃すなんてネフライトこそ大バカ者だ。
「ヒスイ、お前……」
「では行きましょう!」
物言いたげなネフライトを横目にエメラルドは、「さあさあ」と急かす。しかし、ネフライトの足は一向に進まない。
仕方ないので助け船を出すことにした。
「エメラルド様。ネフライトは、上からの命令にはしっかりしたがいますよ」
もちろん、エメラルド様への助け船だが。
それを聞くと彼女はニヤリと笑い
「私、教会では神子ですけど、王宮では姫です。そんな私の命令が聞けないんですの?」
「そうだーそうだー。お姫様の命令が聞けないなんて、不敬罪でさばかれちゃうんじゃないか?」
さっきの仕返しに追い討ちをかけると、苦々しい顔をしながら「わかりました」と了承した。
門番の二人も悔しそうな顔を浮かべてこちらを見ていたのでなんとも良い気分だ。
足取り軽く、俺は王宮へと入った。
いつも読んでいただきありがとうございます。
いよいよ次回王宮です。
エメラルドの猫がどこまで持つか心配です。
もう半分くらい剥がれてるけど




