第1章 第55話 序章 異色混合、決して相とはなれども決して対にはならないもの
火は水に勝てない。
そう聞かされた時から私は水というものに嫌悪感を抱くようになった。
自我というか自尊心というか、何かに負けるのがものすごく嫌だった。
「それは今も変わらないか」
志龍に負けた時だって、悔しかった。
決して適わない相手だと分かっていた、それでも負けるのは嫌だった。
誰よりも強くなりたい。自分のプライドがそう叫ぶ。
四王、私はこいつに出会えてよかったと心の底から思っている。
イヴが立っている、よく見ると何処か私に似ている。
でも似ていない、似て非になる者という言葉がお似合いだ。
「初めましてイヴ、早速だけど」
私は弓を引く。
「死んで」
弓を離し矢を放つ。
「火よ矢と共に敵を穿て『敵穿つ紅蓮の矢 (エド・ラグロス)』」
周りの建物はその熱で溶け、地は焼き焦がれ枯れた荒野を作り上げる。
彼女にその矢が向かう、避けるという選択肢はまるで無い、手を前に出す。
「水牢」
水が矢を閉じ込める、燃え盛る炎は逃れようと水に抵抗する、然しそれも虚しく矢は消し炭となった。
彼女はそれを見て、それから目線を私に向け炭の矢を指さした。
「これが未来の私の姿とでも言いたいの?」
彼女は嘲笑うかのように少し鼻を鳴らした。
「消し炭にしてあげるわ!」
────美穂対四王 魔術師イヴ────
火は水によって消される、それは誰でもわかる話だ。然しそれは逆も然り、水は火によって消される。相対的な場所にある真理、だが少しだけ向こうの方が有利な方向に傾いている。
イヴは両手から水を編み出しそれで龍を作り上げる。
「水龍よ彼の者に裁きの鉄槌を 『水龍 激流一波』」
龍の口から放出した激流は腹を突き破り、この辺一体に風穴を開けるのなんて容易いものだった。
「だからどうだってのよ」
矢を1本取り出す、
「『業火の矢』」
業火の矢が激流を包み込む、水は蒸発していく、そのまま水龍をも飲み込み跡形もなく消し去った。今の一撃でも分かる、以前より格段に強くなっている、自分自身が。真っ直ぐ見据える、顎は引き空気を張り詰める、だが目だけは慢心を持つ。
「私を倒したいんでしょ?」
眉が動く、高圧的な一言に彼女は苛立ちを見せた。
それを見て尚も私は続ける。
「まさかその程度で倒せると思っていないわよね、私を倒したかったら、『水を操り、水を従えた水王でも連れてきなよ』」
私の一言は彼女が持つ自我に亀裂を入れた。
「図に乗らないでくださって凡俗が」
彼女が喋った。
「へぇ喋れるんだ」
「私をあの筋肉ゴリラ共と同意に扱わないでもらえるかしら、おぞましいったらありゃしない」
「最近のゴリラはよく喋るなー」
「ゴリラじゃなくってよ!!」
「よく吠えるわね負け猫の遠吠えってやつかしら」
「猫じゃなくって犬ですってよ!」
「おもしろー」
まあこんな下らないやり取りをしても拉致はあかないしイヴも倒せない。
「さて、そうとは言ってもはっきりさせておきたいことがあるの」
「何?」
「私と貴方は存在そのものが相反するもの」
「⋯⋯」
つまり私はこのイヴと言う少女と点対称でも線対称でもない、相対対象と捉えることにした。
簡略的に言うなれば生きているものと死んでいるものと言う違いと言えば至極わかりやすいだろ。お互いがお互いとし、でも存在自体は違うもの。
「本物とか偽物とかでは表せない」
「存在そのものが表と裏にある」
「それが私達、宛ら感覚としては生き別れた姉妹に似たものだわ」
「ええ、私もそう思うってよ」
ならと、一つタイミングを置く。
その間にすべき事の確認とそれに対する覚悟を決める。
すべき事、それはイヴを倒す。然しそこに生き別れた姉妹と言う感情表現の比喩を使ってしまっている、つまり私の心の中に少なからず「抵抗」と言う2文字が巣食っている。
「⋯⋯」
目を閉じ、ならば──と私は考える、心を完全に巣食われる前に倒す────これならばと私は案を自分の心の中で承諾する。
私の一呼吸に時間を割いてくれたところ、人間として中々にフェアと言う言葉を常時重宝している人だと思った。
「遺書は考えたの?」
「ええ、とっくの昔に、そうね46億年前に考えてあったわ」
「まだ地球が出来て間もない頃にはもう作り上げていた?!」
──冗談よと一言 揶揄して私は弓矢を取り出す。
「あら、もう始めるの?」
「ええ、始めるわ」
さあこれから始まるのは魑魅魍魎、百鬼夜行も驚き道を開け、その不格好なダンスを手を叩き笑い酒を飲みながら談笑するだろう。そうだな名付けるならば「同族嫌悪」────いや「異族嫌悪」と言った方が響きはいいだろう。
「早期決戦でいかせてもらうわ」
「そのつもりですわ」
決して拳を交わす訳では無いが片方は火の矢を放ち、片方は激流を放つ。
五分と五分でどちらが強いという訳では無い攻撃は火の矢を消火し水を蒸発させた。
それにより高温の蒸しサウナと言うフィールドが作り出された。
辺りは霧で視界が遮断された。視覚と言う戦いの中で最も大切な感覚を失うのは状況としてはかなり悪い。
そんな状態で動けるはずもなく私はそこに佇んでいた。然しそれは向こうも然り、有利不利とかにはならずこれもこれで五分と言った所だ。
然し見えないときたか。
「────」
まあだからといって別に見えなくとも気配は察知できる。────嫌いなものを事前に察知する見たく。
「そこね、『火の矢 (ヒドリ)』」
一直線にイヴの心臓をめがけて空を切る。
「『水壁』」
ジュッと言う音が聞こえた、恐らく攻撃は失敗したのだろう。
そして私が現在いる場所はバレただろう、なら次にしてくる行動は明白だ。
「『水鉄砲』」
攻撃、それ以外ない。
「『炎壁』」
ジュゥゥ、ジュゥゥとファミレスのハンバーグの鉄板に水を落としたような音がする。
然し何故だ、勘と言ってしまえばそこまでなのだが嫌な予感がする────
「っ!」
私の勘は正しかった。1粒の水が火に風穴を開けた。
身構えていたとは言え、その反応は咄嗟の判断に等しい、致命傷や響くような怪我はしなかったもののかなり酷いかすり傷をおおった。
「『ヒーリング』」
傷を回復させる。
「『鉛の水』私が作り上げた特殊な水、超高密度に仕上げ鉛にも等しい重さを持った水」
彼女は語る。
「厚さ1ミリの炎の壁に音速程度の速度で玉ねぎを放っても殆ど焼けない、それと同じ理論。でも水は炎の干渉を受けやすい、だから密度を高くしてコーティングするイメージ、そしてそれを音速とまではいきませんがそれなりに速い速度で放てばその程度の壁 諸共しませんわ」
成程、敵ながら天晴とはこの事、私は豪快に笑いながら拍手を送りたい気分だ。
だがこの技には弱点がある、それを彼女は易々と見せつけた。
「この技、私の予想が正しかったら連発出来ない」
彼女は黙り込む、イエスともノーとも言わず、次の証明を待っているように。
聞かれずとも最速をされている気分になった。
「密度が高いということはそれに伴って物質の質量、重さが加わる、野球選手が砲丸を130km/hで投げればそれだけ負荷がかかるように貴方もそれは例外じゃないでしょ?」
ふん、正解よと鼻を鳴らして少し不満げに言う。
「でも、だからといって根本的な問題の解決にはなってないわよ」
「これだからゆとりは⋯⋯」
「私を老人からしてみたら負の遺産でしかない呼び方をするな!」
とまあそんな会話をしているうちに傷は回復した。
彼女はそれを待っていたかのように回復してから次の攻撃に入った、私は「こいつ本当は良い奴なんじゃないのか敵」に彼女を入れることにした。
「『水鉄砲』」
また来た、火の壁を作る。
「はっ! 何度やっても無駄なのですよ! 『鉛の水』次は外さないように心臓を狙いなさい!」
──かかった。
「言ってはなかったけどこれからする技は鉛程度じゃ手も足も水も出ないわよ」
地面を高温で焼く。
なにかに気づいたイヴはまさか⋯⋯と言葉を漏らす。
「新作防御魔法『溶岩の要塞 (マグマプリズン)』」
鉛の水を飲み込みそのまま封じ込めた。
「考えたわね⋯⋯」
悔しそうに言葉を漏らす。
「火に質量が皆無なのならば質量のある火を作り上げればいい」
実に簡単な話だ、豪炎で地面を焼き溶かしマグマを作る、マグマはとてつもなく重たいもの、それを分厚く固めれば幾ら鉛で作り上げた水出会っても通さない。
「シンプルこそが最大の魔法よおばさん」
「若造にそれを言われるとは思ってもいなくってよ」
「てかさーそろそろそのキャラ止めたら? 異常なまでの棒読みそろそろ飽きたよ」
「なんと、そう言われてしまったら仕方が無い────それならこの喋り方でいくよ」
さっきとは違った深い深い海の底のような何も見えない冷たい声が、凄惨に笑う口元と沈み込むような冷たさを持った目が恐ろしく彼女という「本当の存在」を物語っていた。
────少し前に炎王との修行中にふと疑問に思ったことがあった。
「ねぇ、私って火を吸収すれば魔力も回復するっていうか増えるのよね?」
「ん?ああそうだが」
「ならあんたが言う奥義とかも私自身が『加具土命』とかをくらったりして魔力量を底上げしたら使えるんじゃない?」
「止めておけ」
彼はいつになく真剣な表情をしていた。
思わず気圧されてしまった。
「魔力量ってのは平たく言えばUSBメモリとかと同じ感覚だ、最大値がある、無論今それの底上げをしようとしているが今現在の最大値はそれに到達していない」
でも、なら可笑しい事がある。
魔力を使っていない状況、それに自分が今出せる最大級の魔法より上の魔法を出す時が何回かあった、それは可笑しい事なんじゃないかと問い詰めると炎王はいい所に気がついたと頭を撫で用としたからその手を振り払った。
「魔力ってのは元から最大容量入っているって訳ではねぇ、5割程度しか元は持っていない、お前自分の魔力総量っての見たことあるか、ほらあの天体になぞられるやつ」
「見たことあるけど?」
「それが最大で実際の保有量はそれを半分に割った程度って思っておいた方がいいぜ」
え? そんな程度なの?
「ああ、何でも最初に最大容量かつかつに持っていたらパンクするだろ、それと同じだ、それにパンクすることだって起きる」
そんな現象あるの? と私は怪訝な顔で質問する。
「あるぜ、魔力枯渇の反対で魔力飽食、さてここで問題だ、魔力飽食、これの最大の特徴はなんだ?」
──魔力が多すぎる、つまり容量に対して魔力が余る形になる、それならば。
「暴発する?」
「正解だ、魔力暴走、まあ堅苦しい名が付いているが詰まるところ感覚的には二日酔いに似た感覚がする」
経験してるから分かると付け加え、そのあまりの酷さ、惨劇を思い出のように語る。
「ぶっちゃけ、もう二度とあんな思いしたくないと思ったぜ、だって二日酔いの酔いが二乗したような感覚に襲われる、地獄も地獄、酔いどれ地獄よ」
聞いているだけで不愉快になる、成程、それは触らぬ神に祟りなしだなと納得する。
ぶっちゃけ二日酔いなんてなりたくない、絶対立てなくなるし。
「まあ、今のお前なら加具土命20発は受けられるな、だがそれ以上は駄目だ、勝負中なら尚更だ、分かったか」
「はーい」
「小学生かよ返事の仕方」
うるせえと言いたかったがぐっと我慢した。
そして私はふと疑問に思う。
いつもならこんな面白い勝負などあれば尽く顔を突っ込んでくる彼が1度も顔を出さないのが、酷く変に思った。
(ねぇ、炎王出てきなさいよ)
(⋯⋯どうしてもか?)
(まあ)
(苦手なんだよなーあいつ)
(え? 知り合い?)
(ま、まぁ⋯⋯)
それはいつになく弱々しい返事だった。
(まあ出てきたくないならいいけど)
(ちょっとだけ顔を出させてくれ)
そう言って私の体に少しだけ意識が彼のものが加わる。
そして喋る主導権は彼に委ねられた。
「よ、よう今はイヴって言うんだっけ」
んん? その声はと目を見開く。
「シンの坊主じゃねーか! 久しぶりだな」
炎王をシンの坊主呼ばわりした。
「はぁ、だから嫌いなんだよお前は」
「はは、そんな事昔から分かっていたことじゃないか、何を今更ぶり返すような事を言うんだ? それこそ相手に失礼だし嫌われると思うぜ」
「先に言っておく、決して俺が嫌われていた訳ではなくお前が嫌われてたんだ」
「ふむ、間違いだね」
「なんだ? 逆とでも言いたいのか?」
「いや両者共に嫌われていた」
「本末転倒!」
まじかよ⋯⋯とか細い声でテンションガタ落ちで彼はいた。
────正直驚いている。彼をここまで手駒にするなんてなんてやつだと思った。
「ねぇ炎王、知り合いって言ったよね」
「ん、ああ⋯⋯」
水を操り、ここまで親しく(一方的であるが)喋っている、その時点で同世代であると考える。
私は彼女は偽名、いや生まれ変わった新たなる名を使っていると思った。
旧姓でなく新たなる性を。
そしてその旧姓は真名に当たる。
思い当たる節が、現実味を帯びていないが元より現実と非現実がごちゃ混ぜになった世界、何が起きても可笑しくない。
私は辿り着いた答えの名を言う。
「彼女、本当の名はこういうんじゃないの? 『水王 アープ・ケルトミア』」
「⋯⋯正解だ」
辿り着いた答えはどうしようも無い絶望を与えた。
王を冠する歴史に名を残す者達、その中の1人を退治しなくてはならない。
それに言ったはずだ『火は水には勝てないと』




