63話:姫琉、邪魔
馬の蹄の音も、淡いランプの灯りももう……見えない。
自分の視線の先には、真っ暗な森が広がるだけだ。
──本当に…………置いていかれた。
泣いて、熱くなった顔にひんやりと夜風が触れる。
「ヒメル……そんなところにいては体が冷えてしまいますわ。今、温かい紅茶でも入れますから船であの方達の帰りを待ちましょう、ね?」
幽霊船で今のやりとりを見ていたオパールが優しい声で言った。
だけど、船に戻ることも、隊長を追いかけることも出来ずただ森を見つめた。
「私、そんなに邪魔だったかな……」
誰に向かって言うわけでもなく、小さく呟いた。
確かに、アルカナ抜きじゃ隊長やタンビュラ、双子みたいには戦えない。
それに、ウッドマンさんみたいに聖魔術も使えない。考えなしに動いて、迷惑をかけていた自覚も……多少は、ある。
──でも、あんな風に言わなくても良いじゃない。私だって一応心配してるんだぞ。
『お前は……邪魔だ』
隊長に言われた事を思い出すと同時に今までの事を思い出す。
──確かにエルフの国では助けてもらったよ? でも、最初に馬車が魔物に襲われてたのを助けてあげたの私じゃん!! それに精霊石が消えちゃう話も、精霊暴走で大精霊が眠る地が危ないって教えたのも私じゃん!!? ついでに船が早く着いたのも半分くらい私のおかげじゃん!!!! なのにあの態度!!!!! あの言い方ッ!!!!!!!!」
思い出せば思い出すほど、悔しかった気持ちが怒りへと変わっていき、途中から思っていたことを叫んでいた。それをやはり一部始終見ていたオパールが笑い出す。その笑い声を聞き、船へと振り返ると船縁からオパールが優しい眼差しを向けていた。
「フフ……やっぱりヒメルは思っている事が全部出てしまいますわね」
そう言いながら手招きをするので、渋々と船に戻る。
…………本当は隊長達を追いかけたい。
馬に追い付かなくても、ゲームの開始までに村につけばいい。
なんとなくの現在地さえ分かっていれば、目的地に着くことは雑作もない。
──だけど、行った所で私に何ができる?
結局アルカナがいないと戦えないなら、行かなくても変わらないんじゃないか。邪魔にしかならないのなら、行かない方がいいんじゃないか。そう考えるとまた気持ちがどんどんと沈んでいった。
「はい、お弁当ですわ」
「……え」
船に戻るや否やそう言って重箱くらいのサイズの包みを私に手渡してきた。
何が起こったか分からず、オパールとお弁当を交互に何度も見る。
「追いかけたいんでしょう? 顔に全部かいてありますわ」
「そんなに、顔に出てた……?」
「ええ、ヒメルは本当にわかりやすいですから、フフ……」
その言葉に思わず渡されたお弁当で鼻から下をすっかり隠した。
そんなに顔に出てたかと思うと恥ずかしくなった。
「でも」
「『私が行ってなにができるの?』 ですわね」
言おうとした事を見事に先に言われてしまった。
オパールは悪戯っぽく軽く舌を出して笑って見せた。
「表情、関係ないじゃん……」
「わたくしお兄様と離れ離れになった後、しばらくの間貴族として暮らしてましたの。その時に、人の粒さな動きで何を考えているのか大体わかる様になりましたの。貴族の人間達に比べたらヒメルの考えてる事なんて、目を見ただけでわかりますわ」
自信満々にそう答えた。
「そんなに分かってるなら、何でお弁当なんて渡すの」
顔を隠す事を諦めて、両手に抱えたお弁当に視線を落とした。
「ヒメルは気付いてないんですね。わたくしは、貴女はとても強い人だと思いますわ」
「それは、アルカナが……一緒に、戦ってくれたから」
力なくそう返すと、冷たい手が私の手に優しく触れた。
俯いていた視線を上げると、そこには目を細めて優しく微笑むオパールの顔があった。
「わたくしが貴女を殺そうとしたあの時、自分の命が危ないのにわたくしを消させないようボロボロになって立ち向かってきたヒメルをわたくしは覚えていますわ。
自分以外の誰かの為に頑張れる貴女が何も出来ないとは思いませんわ」
「でも、隊長は……邪魔だって」
拗ねた子供の様な言い方をしてしまった。
「そうですわよね、アレは、あの方は言い方が悪いんですわ。ヒメルは素直だから、そのままの言葉の意味で受け取ってしまうってわからないんですから」
「それって、どう言う意味……?」
「あれは、ヒメルを危ない目に遭わせない様にここに残れって事ですわ」
「ハハ……そんな訳ないって」
オパールの考えを聞き、思わず乾いた笑いが出る。
そんな事をあの隊長が考えるはずがない。アレは言葉通り考えなしに行動するし、アルカナなしじゃ戦えない私は邪魔だから来るなと言われたんだ。
しかし、そんな私の考えとは真逆の考えを話す。
「馬に乗れないうんぬんは本当だとして、アルカナさんを連れて行ったのはヒメルが付いてこれない様にする為ですわ、それに最後の捨て台詞」
『別にそれを今更どうこう言うつもりはねぇーよ。ただ、俺にもお前と同じように何を犠牲にしても守りたいものがある。それには……お前は邪魔だ』
最後に言われた言葉を思い出す。
「あれはつまり
『自分の最優先で守るものがあるとお前を守ってられないから、ここに置いていくぞ』
……って事ですわ」
隊長の口調を真似て言うが、そんな事を考える隊長が想像できない。
「それは……いくらなんでも、違くない?」
「そんな事ないですわ! わたくしこう言うの得意なんです!」
自信満々に言ってきた。
確かに私は人の考えてる事を察するのが得意ではない。その点、人の考えてる事をズバリ言い当てた彼女がそう言うなら、万が一にもそうなのかもと思ってしまった。
「私、追いかけても良いのかな……」
「ええ、追いかけて、ヒメルを邪魔呼ばわりした事を後悔させて差し上げてくださいな」
オパールの口元は笑っているけど、目が、笑ってない。ちょっとだけ、怖かった。
「でも、オパールがこんな風に送り出してくれるとは意外だった」
「本当は、行って欲しくないですわ。でも、追いかけずにあの方が死んでしまったらヒメルがすごく後悔するでしょう? そんなヒメルを見たくないだけですわ。それに後悔しない様に必死になれるのが“生きている”特権ですわ」
「言葉の、重みが違うわ……」
ゴーストである彼女にそう言われてしまったら、一度死んだ身とはいえ全力を尽くすほかない。だって、ここで待っていて隊長が死んでしまっても、街を守れなくても後悔する。だったら、何もできなくても、たとえ邪魔呼ばわりされても、隊長達を追いかけなくちゃ!!
「ありがとうオパール、おかげで元気が出たよ! 私、隊長達を追いかける!」
「よかったですわ、でもヒメル。ひとつだけ約束して欲しいんですの」
「約束……?」
突然しおらしくなったオパールが何かを言おうとしている。
話の流れ的には「無茶はしないでください」とか「生きて必ず帰ってきてください」とか言われる気がする。持ち直したとはいえ、そんな優しいお願いをされたらまた恥ずかしげもなく泣いてしまいそうだ。そう考えただけで、すでに泣いてしまいそうなほど、目がうるうるだ。
うっかり泣いてしまわない様に目に力を入れる。
オパールはその大きな瞳を潤ませながらこう告げた。
「死ぬ時は、必ず海で死んでくださいね!! 必ず、必ず迎えに行きますから!!」
力強くそう言うと瞳にためていた彼女の涙がポロポロと落ちていく。
彼女の涙の代わりに、私の涙は引っ込んでいった。
お弁当はヒメル、カルサイトで食べると思ってコック骸骨が一生懸命作りました!
お魚がメインの段が一段と、魚が苦手なカルサイトの為にお野菜メインの段が一段の計2段です。
残念ながらオパールの手料理ではありません。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回順調なら新キャラ登場です。




