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もう、誰も好きにならない。




 教科書が戻って来て、二宮くんに教科書を見せてもらうことは当然なくなった。


 元の席に戻るのかなと思っていたが、二宮くんは相変わらず私の隣に座っている。


 きっと、私を嫌う女子を私の隣に戻すことを懸念したのだろう。


 二宮くんだって、私のこと嫌いなくせに。


『何やってんだろ』と後悔しながらも、根が優しい二宮くんは、どうしても見放すことが出来なかったのだろう。


 だけど、会話は格段に減った。


 そもそもそんなに仲良くお喋りする間柄ではなかったけれど、【教科書を見せてもらう】という、二宮くんの傍にいられる大義名分がなくなった今、お互いがお互いに用事がないのだ。


 このまま、二宮くんとの会話減少に比例して、私の恋心も擦り減って消滅する様願う。



 -----------恋心は嵩を減らすことなく、時間は流れて。


 気が付けば、文化祭の時期になっていた。


 催し物を何にするのかでクラスは盛り上がっているのに、当然私はその中には入って行けない。


 自分のクラスのことなのに、ただただその様子を自分の席で頬杖をつきながら傍観していた。


 多数決で決まったのはメイドカフェ。


 結果、ありきたりなカンジで落ち着いた、ウチのクラス。


 男子も女子もミニスカートを履いて接客するらしい。


 ……二宮くんもミニ履くんだ。それは、ちょっと見てみたい。


 催し物が決まると、次はタイムテーブルを決め出すクラスメイトたち。


 誰がどの時間帯を持ちまわるのか。『この時間は彼氏といたい』『この時間帯は彼女のクラスに行くから無理だ』等、案外簡単に決まらない様子。


 やっと決まったタイムテーブルを見に行くと、私の名前が書かれていなかった。


 私は、このクラスの人間ではないということなのだろう。


「ねぇ、冴木の名前、ドコにもなくね?」


 二宮くんも気付いた様で、タイムテーブルが書かれた紙を持って私に話しかけてきた。


「……そうだね」


「オイ。ちょっ……」


 クラス委員に向かって挙げかけた二宮くんの腕を、慌てて引っ張り下げた。


「何だよ」


『何邪魔してんだよ』とでも言いたげな視線を私に向ける二宮くん。


「イヤイヤイヤイヤ。そっちこそ何なんだよ。手を挙げて何を発言しようとしたの?」


「いくら何でもコレはないだろ。学校行事をハブるっておかしいだろうが」


 二宮くんの『やっぱりね』な返事に苦笑いが零れる。


 安定してるな、二宮くん。安定の真面目さと優しさ。

 

「別にいいんだって。どうしても参加したいってわけじゃないし。私がいない方がみんなが楽しめるなら、その方がいいと思うし。私だって、こんなシカトされてる状態で文化祭なんかとても楽しめないし。これでいいの。だから、二宮くんの優しさはちょっとお節介かも。……でも、アリガトネ。気付いてくれて」


 数少ない二宮くんとの会話の内容が、こんな悲しい話題というのが、何とも切ない。


「冴木、文化祭来ないつもり?」


 二宮くんが、可哀想なコでも見る様な淋しげな目で私を見た。


「行くよ。二宮くんがミニ履いてる姿見たいし、二宮弟のクラスも覗いてみたいし」


「弟のクラスにも行くんだ」


「ヤリマンだからね」


 二宮くんの口から言われる前に、自ら言ってしまう。


 二宮弟のクラスに行っても行かなくても、どうせ私は二宮くんに嫌われたままなのだから。


「…………」


 二宮くんは、肯定も否定もせず無言で私の傍を離れ、メイド服の採寸をしに行ってしまった。



 -----------その日のお昼休み。


 普段と変わらず、準備室でひとりお弁当を食していると、お昼寝をすべく、いつも通りの時間に二宮くんが準備室にやって来た。


 教室での会話が減ったからといって、準備室でお喋りをするというわけでもない。


 だって、二宮くんの目的はあくまで【昼寝】なのだから。


 普段通り、適当な席に座っては、上半身を机に預けて眠る二宮くん。


 二宮くんの睡眠を妨げぬ様、静かにお弁当を食べ続ける。


 お母さんの手作り弁当をキレイに全部平らげ、お弁当に蓋をしていると、


「冴木、頼みがあるんだけど」


 食べ終わるのを待っていたかの様に、二宮くんが喋り出した。

 

「寝てなかったんだ。頼みって何?」


「コレ、作って」


 二宮くんが立ち上がり、私の方に寄ってきては、作って欲しいというソレを私の前に置いた。


「私、お裁縫得意じゃないよ。ていうか下手くそだよ。不器用だし。それに、二宮くんの衣装作りたい子、いっぱいいるだろうから、他のコに頼んだらどうかな?」


 二宮くんが私の目の前に置いたソレは、メイド服の型だった。


「お前、どうせ文化祭参加しないんだろ。超ヒマじゃん。てか、自分だけ超絶楽しちゃってんじゃん。それってズルくね?」


 二宮くんが「いいから作りなさい。生地は明日配られるらしいから、明日渡す」と強引にメイド服の型を私に押し付けた。


 素直に優しさを見せない二宮くんに、薄っすら笑ってしまう。

 

「……何笑ってんだよ、冴木」


「本当は、邪魔者扱いされて文化祭に出られない私を不憫に思ったからでしょ。何らかの形で参加させてあげようって思ったからでしょ?」


 二宮くんに「分かってますがな」と笑うと、


「お前、どんだけポジティブなんだよ。全然違うしな。何で俺が冴木にそんな気遣いする必要があるんだよ」


 二宮くんが呆れながら否定した。


 絶対に違わない。全然違うとなると、【ただ単に私を扱き使ってやりたいだけ】ってことになってしまう。だから、どんなに否定されようが【二宮くんの優しさなんだ】と思いたいんだ。


 嫌われてるって分かっているのに、どうしても認められないほど、私は今も二宮くんが好きで好きで仕方がないんだ。




 -------------翌日のお昼休み、準備室でお弁当を食べていると、二宮くんが宣言通りメイド服の生地を片手にやって来た。


「じゃあ、よろしく」と私の目の前にソレを置く二宮くん。


 とりあえず、生地を広げてみる。


 二宮くんは、結構身長が高い。


 生地の大きさから言って、失敗出来ない。


 私、大丈夫なのだろうか。引くほど不器用なのに。


「冴木、母親に手伝ってもらおうとか思ってないよな? それは俺が心苦しいから、まじやめろよな。上手に出来なくても、自分の力で作れよな」


 二宮くんが、私の頭を一瞬過ぎった案を見透かした。


 ていうか、何だよ、その言い方。作ってもらう立場のくせに。


「……分かってるよ」


 それでも、二宮くんが着てくれると思うと嬉しくて、精一杯頑張って作り上げようと思った。

 

 どうせ文化祭準備に参加出来ない私は、その時間に家庭科室に行って、せっせと二宮くんのメイド服を縫った。


 みんなが忙しく動く文化祭準備に加わらないのは、申し訳ないと思う。だけど、私がいたところで、私に仕事は回って来ないだろう。だって、いないことになっているのだから。それに、その方が里奈もみんなも楽しく作業出来るだろうから。


 だから、私にはみんなより断然時間がある。


 その時間を使って、二宮くんのメイド服を丁寧に綺麗に作ろう。……という気持ちも気合もあるのだけれど。


 どうにもこうにも不器用な私は、マンガみたいに、コントみたいに、学習能力なく何度も針を指に刺してしまう。


 ギャグか。と言わんばかりに色んな指に絆創膏を巻きつける。


 二宮くんは、こんな私が作ったメイド服で本当に良いのだろうか。

 

 四苦八苦しながら作ったメイド服は、文化祭前日になんとか出来上がった。


 どんだけ時間かかってるんだ、自分。


 そんな渾身の作品を、お昼休みに準備室で二宮くんに手渡す。


「……ゴメン。あんまり上手には出来ていないんだけど……」


 遠慮がちにソレを差し出すと、


「……うん。まぁ……そうだね」


 二宮くんが見事な苦笑いを浮かべた。


 「この、下手くそが‼」と罵らないのは、二宮くんの優しさだろう。


 正直、小学生並……イヤ、小学生以下の出来栄えだ。


「……ホントにゴメン」


「でもまぁ、努力はしっかり見えるから。親の手を借りずに、ちゃんと全部自分でやってくれたんだな。ありがとう。よく頑張りました」


 二宮くんが「痛々しい手しちゃって」と呆れながら私の頭を撫でた。


 ハッキリ言って、限りなく失敗に近いものを作ってしまったけれど、頑張って良かったなと思った。

 

「明日、二宮くんの出番は何時?」


 こんなに頑張って作ったんだ。このメイド服を着ている二宮くんを一目だけでも見たい。


「1番最初の時間帯。9:00~11:00。あんまりお客さんが来なさそうな時間にしてもらったわ。接客ダルイし」


 二宮くんが「あー。めんどくせー」と後頭部をガシガシ掻いた。


 参加出来ない私からすると、その面倒臭さは羨ましかったりするのだけれど。


「冴木は? 明日、どうすんの?」


「もちろん、こっそり二宮くんのメイド姿見に行くよ‼」


「そうじゃなくて。てか、こっそりて。自分のクラスなんだから堂々と見にくればいいだろうが」


 二宮くんはそう言うけれど、そう思っている人間は、きっとクラスで二宮くんだけだ。


「折角みんなが楽しんでる時に、私が行って嫌な空気にしたくない。ちゃんと弁えますがな、私だって」


 やるせなくて、私もまた頭をポリポリ掻いてみせた。

 

「で? その後は? 帰るの?」


 二宮くんが、私のやるせなさをスルーした。


 逆に清々しい。


「イヤ……。あんまり早く帰ると、親が変に勘繰りそうじゃん。『ウチのコ、友達いないのかしら』的な。まぁ、いないんだけど。無駄な心配かけたくないし、私も見栄張りたいから帰りはしない。二宮弟のクラスをサっと眺めたら、ココでまったりしてようかな。1人で回ってもつまんないし」


 明日の自分の予定、言ってて悲しくなった。


 高校時代の思い出になるだろう文化祭が、こんな惨めなものになるとは……。


「……ふーん」


 二宮くんの返事は『ふーん』だけだった。


 自分から聞いておいて、然して興味がなかったらしい。


 まぁ、そうだろうよ。




 ------------そして、文化祭当日。


 ワイワイ楽しそうに準備をする教室を通り過ぎ、準備室へ。


 二宮くんの出番の時間を待つ。


 準備室の外から、日常にはない喧騒が聞こえてきて、ちょっと胸が高鳴り、また沈んだ。


 ……私もこの喧騒の中にいたかったな。


 無意識に溜息が漏れる。


 楽しそうな時間の中にいると、自分の孤独が浮き彫りになって、やけに辛い。

 

 耳にイヤホンを差し込んで周りの音を遮断し、じっと時計を見つめては、なかなか過ぎてくれない時間に少し苛立った。


 好きな歌を何曲か聴いて、少しだけ気分が上がったところで時計に目をやると、9:00を過ぎていた。


 別に急いでないし、誰かが私を待っているワケでもないので、ゆっくり準備室を出て教室に向かう。


 廊下には、他校の制服のコたちや、卒業生を思われる人たちがたくさん居て、凄く賑やかだった。


 盛り上がれない自分が場違いに感じて、何か居心地が悪い。


 楽しげな人々の間を縫って教室に着くと、扉の向こうにメイド服を着た二宮くんがいた。


 ……あんな下手くそなメイド服、ちゃんと着てくれたんだ。


 てか、脚が思いの他綺麗。


 メイド服を意外に着こなせてしまっている二宮くんに心の中で笑いつつ、教室を通り過ぎようとした時、二宮くんと目が合った。

 

「冴木‼ 入ってかないのかよ」


 私の方に駆け寄ってくる二宮くん。


「うん。二宮くんのメイド服姿見たかっただけだし。お客さんとして入るのも、何か気まずいし。ていうか、ミニが似合いすぎだよ、二宮くん」


 二宮くんのスラっとした長い脚に視線を落とすと、


「あんま見んなっつーの」


 と、二宮くんが女のコみたいに両手でスカートを押さえた。


「女子か」


 思わずツッコミを入れて笑っていると、


「やっぱ、冴木も無理矢理参加させれば良かった。ズルイだろ、俺を笑っておいて、自分はメイド服着ないとか。冴木のメイド姿も見たかったわ」


 二宮くんが、嫌味を言っている様で、私が参加出来なくて残念だったとも取れる言い方をしながら、ふてくされた顔をして見せた。


 まぁ、ただ単に『お前も同じ思いをしろよ』って言いたいだけなのだろうけど。


「……今から弟のクラスに行くの?」


 二宮くんの二宮弟に対する憎しみは根深い。


 二宮弟に関する話になるだけで、二宮くんの眉間には深い溝が出来る。


「行くよ。ヤリマンですから」


 だけど、私は二宮弟の事が嫌いではないワケで。


「開き直って『ヤリマン』乱用するし」


 二宮くんが細い目をして私を見た。


「どうせ言うつもりだったくせに」


「……まぁね」


 二宮くん、認めるし。何だよ。やっぱりかよ。


「二宮くん、接客しに戻りなよ」


 二宮くんを持ち場に行かせようとすると、


「クラスの出し物に参加もしない冴木に言われたくないわ」


 二宮くんに意地悪を言われた。


 参加しないんじゃないのに。参加出来ないんだ。私だって、本当はみんなと一緒に楽しみたかったんだ。 


 きゅうっとスカートを強く握り締め、


「……私、もう行くね。接客頑張って」


 二宮くんがなかなか持ち場に行こうとしないので、自分が移動することに。


「……何で俺の言うことなんか、いちいち真に受けんだよ」


 スカートを掴んでいた私の手を「皺になるぞ」とそっと下ろすと、「あぁー。もう」と襟足を掻き毟りながら、二宮くんはやっと持ち場に戻って行った。


 ……そんなの、好きだからに決まってるだろうが。ばか二宮。

 

 二宮くんと別れ、二宮弟の教室に向かう。


 1年生の教室がある階。去年まで歩いていた廊下がやけに懐かしい。


 二宮弟のクラスに近づくと、微妙な感じの歌声が聞こえてきた。


 二宮弟のクラスの壁には【カラオケ大会】と書かれた紙が貼られていて、中を覗くとクソつまらなそうな表情で、二宮弟がデンモクを使いながら曲を入れていた。


 とりあえず、観客席の後ろの方に行って、大会の模様を眺めることに。


 そこそこ上手い人もいた。原曲の形を留めていないヤツもいた。マイク、ちゃんと入ってんの? ってくらいウイスパーな声の方もいて。


 歌に自信があるわけでもなく、ただ歌が歌いたい人たちで行われるカラオケ大会は、さっぱり盛り上がらなかった。


 でも、観客はちゃんといた。……と言っても、自分の曲順待ちの出演者がほとんどらしく、純粋な観客は、もしかしたら私だけかもしれない。


 それくらい、面白くも何ともない、二宮弟のクラス。


 そりゃあ、二宮弟もあんな顔になるわな。

 

 隠すこともしようとせず、大きな口を開けては欠伸をし出した二宮弟が、観客席に座っている私を見つけて駆け寄って来た。


「冴木、こんなクソみたいな出し物見に来るって、どんだけ暇なん」


 余程つまらないのか、二宮弟の悪態が酷い。


「まぁ、暇なことは間違いないんだけど。何でこんな出し物にしちゃったのよ、二宮弟のクラス」


「適当に決めたに決まってんじゃん。そしたらこの有り様だよ。早く交代のヤツ来ないかな。まじでしんどいわ」


 今度はでっかい溜息まで漏らし出す二宮弟。


「どんまい」


 としか言えない。


「他人事だしなー、冴木」


 と私に白い目を向けたかと思ったら、何かを思いついたかの様に右眉をピクっと動かしては、ニヤリと二宮弟が笑いだした。

 

「冴木も歌いなよ。どうせ暇なんでしょ」


 二宮弟が私の右手首をグイーっと引っ張った。


「勘弁してよ。何で私が知らない人たちの前で歌声披露しなきゃいけないんだよ。歌手じゃないんだっつーの‼」


 振り解こうとするも、左手首までガッチリ掴まれてしまった。


「いいじゃん、いいじゃん‼ 冴木の歌声聞いてみたいじゃん‼」


「イーヤーだ‼ 二宮弟が歌えばいいでしょうが‼」


「じゃあ、一緒に歌う? 何歌おっか?」


「ひとりで歌ってよ‼ 私を巻き込むな‼」


 観客席で二宮弟と揉めていると、


「手を離しなさい」


 頭上で低い声がした。

 

「あ、兄ちゃん」


 二宮弟が、パっと私の手を開放した。かと思えば、その手首を今度は二宮くんが握って、私を教室から引っ張り出した。


「え? え?」


 突然現れた二宮くんに驚く私を他所に、そのまま歩き出す二宮くん。


「あ、あの……さっき、ありがとう。おかげで歌わずに済んだよ」


 手を引っ張られながら、二宮くんの背中に向かってお礼を言うと、


「アイツのクラスになんか行くから、ああいうことになるんだよ」


 二宮くんが、何故か少しキレていた。


「…………」


 だからと言って、謝るのも違うと思うし、機嫌の悪い二宮くんに何を言えば良いのかも分からなくて、無言で二宮くんに腕を引っ張られるがまま歩いた。


 連れて来られた場所は、予想通り準備室だった。


 準備室の壁に掛かっている時計を見ると11:10で、二宮くんの出番が終わったばかりだということに気付く。


「二宮くん、まだドコも回ってないでしょ? 他のクラス見に行ってきなよ。二宮くんは文化祭を満喫しておいでよ」


 機嫌の悪い二宮くんに、それでも笑顔を向けるも、


「俺、文化祭とか興味ない」


 と、昼寝時同様、適当な椅子に座る二宮くん。


 座っちゃったよ。動く気ないよ、このヒト。


 不機嫌な二宮くんと、ココでどう過ごせば良いのだろう。


 そもそも、このヒトは何に怒っているのだろう。


 私に? 二宮弟に? それとも、メイドカフェで何か嫌な事でもあった?


 エスパーでも何でもない私に分かるハズもない。ので、聞いてみる。


「……二宮くん、何か怒ってる?」


「別に」


 ハイ。お手上げ。


「…………」


 無言の時間が流れる。


 二宮くんと私は友達ではない為、何気ない会話をしない。だからこんな時、何を話せば良いのか分からない。


 どうすれば良いのか分からないまま、とりあえず私も空いている椅子に腰をかけた。


 何も喋ることもすることもないので、ポケットからスマホを取り出しては、無意味に弄る。


 暇すぎて、目に付いたネットニュースに出てきた、聞いたこともない売れていないだろう芸能人の名前をググってみる。何の役にも立たない情報を、わりとしっかり調べるという、無意味な上に無駄な作業を黙々としていると、


「……帰ってゲームしよっかな」


 二宮くんが暇に耐えかねて立ち上がった。

 

「……そっか。 気をつけて帰っ……」「冴木もする? ゲーム」


 二宮くんに振りかけた手を止める。


 二宮くんが私をゲームに誘っている。……と、言うことは、二宮くんの家に誘われているということですよね? でも、男の家に簡単に上がる女を、二宮くんはあんまり好きじゃないはず。だけど、二宮くんは私を『ヤリマン』と呼んだりする。コイツなら簡単にヤれるだろうってこと? ……確かに私、『二宮くんならいい』って言ったしなぁ。イヤでも待って。二宮くん、友達にすらなりたくない程、私を嫌ってるし、本当にただゲームがしたいだけなんじゃ……。


 色んな角度からさまざまな思考を彷徨わせていると、


「対戦相手いないとつまんない。相手してよ、冴木」


 私の考えすぎかもしれない。二宮くんはひとりでやるより、2人でより楽しくゲームがしたいだけなのかもしれない。

 

「……私、ゲームしない人だから、やり方分かんない」


「俺、説明書捨てない人だから、見ながらやれば大丈夫」


 二宮くんが「行こう。冴木」と私の二の腕を掴んで、立つ様に促した。


「……ゲームがしたいんだよね?」


 立ち上がりながら二宮くんに最終確認。


「他に何すんだよ。ヤリマンが」


「ゲームのみです。スイマセン」


 二宮くんに、私とどうこうなりたいなどという気持ちは微塵もなかった。

 

 ……そりゃ、そうだ。二宮くんは曲がったことが嫌いな性格だ。好きなわけでもない、友達以下の私とそんなことをしたいわけがない。


 軽い女に見られたくないくせに、そういう対象にすらなれないことが悲しい。


 恋というのは本当に厄介だ。


 成就しない恋をし続ける事ほど、タチの悪いものはない。


 これ以上好きになっちゃダメだぞ。諦めるんだぞ。好きになってなんてもらえないんだぞ。もう、誰も好きになんかならないんだからな‼


 自分に激しく言い聞かせながら、前を歩く二宮くんを追って校舎を出た。

 

 そのまま、二宮くんの自転車が停めてある駐輪場へ。


 当然の様に自転車に跨る二宮くん。


 自転車を引いて一緒に歩くという選択をされない私は、やっぱり友達以下なのだろう。


 二宮くんの家までの道、覚えてるから別にいいけどさ。


 校門に向かって歩き出すと、


「ドコ行くんだよ、冴木。早く後ろ乗れよ」


 二宮くんが自転車の後部をポンポンと叩きながら私を見ていた。


 ……乗せてくれるの? 二宮くん。


「……乗っていいの?」


「だって冴木、歩くの遅いじゃん。冴木待ってる時間、無駄じゃん」


 二宮くんが私を後ろに乗せるのは、一刻も早くゲームがしたいからだった。


 どうして懲りずにいちいち期待してしまうのだろう。


 悉く傷つくのに。

 

「……じゃあ、遠慮なく」


 自転車の後ろに乗り、またも捕まる場所に迷う。


 結果、前と同じ、二宮くんのシャツを少しだけ握らせてもらうということに落ち着く。


 だって、恥ずかしくて、二宮くんの腰になんか手を回せない。


 二宮くんの肩を掴むのも、友達として認められない私にはハードルが高かった。……が。


「あのさぁ。しっかり掴んでくれない? 振り落としそうでこっちが気が気じゃない」


 あの日みたいに、二宮くんが私の手を引っ張って、自分の腰に巻きつけた。


 心臓が、骨を砕いて出てくるんじゃないか? という程に大きく動く。


 意識しまくっている事を気付かれてしまったら、面倒くさがられてもっと距離を置かれてしまうかもしれない。


 心臓の音が二宮くんに伝わってしまわぬ様に、二宮くんの背中にオデコをくっつけながら、身体を少し後ろに引いた。



 そして、2度目の来訪、二宮家。


 まさか2回も来ることになるとは……。


「あんまり綺麗にしてないからな、俺の部屋」


 二宮くんの言葉にハッとした。


 二宮くんの家に来るのは2回目だけど、二宮くんの部屋に入るのは初めてだ。


 先回は部屋の(蹴り上げた)ドアしか見ていない。


 どんな部屋なんだろう。

 

 ワクワクしながら二宮くんについて行く。


「どーぞ。散らかってるけど」


 二宮くんが招き入れたそこは、


「全然綺麗じゃん。片付いてるじゃん」


 二宮くんらしい、スッキリとして物が少なく、整理整頓された部屋だった。

 

 二宮弟の部屋もそこそこ綺麗にしてあったけど、二宮くんの部屋は更にちゃんとしていた。


 神経質なほどキッチリはしていないけれど、でも男の人の部屋にしては綺麗に使っていると思う。


 ウチのだらしないお父さんに見せてやりたい。


「適当に座って。ゲーム、好きなの選んでイイよ」


 二宮くんが、テレビの下の台からゲームソフトの入ったケースを取り出し、私に手渡した。


 言われた通り、テレビの前に適当に座ってゲームを吟味するも、


「……だから、ゲームしないから、どれが面白いのか分かんないって」


 隣に座った二宮くんにケースをそのまま戻した。


「じゃあ、コレでいっか」


 二宮くんは選びもせずに、1番右端にあったソフトを手に取り、セットした。

 

 二宮くんがセットしたソフトは、どうやら戦闘ゲームの様で、説明書を見る限り、技を1コ繰り出すのにコントローラーのボタンを相当な数押さなければならないらしい。


 何度やっても、思うように技が出ない。


 何故火の玉が出ない? どうして高速移動出来ないんだ? 説明書通りやってるじゃん‼


 幾度となくボッコボコにされては死んでしまわれる、私のキャラ。


 何コレ。全然面白くないんですけど。


 私が楽しくないとなると……。


「……二宮くん、面白いですか?」


「全然」


 二宮くんは尚更つまらないに決まっていた。

 

 つまらなさ過ぎて、コントローラーをその場に転がす二宮くん。


 私もそっとコントローラーを手放した。


 ゲーム終了。してしまった。


 ゲームをしに二宮くんの家に来たのだから、もう目的はない。


 ……帰った方がいいかな。


 だって、二宮くんはもう私に用事はないだろうから。


「……私、帰るね」


 立ち上がろうとした時、二宮くんの右手が私の左手を、二宮くんの左手が私の後頭部を捉えた。

 

 二宮くんの顔が目の前にきて、思わず顔を逸らした。


「……あのさぁ、男の部屋にホイホイついて来て、本当にゲームだけで終わると思ったの? 馬鹿すぎね? 鈍感で純粋なフリされるのも反吐が出るんだけど。……冴木、俺とだったらヤってもいいって言ってたよな? 何で逃げんの?」


 二宮くんが、背けた私の顔を両手で掴んだ。


 やっぱり私は二宮くんにとって【ヤリマン】だった。


 分かっていたのに、それでもショックで。


 だけど、私は二宮くんが好きだから。


 二宮くんとキスが出来るなら、したい。でも、


「……ちょっとビックリしただけだよ。私、勝手に『二宮くんは好きな人としかキスもセックスもしない人』って思ってたからさ」


 一方的に、二宮くんのことを信じていた。だから、悲しかったんだ。


 じわじわ襲ってくる涙を堪えながら、自ら二宮くんの唇に自分の顔を寄せる。


 今度は、二宮くんが私の顔を挟んでいた手に力を入れて、キスを阻止した。

 

「……そうだよ。俺、好きな人としかしないよ」


「今、私としようとしたじゃん」


 二宮くんの矛盾に、しようとしていたキスを辞めた。


 二宮くんは、何がしたいのだろう。


 どうすれば良いのか訪ねる様に二宮くんの目を見ると、


 二宮くんが真剣な目で見つめ返してきた。



「……俺、冴木が好きだ」



 俄かには信じられない。でも、二宮くんが嘘を言っている様には、冗談をかましている様には見えない。


 だけど、やっぱり矛盾している。

 

「……私と、友達になることさえ嫌がってたじゃん」


「……だから、【友達】にはなりたくなかったんだって。【彼氏】になりたかったの」


「何を、少女マンガに出てくるめんどくさいイケメンみたいな事を言ってるんですか」


「……確かに。今の、間違いじゃないけどそれよりは……冴木を好きになるの嫌だったんだよ」


 言ってしまったキザすぎて逆にカッコ悪いセリフに苦笑いをすると、二宮くんは私から少し視線を外した。


「……俺、女で痛い目見るのは、もううんざりなんだよ。だから、冴木みたいな……友達の彼氏と関係持っちゃう女とか、絶対好きになりたくなかったんだよ。だから、自分から距離置いて……でも、やっぱり気になって近づいて行ってしまってさ。冴木、悪いこちしたヤツなのに、全然悪人に思えなくて……。言い訳とかするけど、でもちゃんと素直に謝るし、潔く罰も受けるし。そういうの見てたら、嫌いになるどころか、本当は惹かれてた」


「違うよ。私は素直でも潔くもないよ。二宮くんがいてくれたから。二宮くんが、間違っているこちをちゃんと正してくれたから」


「そうやって、自分を肯定してくれる人間に、嫌悪感なんか抱けるわけないじゃん」


 二宮くんが小さい息を吐いて、困った様に笑った。

 

「……私のこと、『ヤリマン』って。『生理的に無理』って言ったじゃん」


 今なら何でも白状しそうな二宮くんに、責める様に質問を続ける。


 どうしても二宮くんの口から、ヤリマンを否定して欲しかったから。


 そう思われていないって、思いたかったから。


「……冴木が嫌な思いをするの、分かってたんだけどさ。どうしても、弟と近づけたくなかった。好きなコを弟に触られたくなかった。冴木が嫌がることを言ってでも、弟から遠ざけたかった」


「弟に横流ししたくせに」


 あの時は、まだ冴木を信用してなかったから。後悔したから。ごめん、冴木」


「好きなコに意地悪って、小学生かよ」


「ホントにな」


 恥ずかしそうに苦笑する二宮くんが、愛おしくて仕方がない。

 

「……俺は、冴木が好きだよ。でも、冴木はもう、誰も好きにならないんだろ?」


 二宮くんが、悲しそうな目をしながら、私に視線を戻した。


「……そんなの、言ったすぐ後に後悔したよ。……二宮くんのこと、好きになっちゃたから」


 今度は私が視線を外す。二宮くんの目を見ての告白は、恥ずかしすぎて出来なかった。


「何ですぐ訂正しなかったんだよ」


「だって、嫌われてるんだと思ってたから」


「……そっか。何だよ。知ってたら、こんなやり方で冴木を家に呼ばなくて済んだのにな」


 バツが悪そうに、溜息混じりに笑うニ宮くん。

 

「今日、冴木が弟に両手握られてじゃれてるの見て、好きでいるのを我慢するのが、物凄く嫌になった。我慢するの、もう辞めようって思った。でも、冴木は俺のこと好きじゃないって思ってたから『ゲームしよう』って冴木を騙した。好かれてないって分かっていても、冴木に触れたかった」


 そう言いながら、二宮くんが私の髪を撫でた。


 気持ちが良くて目を閉じると、唇に何かが触れた。


 二宮くんが、私にキスをした。


 唇が剥がれて、ゆっくり目を開けると、二宮くんと目が合った。


「……キスは、好きな人としたい。でも、出来れば相手も自分を想ってくれている人がいい。強引にでもって思ってたけど、無理矢理しなくて良かった。絶対後悔してたと思うから」


 二宮くんがそんなことを言うから、嬉しくて嬉しくて、目から涙が溢れ出してしまった。


 両手を使って慌てて拭っても、全然追いつかなくて。


 見かねた二宮くんが、私を抱きしめた。

 

「まだ根に持ってんの? 『泣いて済まそうとするな』って言ったこと」


 二宮くんが耳元で笑った。


「何でそんな、陰険女みたいに言うのでしょうか」


 別に根に持っているわけじゃない。気にしていただけだ。だって、好きな人の嫌がることはしたくない。二宮くんに嫌われたくない。


「ははは。ゴメンゴメン。そういうつもりじゃなかったんだけど。別に泣いてもいいのに。冴木が涙で何かを誤魔化す様な人間じゃないって分かってるから。……だけど、他の人には縋らないで。俺の前だけね。他のヤツに慰めてもらうのはダメ」


 私の頭を撫でながら笑う二宮くん。


「他の人って……。私、嫌われ者だから慰めてくれる人なんかいないもん。……二宮くん、本当に私でいいの? 嫌われ者なんだよ?」


 途端に申し訳なくなった。二宮くんを、嫌われ者の私なんかの彼氏にしてしまって良いのだろうか。

 

「いいの。冴木のことが好きだから、冴木の為に冴木と一緒に頭を下げる」


 二宮くんらしい返答に、思わず笑いが漏れてしまった。


「少女マンガなら『世界中がキミの敵になったとしても、俺はキミを守る』的なことを言うだろうに……」


「世界中を敵にまわす女ってよっぽどだろ。流石にそんな女を好きにならねぇわ」


 どこまでも『二宮くん』な答えに、笑いが止まらない。


「好きな人の為に謝罪する。それが俺の守り方」


 二宮くんが「ダメ?」と首を傾げた。


「最高で、最善で、最良です。大好きです。二宮くん」


 傾いた二宮くんの首に腕をまわして抱きついた。

 

 抱き合いながら、何度も何度もキスを交わしていると、二宮くんの部屋の前を通り過ぎる足音がした。


 そして、隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。


「二宮弟、帰ってきたんだ」


 何気なく呟くと、突然二宮くんが私を持ち上げてベッドに移動した。


 2人でベッドに転がる。


「ねぇ冴木、ちょっと大きめの声で鳴いてみて」


「変態ですか? 二宮くん」


「じゃあ、隣に聞こえるように『渉大好き』って言って」


「それだったら全然いいよ。本当に大好きだから」


「……そっか」


 自分から『言って』って言っておいて、急に顔を赤くし出した二宮くん。


 散々抱き合ってキスしまくったくせに、今更どうしたんだ。


 二宮くんが可愛い過ぎて、大好き過ぎる。

 

「ねぇ、二宮くん。心配しなくても、二宮弟は私のことなんかどうも思ってないよ。悲しい話、全然モテませんから」


 宥める様に、二宮くんのサラサラの髪を撫でる。


「イヤ兄弟だから分かる。アイツ、冴木のこと絶対好きだから」


 何を言っているんだ、二宮くん。兄弟なのに何も分かっていないじゃないか。


 でも、やきもちを妬いてもらえるのは、何か嬉しい。


 二宮弟が帰って来たということは、文化祭終わったんだ。


「……二宮くん、興味ないのは分かってるんだけど、来年は二宮くんと一緒に文化祭をまわりたい」


 さっきの二宮くんを真似て「ダメ?」と首を傾げてみる。


 だって、来年が高校最後の文化祭だ。どうしても、二宮くんとの思い出が欲しい。


「もちろんいいよ。つーか、嘘だしな。『文化祭興味ない』とか。基本真面目な性格だから、学校サボるのも好きじゃないから、俺。今年は冴木といたかったからサボっただけだしな。本当は冴木と一緒に回りたかったし、一緒にメイドカフェもしたかったし、冴木のメイド服姿も見たかった。冴木に俺のメイド服作らせたのだって、冴木が可哀想だからじゃなくて、冴木が作ったヤツを着たかっただけだし」


「嘘だったのかい」


 でも二宮くんに言われたことが嬉しすぎて、顔のニヤけが止まらない。

 

「俺の言うことなんか、嘘ばっかだし。冴木を【ヤリマン】って思ったこともないし、だいたい、準備室で昼寝をする習慣だってなかったし。アレは失敗した。【昼寝スポット】じゃなくて【寛ぎスポット】って言っておけば良かったわ。【昼寝】って言った手前、眠くもないのに寝るしかなかったからなー」


 開き直ったかの様に、二宮くんが自分の吐いた嘘を暴露し出した。


「何でそんな嘘吐くかな」


「冴木に近づきたかったからでしょうが」


 二宮くんが当たり前の様に答えるから、否応なしに顔が赤くなってしまう。


「俺は嘘吐きだけど、冴木を裏切ることは絶対ないから信用して」


「言ってることが滅茶苦茶」


「うん。だけど、何があっても冴木だけは裏切らないよ、俺」


「言われなくても信用してるし」


 そう答えると、二宮くんが嬉しそうに笑って、私にキスをした。

 

 キスをしては抱き合ってを繰り返していると、隣の部屋のドアが開く音がした。


 足音がこっちの部屋に近づいて、止まる。


「ゴメン。すげぇ気になるから今聞いちゃうけど、兄ちゃん、女のお客さん来てるよね? 玄関に靴あったから。それって冴木?」


 ドアの向こうから、二宮弟の声がした。


「…………」


 急に不機嫌になって、返事もしない二宮くん。


「冴木だよ‼ アンタ、万が一私じゃなかったらどうするつもりだったのよ⁉」


 なので、代わりに私が答える。


「イヤ、十中八九冴木だと思ってたから」


「残りの一、二だったら、殺されてるよ、キミ」


 二宮弟の危うい賭けに思わず突っ込むと、


「アイツの相手なんかしなくていいから。冴木は俺の彼女でしょ」


 二宮くんがむくれながら拗ねた。


 ホント、可愛いなぁ。もう。

 

「冴木、兄ちゃんと付き合ったの?」


 二宮弟がドアの前で話続ける。


「うん‼」


 この質問は答えたかったから、大きな声で返事をした。


「良かったじゃん‼ そっか。じゃあ次、俺の番来たね」


 二宮弟が、ドアの向こうで深呼吸をする声が聞こえた。


「……兄ちゃん、本当にごめん。ずっと謝りたかったんだけど、謝る行為が兄ちゃんに更に嫌な思いをさせてしまいそうで出来なかった。ごめんなさい、兄ちゃん。もう2度とあんなことしないから。だから、赦して欲しいです。お願いします」


 姿は見えないけれど、きっと二宮弟はドアの奥で頭を下げている。


 洋服が擦れる音がしたから。


「…………」


 けれど、二宮くんはやっぱり返事をしようとしない。


 簡単に赦せるわけがない。


 だけど、二宮くんに二宮弟のことも信じて欲しい。

 

「……二宮くん」


 無言の二宮くんの腕を揺する。


「……でも」


 二宮くんが答える前に、二宮弟が続けて話し出した。


「もし兄ちゃんが冴木を悲しませる様なことをしたら、普通に掻っ攫うから」


 ……二宮弟、馬鹿だ。


 何を余計でしかない一言を付け加えてるんだ、アイツ。


 二宮弟の言葉に眉毛をピクつかせた二宮くんが、頭の下から枕を引き抜き、それをドアに向かって投げつけた。


「3秒以内に消えろ。邪魔すんな。赦してやらねーぞ」


「今すぐ消える‼ 瞬時に消える‼ だから赦してね、兄ちゃん。ごゆっくりどうぞ」


 二宮弟は、本当に一瞬で何処かに立ち去った。アイツ、絶対逃げ足速いタイプだ。

 

「ごゆっくりどうも」


 二宮弟が居なくなったドアに向かって呟くと、二宮くんがまた私にキスをし出した。


 二宮くんとのキスは、脳みそがドロドロに溶けそうなくらい、気持ちが良い。


「優しいね、二宮くんは。二宮弟のこと、赦してあげるんだもん」


 唇と唇の間に隙間が出来た隙に、言葉を挟み込む。


「しょうがないじゃん。俺が弟を赦してやらないと、冴木が悲しむだろ。そうすると、アイツが冴木に手出し始めるから」


「手なんか出して来ないって。それに、悲しんでる姿も見せないし。だって、二宮くんの前でしか泣いちゃダメなんでしょ?」


「そうだよ」


 会話が終わると、またキスをする。


 夢中で求め合いながら、唇を引き離してでも言いたいことが私にはあった。


「大好き。渉」


「俺も智香が大好きだ」



 やっぱり私は、もう誰も好きにならないよ。


 キミ以外、誰も。














「ねぇ、渉。後でLINEID教えて」


「ははは。俺ら、まじで友達期間すっ飛ばしてんのな」


「ホントにね」


「ねぇ、智香。たまには教科書忘れて来いよ。ていうか、週3で全教科忘れなよ。また一緒に机くっつけて授業受けようよ」


「たまには渉が忘れてよ」


「無理。俺、うっかりキャラじゃない」


「確かに。となると、私なのか」


「だから、初めからそう言ってるだろうが」


「……くっ」










 もう、誰も好きにならない。



 

 おわり。



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