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第1章 第54話 序章 超える者それを超えるべく

 戦おうとするさなか俺は他3人に伝えるべきことがあった。


「美穂、プレア、シフォン、お前ら全員別々の場所で戦うぞ、俺達が固まっていたら本気を出すにも出せないしお互い迷惑になると思う」


「なるほど分かったわ」


「了解なのですよー」


「おーけ!」


「集合は門の前、んじゃあな!」


 と言って散らばった。




 近くで、落ち着いて見るとその図体は笑ってしまうほどに大きかった。

 5メートル程の巨人がこちらに向かってくる。

 右から来る拳をかわしてそのまま懐まで入り込む。


「1音 打音」


 肉の壁を貫き内臓まで到達するこの攻撃、一瞬攻撃の手が止まる、そこに追撃を畳み掛ける。


「5音 打音」


 右肩、左肩、右膝、左膝、鳩尾、この5箇所を叩く。肩や膝の骨は砕ける。元は人間、急所は同じ鳩尾を叩けば。


「チェックメイトだ」


 アダムスはその場に倒れ込む、俺はとどめを刺そうと攻撃に向かう。


「じゃあな」


 大きく振りかぶる、その時アダムスが立ち上がった、まるでこの時を待っていたかのように殴り掛かる。


「ちっ! 絶対零度(アブソールゼロ)領域(リージェン)


 全身を凍らせる、だが氷からヒビが入り砕けそのままガードをしている俺を殴り飛ばした。


「がっ!」


 余りの強力さに血を吐くガードが通用しない。


「何ていう馬鹿力、それに」


 なんであの攻撃が効いていないんだ。

 いや正確には効いているのだろう、だが死霊(アンデッド)の特性の再生が肩や膝を治したのだろう。然しそれでも疑問が残る、ダメージが入っているようには思えないんだ。


「見ている感じ跳ね返しやダメージを外に出すって訳では無さそうだ、なら吸収か」


 そうとなれば攻撃を切り替える、物理的ダメージはほぼ不可能、だがいい作戦は一つだけある、俺はこれにかけようと思う。


「さあ始めようか!」


 撥が音の刃を持つ。


「音武装 切りの型」


 そしてそれで俺は腹を一刀両断みたいなことをしてみた。

 だがすぐに再生する。


「何回でもやってやるよ!」


 死角となりうる位置に俺は入り込む、そこからもう一度切ろうとするが然しそこに来るのが分かっていたかのようにこちらを向く。


「まじか!」


 俺はジャンプしながら避けた。

 だがやつはこれを避けられる事を折り込み済みだった、別の角度から殴ってきた。


「なんだと!」


 避けようとするが空中、何か壁みたいなものが、作ればいいのか。


「『氷壁(ひょうへき)』」


 そこを支点として横に飛ぶ。


「音速! いけ!」


 何とか避けることは出来たが中々に厄介だ。


「生前はかなりの手練だったようだなアダムス」


 学習能力、元の身体能力、スペックがかなり高い。

 おまけにこの馬鹿力、洒落にならない。


「まあ全部避ければ関係無いがな!」


 俺は色々な方向に逃げる、そして相手を撹乱させ隙ができた瞬間に。


「切る!」


 真っ二つに、然しまたすぐに再生する。


「やってはいるがこれだと埒が明かない」


 時間がかかることだとは分かりきってはいた。

 然しこれ程まで相手が手練だとは想定外だった、反応や感、状況把握など脳筋にしか見えない体付き、


「先入観はこれだから駄目なんだよな」


 俺は空中に氷壁をアダムスを囲む形で何枚も作った。


「まあこういう奴の対策はんー俺の方が脳筋みたいなのになるけどまあそれより上の力で捩じ伏せるだな」


「?」


 俺は目の前の壁に乗る、視線が完全にこちらの方向に向く前に違う壁に音速で移る、それを何度も繰り返す。何度も何度も、彼が俺を完全に見失うまで。


(まだだ)


 まだ若干目線が追ってきている。


(まだ)


 諦めたのか防御の体制に入って完全に見失った。


(今だ!)


 上半身と下半身をばらす。

 すぐに再生するが再生する度に斬る。

 何度も何度も、傍から見たら意味の無い行動をしているように見えるだろう、だが着々と盤石は俺に傾いている、その証拠が少しだが(あらわ)になった。


(やっぱりな────ってあいつは何を?!)


 地面に拳を叩きつける構えをしている、なにか仕掛けてくる、俺はそれをさせない為に何度も切り続けるがその度に再生する、それもその構えで。


「何するか知らねーがさせねーよぉぉ!!」


 時すでに遅し、地面を思いっきり殴った、その衝撃で俺の攻撃は止まり高速で飛び散る石や岩、そして衝撃により氷壁は壊れた。

 一旦俺は間合いから離れる。


「なんだよ化け物⋯⋯」


 発想が違いすぎる、この馬鹿力によって成し遂げられる技ではあるが自分は何度も殺されている、それに自分でしておいて何だがあんなに隙を与えない攻撃をくらいながらあの判断が出来る。


「正気の沙汰じゃねーよ、どんな修羅場乗り越えてきたんだよアダムス」


 生前が気になる所ではあるが時間が無い、下準備は後一息でいけるだろう。


「だがそういう訳にはいかなさそうだな⋯⋯」


 雰囲気がガラリと変わった。

 多分アダムスも探り合いをしていた所ではあったがここまで攻撃を許しそして何より俺に勝機があるという事を察した。

 二度も味わいたくない死の敗北。これを許さない彼のプライドが全力というより死力を出しにかかった。


「アダムス、そろそろ終わりにしようか」


 撥を握り直す。


「ファイナルラウンドだ」


「グルァァァァァ!!」





 最初と同じ大振りの右、俺はそれを躱して斬ろうとする、然し軽やかに前宙をして避ける。


「な、なんだよその身体能力!」


 そしてすかさず後ろ蹴りが飛ぶ上にジャンプして避けた時俺は気づいた。


(フェイクだ!)


 案の定後ろ蹴りはフェイク、本命の回し蹴りが飛んでくる。

 避けられない、そう思った俺は強行作戦だが回し蹴りをしてきた足を斬る。

 斬れたはしたが凄いスピードで俺を押してくる。


絶対零度(アブソールゼロ)領域(リージェン)


 芯まで凍らせて粉々に砕く。

 完全に防ぎきったとは言えない、多少なりともダメージが入っている。


「ギア上げてきたかこの野郎」


 もう一度向かう。

 今度は殴ってこなかった、妙に感じたが俺は好都合だと解釈し攻撃をする。だがその攻撃は腕であしらわれた。

 肉を断つことが出来ないくらい密度が濃く硬い筋肉が防具でも付けているかのように攻撃を弾く。


「拉致があかねぇ──」


 一瞬、筋肉が緩む、しめたと思って俺は斬り掛かる。

 だが肉を断つ事は出来なかった、いやそれどころか最悪の状態になった。


「なるほど⋯⋯狙われてたってわけか⋯⋯⋯⋯」


 余りにも柔らかく入るものだから手が斬れた肉の中に入り込みそれを見計らって筋肉に力を入れる。

 するとあら不思議手が抜けなくなって逃げることが出来なくなった。


「く、くそ!」


 足掻いてみるが一向に取れる気がしない。

 それどころか思いっきり手を圧迫された。


「がぁぁぁぁ!!」


 悶絶する俺の叫びが響く。

 そして無抵抗になった俺を宙ぶらりんにする。

 何をするんだそう思っているとアダムスは殴る構えをした。


(やばい!)


 本能的、いや誰しもが思うあんな本気のパンチを無防備にくらえばただでは済まないという事を。


絶対零度(アブソールゼロ)領域(リージェン)!」


 拳を凍らせる、だが無駄だった。


「氷壁!!!」


 焼け石に水と思うが分厚い氷の壁を作る、身構えるがどうしようも無い。


「ちっ、くそったれ⋯⋯」


 アダムスの拳が壁を貫く、そして俺を捉える。

 どうも形容しがたい、そんな痛みが俺を襲う。筋肉を緩め俺は投げ飛ばされた。

 壁にぶつかったらしいが痛覚が麻痺していたのか、それともアダムスの攻撃が余りにも強すぎたのか、痛みはそこまで感じなかった。

 全身の骨が折れている、だが俺は生きていた。呼吸は多少なり出来るが虫の息に近いだろ。

 手足が動かない、感覚がないに近い。


(このまま死ぬのか⋯⋯)


 そう思っていると向こうからアダムスが歩いてくるのがわかった。

 何もせずされるがままに殺されるか、いやいっそうのこともう息を止めて死ぬか、考えが頭をめぐる。


 誰かの声がする。


 ────諦めるのか


 潔くそうした方がいいのかもな。


 ────負けるのか


 この状況でどう逆転しろと。


 ────諦めるのか


 それはさっき聞いただろ────


 ────違う、目標を、美穂との誓いを諦めるのか


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 ────立て


 ⋯⋯⋯⋯。


 ────不可能な運命に立ち向かう、それが光希志龍じゃないのか?


 ⋯⋯。


 ────行け、立ち向かい抗え、この状況を打破してみろ!


 言われなくてもそうするよ。


 向かっている、薄く目を開ける、隙だらけだそう思った。

 息を止める、目を閉じて全神経を耳に集中させる。


(後5歩⋯⋯4⋯⋯3⋯⋯2⋯⋯1)


 間合いに入った。

 無理な体を無理やり立たせる、これが最後の攻撃だ。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 不意をつかれ動きが止まる俺は腹から斬る。

 だが後もう少しの所で止まる、必死に押す、アダムスはそれを耐える。


「ぐぬぬぬぬ!!」


「ぐがぁぁぁ!!」


 徐々に俺が押す、1歩、また1歩と歩みを進める。

 誰かは知らない、だが誰かの声がした。俺は背中を押されたように最後の1歩を歩んだ。


「ぐがぁぁぁ!!」


 そう叫んで上半身は崩れ落ちるように倒れていった。

 だがまた再生をする。

 だがこれで下準備は出来た。


「さてアダムス、俺ははっきり言おうお前は負けると」


 そう言って彼に少し切り傷を入れる。

 普通ならすぐに治るはず、然し一向に治らない。


「前に俺は1人死霊(アンデッド)を粉々にし、氷で復活出来ないように封じ込めた、そしてさっきそれを見たんだするとどうなってたと思う?」


「死んでいたんだよ、不死であるはずの死霊(アンデッド)が」


「そして俺はある仮説を立てたんだ、死霊(アンデッド)は不死の再生ではなく、細胞の治癒能力を最大限以上に引き上げ超高速で再生することによって不死の再生に見せているだけだ」


 そしてそれはさっき証明された、不死の再生であれば回復できるはずの傷が回復できないのだから。


「お前は細胞の限界を超えた、もうこれ以上再生出来ないってところまでいったんだ」


 俺は目を閉じる。


「やっとサシで本当の戦いができるんだ、でもな俺はもう普通の状態じゃ攻撃なんて出来ない、だからちょっとだけドーピングさせて貰うぜ」


 出来れば使いたくは無かったがアダムス、彼に敬意を表す為、そして、勝つ為に使う。


「狂人化」


 久々の感覚だ、体が回復したように動けるがアドレナリンが出ているのと狂人化によるドーピングみたいな能力によって動けるのだろう。

 然しタイムリミットは2分までだろう。

 一気に片をつける。


「アダムス、お前に敬意を表して俺も本気で殴ってやるよ」


 懐に入って俺は殴る、殴る殴る殴る。

 これでもかと言うくらい殴る。


「お前は多分衝撃吸収みたいなのを持ってるんだろ、でもな所詮吸収、限界があるはずだ、俺はそれまで殴り続ける」


 全力の無呼吸運動。何千発も殴り続ける、一向に埒が明かないそんなでかい壁が佇んでいるようだ。


(後30秒)


 ラッシュをかける、すると綻びが出てきたように少しずつアダムスの顔色が変わる。

 後もう少し、手に取ってそれが分かる。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 ラストスパートを、かける。然し俺のタイムリミットも刻一刻と迫る。


(後10)


 段々アダムスから力が無くなっていく。


(いけぇぇぇぇぇ!!)


 アダムスが耐えられなくなって吹き飛ぶ。

 巨体が宙を舞う、家を何個も潰し、瓦礫の山の上でその体は動くことは無かった。


「じゃあなアダムス、来世は友達になれるといいな」


 他人の心配をしているが俺自身もやばい。

 俺は撥を胸元に当てる。


「『音の祝福』」


 この技によって俺は全身が回復することが出来た。

 だが暫くは立ち上がることが出来なかった、そもそもアダムスを倒すことが出来たのは仮説が当たっていただけ、言うなれば賭けをしていたようなものだ。

 まだまだ自分が未熟だと思わされた、手に届かないものを取ろうとするにはまだ足りない。


 「はぁ」


 思わず溜息が出てしまった。

 まあ今はそれよりも俺以外の4人が心配だ。


 「後は任せたぞみんなー」


 門の前で皆の帰りを待つことにした。

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