57話:精霊の神子
セレナイト様視点でのお話です。
生まれつき、この瞳には精霊が見えた。
人々は私の事を“精霊の愛し子”と呼び、精霊を護る存在“精霊の神子”としての使命を受けた。
私が精霊の神子となり、はや百年……。
未だかつてない、異変に襲われていた。
“精霊の魔物化”
原因はわからない。
精霊が突如異形の姿となり獣の如く暴れ回る。
数十年前から突如見られる様になった、この現象がここ数年で徐々に数を増やしてきた。
通常、精霊に“死”という概念はない。
彼らは魔力によって生きている。自身の魔力が尽きれば、石へと姿を変えて眠りにつく。また、魔力で満ちれば活動を始める。
しかし、魔物へと姿を変えた精霊は、姿を得た代償として通常の生物と同じようになる。
死した精霊はこの世界から消えてしまう。
全ての元となる根源の精霊、光と闇の精霊が消え、地水火風の大精霊が眠りについたこの世界で新たに精霊が生まれることはない。
──精霊がこのまま消え続ければこの世界は滅びるだろう……。
「早急に解決せねば……」
焦る気持ちとは裏腹に、一向に原因が掴めずにいた。
少なくともここアールヴヘイムでは精霊の魔物化は起きてはいない。
原因を探るには人間達の国に行く必要がある。
しかし、私は精霊の神子として聖域から勝手に離れることはできない。
ウルズの泉……我々エルフが精霊の聖域と呼ぶここには、巨大な樹がある。
泉の奥に壁かと思うほど大きな樹は、精霊樹と呼ばれているその根の一部に過ぎないという。
この樹の先は、精霊のいる世界に繋がっているという話がエルフには伝わっている。
本当の事は、神子たる私にもわからない。
真実は二千年という長い歴史の中で、失われてしまったのだ。
エルフに伝わる話では、かつて大精霊が邪な人間から精霊を護る為に世界を二つに切り分けようとした。
しかし、それぞれの世界は一つではとても不安定で世界として維持できない。
そこで、全ての大精霊が力を合わせて精霊樹を造った。世界を切り分けるのではなく、隔てる為の“壁”として。
そして、この樹を生み出した事で大精霊は深い眠りについたと……。
精霊の神子として選ばれた者は、この境界である樹とこの地に残った精霊を護ることが使命だ。
その神子が、勝手にこの地を離れる事は許されない。
代わりの者が調べてはいるが、未だ原因はわからない。
一部の人間共が『精霊の魔力不足が問題だ』と見当違いとも言える事を言っているらしいが、魔力が足りなくなれば精霊は石となり眠りにつく。
検討外れも良いとこだ。
胸騒ぎがする。
これから大変なことが起きるのではないか……なんの確信もない。
しかし、今の状況は、まるで真綿で首を徐々に締められているような息苦しさを感じた。
そんな時だった。
精霊の森に人間が入り込んできたのだ。
そんな輩を排除するのは容易なことだったが、あえて傍観することにした。
この聖域は通常、人間が知り得ない場所だ。
何より、この森が精霊以外を拒む結界で守られている。
人間共が何をしにこんなところまで来たかはわからないし、知りたくもなかった。
今思えばあまりに自分が愚かだったと思う。
気がつけば、人間共は迷う事なく森を抜けこの聖域に踏み込んできたのだ。
自ら精霊を造り出すと言う、あまりに傲慢な行いをした人間を信じたくはなかった。
だが、共に来た商人を名乗る人間によればその傲慢な人間は占い師なのだと。
にわかに信じがたいが、もはやそう呼ぶものも少ない私の名を占い師は口にしたのだ。
──信じるかどうかは、賭けだ。
その占い師によればこのままいけば、精霊が大量に魔物へと変貌し、人間によって私は殺され、この聖域を破壊されるらしい……。
その未来を変えるために占い師は、共に旅に出て欲しいと抜かす。
自分の命が惜しいわけではない。
私の命で精霊達が救われるのであれば、喜んで捧げよう。
精霊の神子として、彼ら精霊が無事であること以外に望むことなどないのだから。
「占い師よ。私が、旅に出て精霊は救われるのか?」
思わずそんな事を尋ねた。
この時、もし『救われる』などと嘘でも言っていたならここにいた人間共を全て殺していただろう。
占い師は一瞬何かを言いかけて口を閉ざした。
解決策も原因も何もわからない。
それは私も同じだった……。
ただひとつ違うとすれば、人間共は行動し、私はここでただ待っているだけだ。
精霊の神子である私が勝手にここを離れるわけにはいかない。
だが……。
だが、万が一。人間によって拐われたのであればその限りではないのではないだろうか。考えなければいいのに、そんな言い訳がましい事を考えてしまったのだ。
気がつけば「共に行く」と口から出ていた。
私の人生で最大の過ちだった。
旅をするための船がまさか“幽霊船”だなんて誰が思うだろうか。
「大丈夫です! この前、セレナイト様をお迎えしても良いように骸骨達と掃除もバッチリしたんで! 中にはフジツボ一つ付いてないですよ!!」
キラキラとした目で占い師がこちらを見て手を引く。
──誰がそんな衛生面を気にしているか!!
叫びたい気持ちをグッと堪えて気がつけばボートに乗せられていた。
アンデットが揚々とボートを漕いでいく。
横でニコニコと笑っている占い師もおかしいが、誰一人この状況に疑問を持たない事に不安を隠せなかった。
いつも読んでくださりありがとうございます!
このお話もあと3話ほどで一旦一区切りつきます(予定)
毎日更新すれば、年内でいけるはず……。
24.5.1誤字修正




