第1章 第56話 序章 何になりたいか、その問を超えるべく
寒い、寒い寒い。
氷とは違う別の冷たさ。悪寒が止まらない。
「ふむ、正体を当てるとは見事だね美穂ちゃん」
薄く彼女は笑いそう告げる。
「でもどうしたんだい? さっきまでの威勢は」
目は彼女を睨みつけているとは言え、足は小刻みに震え、身体中から冷や汗が出る。まるで人間と違う、底知れぬ怪物と合間見えている。
それにあの目、睨みつけているとは言え何を考えているかわからない、あの目に一瞬でも睨まれたら死にそうだ。今にでもここから逃げ出したい。
これが王の名を冠する者、私とまるで次元が違う。
「ふふ、それでなんだっけ? 私を倒すだっけ?」
「っ!」
震える足を抑えて、馬鹿正直に突っ込む。──そう馬鹿正直に。
「なんだいその攻撃は? まるで子鹿が圧倒的強者である獅子に無鉄砲に挑んでいるみたいじゃないか」
「うっさい! 『炎塊』」
「怖さを紛らわす為に叫ぶ、はぁ、やれやれ『なってないな君』」
水牢と一瞬で炎の塊を消す。
君にはこれで十分だ、と水の分身を20体程出す。
「まだまだ君は私に挑むのには早い────っとそれはルール違反だぜ」
10体程だけ倒し彼女に続く道を作る。今私にある感情はどうとも言えない怒り、私を揶揄した彼女に対する怒りだ。
(おいおい、それはお門違いってやつじゃねーのか? 美穂)
(なにこんな時に!?)
炎王が心の中で語る。
(おめーのその怒りが場違いって言ってんだ、さっさと気づけこの馬鹿)
うっさい! と心の中で叫ぶ、分かっているそんな事は。
(いーや分かってない、だから怒ってんだろ)
そして彼に──だから子供なんだよ。と言われた。
「っ!!!」
下唇を噛む、何がいけないんだ、何が悪いんだ。
「おいおい、ルール違反に続いて次は無視かい? んーいやその状態を見ると彼に何か言われたね?」
「⋯⋯あんたには関係ないでしょ」
「そうだね、関係ないっちゃ関係ないね、なら独り言を言わさせてもらうよ、大方彼に『まだ餓鬼だ』みたいな事を言われたんだろね?」
「っ! 関係ないでしょ!!」
「ああ、関係ない、だから独り言を言った迄だよ」
それに前ばかり見てると危ないよ、とそれもまた独り言のように呟いていた。
後ろを見ると残りの10体の内半分が追いかけてきて、半分が魔法を唱えている。
──まずい!
「遅いね反応が、冷静だった頃と全然違う」
取り押さえられる、両手両足、そして胴を動かすのを封じられた。
だからどうした、そんな事で止まるのか?
「邪魔すんじゃねぇぇ!!!」
「『炎爆』」
辺り一面を爆発させる。
体が軽くなった、どうやら蒸発したみたいだ。
それにこの無差別な爆発、水王もただでは済まないはず。
「驚いたね、こんな技を持っているとは、いやそこには驚かないな、なんて言うかびっくり箱を開けてびっくりしたって感じかな、うんそんな感じだね」
全く、一つの傷すら付いていない。
それにと彼女は私を指さす。
────それは悪手だよ。
「っ!」
背中にまた重みが来る。
なんで、さっき蒸発させたはずなのに。
「ああ、そうともしたともさ、でもちょっと細工を加えといたって訳だよ、例えば『蒸発されても直ぐに元通りになるとかね』」
なっ⋯⋯。
唖然としているなか、後ろから詠唱が聞こえる。
それも途中から、更に言うなればもう終盤。
「君には失望したよ、まあ冥土の土産に一つ小噺を、君は私の真名を明かした、私達みたいな強力な死霊は死んで尚意識を持つ者も入ればとてつもなく凶暴になる者もいる、そういう奴はそのままでは主の言うことは聞かない、ならどうするか分かるかい?」
「⋯⋯新しい名をあげる」
「正解だ、新たな名を作ってそれで縛る、そうして無理やり言うことを聞かせるんだ、然し、名で縛るという事は名で解くという事も出来る、これがどういうことか分かるかい?」
「⋯⋯⋯⋯」
「分からないっぽいね、まあ簡単に言うなら『普通の人間に戻った』とでも言っておこう」
「?!」
「ふふ、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔だね、名というもので縛るのは非常に代償も大きい、それが生前英雄など呼ばれていた者であればある程、だって名前の上乗りをするってことだからね、これが非常に厄介で、私達が名を捨てたという事になるんだよ、それは英雄を捨てると同じ行為、つまりそのペナルティーが来るってわけさ、一度死ねば二度と生き返れないそういう罰がね」
長々と説明されたが要するに、名を捨てたペナルティーで一度死ねば二度と生き返れなくなったって訳だ。
まあそんな事今はどうでもいい。──もう負けるのだから。
「さて、美穂ちゃん、言い残したことは無いかい?」
「⋯⋯私って子供っぽい?」
「うん、まだまだ餓鬼だよ」
「そう」
素っ気なく返事をする。
子供っぽいって何なの、大人って何なの? 自問自答をしてみる。
なら私は大人になりたかったのか? ──それは違う。
なら私は何になりたかったんだ? 大人でも子供でも無い何に、私って何なの?
解けるはずの無い問題に悩む、自分が何になりたかったのか、子供っぽいって言われるから大人になりたかったのか、なんでも無いはずの悩みが私の目の前にとてつもなく大きな要塞のように立ちはだかる。
戦いも何もかもどうでもいい、もうなんにでもなれ。
(何やってんだか、変われや)
「『加具土命』」
10体の分身は跡形もなく消え、二度と姿を表さなかった。
「ふむ、君が出てくるとはね」
「めんどくせぇ、おめーと対戦するのだけは嫌だったんだよくそったれ」
「ならなんで出てきたんだい?」
「まだあいつに教えてねえ事がいっぱいあるんだよ、それに」
────まだあいつは死ぬ器じゃねぇ。と笑いながら炎王は言った。
(なんで、なんでよ)
(何がだ?)
(なんで出てきたのよ)
(そりゃ助ける為だろ)
(そんなの都合のいい解釈なだけだよ、私は私は⋯⋯)
「っせーな! なりてぇ自分くらいぱっぱと見つけろや!!」
空気が振動するくらい大きな声で彼は怒った。
(愚痴愚痴言ってんな! お前がなりたいのはなんだ! あぁ? 子供大人とかそんなんで悩みやがって、なんで気づかねえんだよ、そんな事どうでもいいって!)
私がなりたいもの、大人でも子供でも無い。
私が────分かった。
(おう、なんだ言ってみろや)
(無いわそんなの)
私は意識の中で彼の服の襟を引っ張って光の射す方へ向かう。
「私は私だけ、だからなりたいとかそんなのどうでもいい、『私らしさ』を求めればそれだけでいい」
炎王も、水王も、志龍もプレアもハルもみんな持ち合わせている「自分らしさ」、そうだ、それだけで良かったんだ、何も悩む必要なんてない、そこに立っていることに気がついていなかっただけなんだ。
何ともまあ子供だな、鼻で自分を笑ってしまった。
そうして私は大きく息を吸う。意識の目の前では炎王が水王と戦っている。私はそこに割り込む様に一歩踏み出す。
「邪魔すんじゃねぇぇ!!!」
笑顔でそう大声を上げてやった。
水王は驚いた顔攻撃を止めた。
「なによその『鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔』をして」
「おっとこりゃ一本取られたね」
そう笑う、然しその目はちょっと前の余裕があった目とは何かが違う。
「いや然し、私はそんなバトル少年漫画みたいな展開になるとは思ってもいなかったんだけどね」
「え? は?」
「ほら『熱い友情、熱い努力、挫折からの成長』お約束だろ?」
ま、まあ⋯⋯と答えるが私、バトル系少年漫画なんて見てないから余りよく分からない。
「それでね、私の座右の銘が『温い友情、冷めた努力、天才の成功談』これの意味が分かるかい?」
ニコニコと笑いながら殺意を向けてくるので私もニコニコ笑って返す。
「私みたいな成長は嫌いだと」
「そう、だからもう容赦しないよ」
水龍を出てきた。
意識の中から炎王が肩を掴む。
(こっちからサポートしてやる、実力差考えてもそれくらい良いだろ)
(やだ、煙草臭いから触らないで)
(思春期の娘!)
(まあでも殆ど要らないと思うわよ)
(え?)
「『水龍の激流 鉛の水加工』」
魔法の質も威力も先程迄の魔法とは桁が違う。
(魔力を回す、威力を底上げした加具土命で防げ)
「我が神なる炎よ、日の本で命を燃やせ『加具土命』」
(ん? 待て! 水王のやつ鉛の水で加工してやがる! やばいぞこのままだと負けるぞ)
安心しな、んな事だと思ってこっちも細工してあるよ。
(え?)
「え?」
威力まけしていない事に2人の王が驚く。
「どうしたんだい2人とも、鳩が豆鉄砲────いや王様が部下に裏切られたような顔をして」
「なんで対等に?」
「最初私はどうやって貴方のそれを封じた?」
「⋯⋯まさか!」
「そう、そのまさか、溶岩にでもしたのよ、それも私特性の」
(何か性格変わってねーか美穂、いやそれ以上になんていう成長スピードだ、そんな事まだ教えてないはずなのに)
私は続けざまに自分に加具土命を打つ、魔力が回復し私は次の魔法に移る。
「さあおいでやす、死の道、妖怪が踊る町へ、狐火と共に案内しましょ『黄泉の街道』」
フィールドが青白い火に包まれる。
「あ、熱くない、それに燃えていない⋯⋯が前が見えないな」
段々と視界が晴れてくるだろう、そして驚くだろ。
「っ! な、なに!」
(なんだよこれは知らねーぞ⋯⋯)
これは夢の中でも炎王に気づかれないように最近寝ながら寝る間を惜しんで作り上げた技。
「魔術による心象風景の具現化、それに狐火を合わせた技、志龍の為に取っておいた技なんだけどなー」
っと私が語っている時に水王が水で私を貫く。
「いつからそんなせっかちになったんだい?」
いつの間にか水王の目の前にいた私は後ろに居る。
もう一度彼女は攻撃をする、貫いた筈なのに煙と共に違う場所に私が出てくる。
「無駄無駄、この世界で私を幾ら殺そうとも殺せんよ」
私は薄く笑う。
「さあ! 行きましょか三途の川へ!」
そう言うと彼女の体は一本道へと歩き出した。
「な、何でや! 体の自由が聞かん」
「当たり前よ、これは私が作った世界、つまり私に自由があるのよ、貴方の体の自由を奪うくらい容易い事よ」
(うっわ素で恐ろし)
なんか言った? と聞くと黙った。
その間もずっと彼女の体は止まらず動き続けている。
何か悟って彼女は抵抗するのを止めて私に話しかけてきた。
「なあ、なんでこんな技持ってて最初に使わんかったん?」
「ん? そんなの決まってるでしょ、全然使いこなせてなかったのよ567分の2よ今の所」
彼女は目を丸くして私を見たあと今までのぶっきらぼうな笑い方と違う、思いっきり面白いことに対して子供のように笑っていた。
「あーあおかし、バトル系少年漫画みたいやんけ」
そうなのか? 私にはイマイチ分からなかった。
「こんな運を味方に付けるなんてそれしかないやろ『運も実力のうち』とはよく言ったものよ」
一頻り笑って彼女はまさか負けるとは思ってなかったよと言っていた。
「ねえ水王、手を抜いていた?」
「⋯⋯どうして?」
「いやだって仮にも王の名を冠してたもの、そんなすんなり負けるのかなって⋯⋯」
「おいおい敗者に揚げ足を取るきかい?」
「いや別にそういう訳じゃ⋯⋯」
「それに美穂ちゃん、君にはそれは重要じゃない、もっと君が考えるべきなのは『君がこの勝負で何が手に入ったなのかだよ』」
もっと考えなよ、君が今回手にしたのは大きいもののはずだぜ。
────全く私はこの人には勝てないと悟った。
勝負で勝っても器で負けている。
彼女が王である理由が少しわかった気がする。
「その顔は大事だよ、君は今一番いい顔をしてるよ」
そう彼女はニッコリと笑ってくれた。
目の前には青色の業火が広がる。そろそろお別れの時間だ。
「流石にこの中に入ったら一溜りもないね⋯⋯」
「⋯⋯ありがと」
「別に敵なんだ、礼を言われる筋合いは無いよ」
それでも、私は大切なものを彼女から学んだ。
あ、最後に二つ、と彼女は笑って言う────
「炎王、生前に言っておくべきだったな『好きだったぜ』」
「私、バトル系少年漫画好きなんだぜ」
そう言って業火の中に入っていった。
全く最後まで食えない人だ。
私はそう笑った。
「──っ!」
フラフラして立ちくらむ、どうやら魔力欠乏してしまったようだ。
まあ勝負は勝ったし別に────ちょっと位なら倒れても大丈夫だろ。
(あいつも甘いなアープ・ケルトミア、あの程度の心象風景なら余裕で看破出来ただろうに⋯⋯全く生きてる時からよく分からねえ奴だよほんとに、はーあ初恋の相手ともう一度相見えるって結構きついんだな)
──全く、意識が途絶える前にいい話が聞けた、今度ネタにしよ。




