56話:姫琉と願い
──隊長はずるいな。
セレナイト様と話している事もそうだが、『望みはなんだ』と聞かれて『精霊のためになる事』なんて言われたらセレナイト様は断れる訳がない。だって、彼女は“精霊の神子”なのだから……。
その一言を聞くと、セレナイト様は踵を返し島の中央へとゆっくり歩いていく。
彼女が右手をかざすと、どこからともなく石でできた椅子が一脚現れた。
背もたれが高く、膝掛けが付いている。『玉座』そう呼ぶに相応しい。彼女はそこに項垂れるように腰をかけると小さくため息をついた。
「精霊のため……とは、具体的ではないな。貴様らは一体私に何を求めている」
「だったら、精霊の魔物化を止めて欲しい……と言いたいところだがそれはできないんだろ」
交渉がうまくいったと判断したのか、隊長の口調がいつもの通りになっている。
その事には何も言わず、セレナイト様は無言で頷いた。しかし、私は意味がわからず僅かばかり首を傾げる。
「精霊の魔物化なんて、止められるなら俺たちが頼まなくてもとっくに止めてるだろう? 精霊の神子様なんだ。精霊が危ない目にあってて、それを放置する訳ないだろ?」
「あっ、そうか」
言われて初めて気づき納得の声をあげた。
普段は人間の見えない精霊も魔物化したら見えるし、倒されてしまう。そんな精霊が傷つくような事をそのままにするハズがない。
それでも彼女が今なんの行動もせず、この場に留まっているのは、それを解決する術を持っていないからなのだろう。
「その通りだ。今のところ精霊が魔物へ変異してしまう原因がわからない。止めるどころか治すことさえ、私には……できないのだ」
話すセレナイト様は、綺麗な顔を僅かに歪めて悲しそうな表情をした。
彼女は精霊の為だけに生きている。
その精霊を救うことができない、それは彼女の心をひどく傷つけているのだろう。
彼女のその生き方が私には美しく見えた。羨ましいくらいに……。そのせいで彼女は主人公、いや……人間と真っ向から敵対して最後は……。
ゲームの最終決戦を思い出す。
魔物に変貌を遂げた彼女が、それでも精霊を守るためにこの聖域で主人公を待つ姿。
ココには精霊の世界と人間の世界をつなぐ樹、精霊樹がある。
樹……と言ってもそれは根の部分しかなく幹は存在しない。それはあまりに巨大で、幹と見間違うほどだった。今も彼女が座る後ろに見える葉に覆われた木の壁に見えるものがそうだ。
あの樹がなくなれば、精霊は存在できなくなる。
最終決戦でセレナイト様を倒した主人公は、あの樹を光の剣によって滅してしまう、人が人の力だけで生きていくために。
「して、それがわかっていて貴様らは私に何を望むのだ」
セレナイト様の声で現実に引き戻される。
隊長をチラリと見ると、顎を動かして『なんか言え』と言わんばかりに催促してきた。
私が彼女に望むことはただ一つ。
彼女自身に幸せになって欲しいだけ。
人間も精霊も世界だって関係ない。
ただ、好きになった彼女に幸せになって欲しい……それだけなのだから。
けれど、今の彼女の望みはきっと精霊を護る事。
自分の命より、自分の神子としての使命を優先する。
──セレナイト様はそういうキャラだ。
姿勢を正し、目の前に座る彼女を真っ直ぐ見据える。
彼女の瞳がこちらをまっすぐ見返した。
「私は、精霊も人間のエルフもみんなが幸せに暮らせる世界を見てみたい。その為に貴女の力を貸して下さい」
それはエレメンタルオブファンタジーにはなかった結末。
でも、自分の願いと彼女の願いをどちらも叶えるときっとこんなエンディングだ。
それにアルカナ。横に立つカルサイト、そして後ろにいた皆を順に見る。
最初は、アルカナとセレナイト様以外はどうでもいいと思っていたが、今は少しだけ違うように思える様になった。
一緒にご飯を食べたり、買い物をしたり、下らない事を話したり、戦ったり、時々うっとおしかったり、憎まれ口叩きながら助けてくれたり。友達……とは言えないが、きっと仲間ではあると勝手に思っている。
もちろん、一番大切なのはセレナイト様なのは変わらない。でも、この世界で生きる皆を切り捨てる事もできない。
「先程から貴様は、まるで子供が読む夢物語のようなことを言うな」
「私にとってはこの世界自体が夢のようなものです」
そう言うとにっこりと笑ってみせた。
「私が見たこの世界の未来は、私にとってはまるで悪夢でした。だから、その未来を変えるために」
自分の気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をする。
「セレナイト様、私と一緒に精霊を救う旅に出ましょう」
自分の中で一番の笑顔を作る。その提案に驚いたセレナイト様が目を見開いた。
『自分が不利な時ほど、余裕ぶって笑顔で笑っていなさい』
親友の言葉が蘇る。笑顔を崩さず、セレナイト様の反応を伺う。
「何を言うかと思えば、世迷言を……」
「そんなことありません。だってここにいても、なんの解決にもならないですよ?」
「……なら、貴様には解決方法があるのか」
「ありませんよ?」
「ならば」
「解決方法はなくても、ここで何もせずにいたら貴女は必ず人間によって殺されます」
本当のことを答えるべきか一瞬迷ったが、ハッキリと言った。
ここで嘘や誤魔化す事はできないと私の中の何かが囁くのだ。
その言葉にセレナイト様は驚く訳でもなく、静かに目を閉じて一言「そうか」と呟いた。
「あの商人も言ったな、私が倒され聖域を壊されると……そうなれば、精霊たちはどうなる? 占い師」
その言葉に何も言わずに、ただ静かに首を横に振った。
ゲームでは、精霊樹を消した後はムービーで紹介されていた。魔物とともに精霊たちが光に包まれて消えていった。それが精霊が死んだのかどうかはわからない。
──あれ、そういえばあのムービーで……。
「占い師よ。私が、旅に出て精霊は救われるのか?」
「それは……」言葉に詰まる。いや、答えられなかったと言った方が正確だ。私が目指すのはゲームにはなかった結末。ゲームのように解決方法が準備されている訳じゃない。解決方法なんて、もしかしたらないかもしれないのだから。
しばらくの沈黙の後、セレナイト様が椅子から静かに立ち上がった。彼女が再び手を振ると椅子は瞬く間に消えてしまった。
「占い師など、やはりあてにはならぬな。精霊の事を人間には任せられない」
やっぱりダメだった……そう肩を落とす。
「だから私が共に行き確かめてやろう」
「えっ! それって!!?」
思いがけない言葉に目を丸くした。
「今、『共に行く』って言ったよね!! き、聞き間違いじゃないよね!?」
思わず近くにいた隊長の袖を引っ張った。
隊長は少し呆れた表情で「ああ……」とそれだけ言った。
「何をしている、時間がないのであろう? 早く案内せよ」
◆◇◆◇◆◇
私とアルカナを先頭に来た道を戻る。
まだ日は出ておらず、アルカナの淡い光だけを頼りに巨大な森を抜けていく。
「あの聖域も、この森も、本来は人が入れないように結界が張ってあるのだがな。そこの精霊のおかげでここまで来れたのか……」アルカナを見てセレナイト様がつぶやく。
その言葉にアルカナが可愛らしく首を傾げた。
「よくわからないけど、みんなの役に立てたならよかった♪」
アルカナも私もルンルン気分で森を歩き、気がつけば最初の入江についていた。
歩くスピードが速すぎたのか、一番後ろでウッドマンさんがキン兄にずるずると引きずられていたのが目に入る。
夜明けにはまだ時間があるらしく、入り江は暗かった。ボートで待っていた骸骨が持つランプの灯だけが煌々と光っていた。待っている間あまりに暇だったのか、骸骨はボートの上から釣竿をたらしていた。
「待て、なぜアンデットがこんな所にいるのだ!」
骸骨をみたセレナイト様が声を上げ、顔がみるみる青くなる。
「そういえば、言ってませんでした。私たちの船、幽霊船なんです」
「な……ん、だと!?」
驚きを隠せない彼女は、顔に手を当ててよろめいた。
更新が空いてしまい申し訳ありません。
更新がない間も読んでくださった方がいてとても嬉しいです。ついに姫琉の念願だったセレナイト様との旅がはじまりますよ!
24.4.30加筆修正




