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92.魔界――6

「――終わった、のか……?」


 未だに息を荒げたままのユイが呟く。

 だが、誰もそれに応える事はない。

 俺もまた、どこにも魔王の気配が感じられないのを分かっていながら緊張を解く事が出来ないでいた。


 そのまま時間は過ぎていき、やがてシドがゆっくりと剣を納める。

 それと前後して、俺の身体も魔人の姿へと戻っていった。

 その段になってようやく他の面々もそれぞれ臨戦態勢を脱する事が出来た。

 少し移動してやっと身体から力が抜けていくのを感じる。


「リフィス。魔王(グナルゴス)の奴は死んだと見ていいんだな?」

「……はい。確かに最後の魔法が直撃したのを確認しましたし、その後はどこにも気配を探知できませんでした」

「こちらも、です。……アズールさんはどうでしたか?」

「二人に同じくだ。魔王討伐は成った。そう捉えていいだろう」

「ま、そうだよな。っつーかこれでまだ生きてるようだったら流石にキツい」


 正直、まだ完全に警戒を解くには至らない。

 グナルゴスの奴の力はそれだけ此方の想定を超えていた。

 だが、俺と違って探知能力に優れたこいつらが口を揃えるなら大丈夫だろう。

 そう考える事で意識的に自分を納得させ、魔王はきちんと倒したのだというように振る舞ってみせる。


「ああ、そうだ。これはファリスに返しておくよ」

「ん?」


 ジールが手渡してきたのは焔銃から取り外したE(エレメンタル)マガジン。

 ひとまず受け取って収納魔法に収める。


「…………」

「なんだ、俺がコレを持ってるのが不満か?」

「い、いや……」


 と、その様子を複雑な表情で見ているユイに気付く。

 勇者の思考はキィリの読心でも読めないらしいが、今何を考えているかなんて事は実に分かり易かった。

 俺の方から訊いてやると、ユイは露骨に視線を彷徨わせた。


「心配しなくても、俺だってこんな過剰火力使う事はもう無いだろうよ。欲しいってんならくれてやっても構わねぇが、お前(人間)なら百年もすれば寿命だろ? それから誰とも知れない奴の手に渡るくらいなら、最初から俺の収納魔法の端で腐らせといてやるってんだ」

「……なら、いっそ破壊してしまうのは……」

「それはまた別の話だ。使うつもりは無いが、万が一にもまたコイツの力が必要な時が来ないとは限らない」

「…………分かった。それなら、お前に任せる」


 その沈黙の中にどれだけの逡巡があったかは分からないが、俺には関係ない事か。

 Eマガジンの処遇も決まったところで、話はこれからの事に移る。


「――こうして魔王を討伐できたわけだが。ファリス、お前はこれからどうするつもりだ?」

「人にものを聞く時は、まず自分からってな。予想はある程度できるが」

「私は……王に一度、魔王を討伐し脅威の根源は絶たれた事を報告するつもりだ」

「その後は?」

「勇者として私が頼まれたのは、人々を魔族の脅威から守る事。まだ地上界(カーキエス)には人間に仇為す魔族も残っている……それに対処しながら旅をしていく事になるだろう。というより、今更他の生き方は思いつかない」

「ゲームのエンディング後そのままだな」

「放っておけ。それより、私は自分の事を話したぞ」

「別にお前が話したからって俺がそれに倣う義理は無いんだが――」

「ここまで煽っておいて、私だけに話させたまま逃げるような真似もしないのだろう? 流石にもう分かっている。それに、ここで話さなければ無用な疑いを生むのを理解できないお前でもないはずだ」

「チッ……」


 軽くからかってやると、ユイは動じるどころか逆に煽り返してきた。

 ……無駄に経験を積ませ過ぎたか。変な耐性つけてやがる。


「まぁいい、隠す意味も無いし教えてやるよ。別に俺がする事はこれまでと変わらねぇ」

「お前を脅かす魔王はもういないが?」

「そっちじゃねぇよ。確かに面倒なタイムリミットは無くなった。だから俺は、まだ会ってない[英雄]共を適当にからかって過ごすつもりだ」

「私もお供します」

「あの、わたしも一緒に……」

「面白そうね。それなら私もついていかせてもらおうかしら」

「お? それじゃアタシも」

「…………。好きにすればいいさ。お前らなら邪魔にはならないだろ」


 すかさずといった調子で口を挟んできたリフィスにエマが続き、白々しく手を上げてみせたキィリにジールまで便乗する。

 全く理解できない反応、というわけでもないが。

 まさか全員俺についてくる事を選ぶとは思わなかった。

 俺が呆れていると、それを見たユイがくすりと笑みを零す。


「なんだ、お前も私と似たようなものか」

「は?」

「[英雄]……お前のいう『セグリア・サガ』で仲間になる人たちと関わるという事は、少なからず面倒(イベント)に力を貸すという事だろう? なんならお前ともまた目的が一致する事があるかもしれないな」

「俺はこれ以上息苦しいのは御免だ。……とにかく、一度地上界に戻るぞ。魔界にはもう大した用事も無いからな」


 そう言って炎龍を生み出し、門のある東へ飛び立つ。

 魔王を倒した事で俺のレベルも幾分上がった為だろう。しれっと全員が乗り込んでいるにも関わらず、ここに来る時より負担は軽く感じる。


 ゲームだったらエンディングにでも入るところだろうが、ここは現実だ。

 クリア後の要素が出尽くした後も世界は続き、イベント(出来事)だって次々と生まれていく。

 俺の知るセグリア大陸の更に先には、一体何があるのか。

 遠いようでいずれ確実に訪れる事になる未来へ少しだけ思いを馳せ、俺は一際強く炎龍の翼を羽ばたかせた。

 というわけで、完結です。

 拙い作品でしたが、ここまでお付き合いくださった皆様に感謝です。

 来週からは現在水・木曜に更新している「更生魔王の帰還」を火曜にも更新していきますので、

 よろしければそちらの方もお願い致します。

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