76.エルハリス――17
「……で? こうまでして話したい事ってのは大層重要な事なんだろうな」
「ああ、そうだな。先ほども言ったが……私は、お前も仲間だと思っている」
ユイの口から出たのは、やはりというべきか変わらない世迷言だった。
諦めてはいた事だが、聞き間違いじゃなかったか。
なんなんだ? 気づかなかっただけで実はからかい過ぎてたのか?
思わず頭を抱えつつも、どうにか反論は返す。
「……いや、待て。俺はお前の仲間の仇だぞ? あの騎士の事はどうでもいいのか?」
「まさか。そんなはずはない」
普段なら間違いなく激昂していただろう言葉にもユイは落ち着いて切り返してくる。
鎮静剤……メーゼめ、余計な事を。
今頃は寝ているはずの狂科学者に内心で毒づいている間にもユイは言葉を続ける。
「確かにお前はクロムの仇だ。それは変わらないし、その事についてお前を許す事は出来ない」
「許してもらおうとも思わねぇがな」
「だが……お前は命の恩人でもある。私も、仲間も、お前が居なければ何度命を落としていたことか」
「それは俺の都合の為にした事だ。お前が勝手に想像しているような親切じゃない」
「だとしても、救われたのは事実だ。それに……」
「なんだ?」
「今お前は、クロムを殺した事についてどう思っている? 今のお前があの時に戻ったとして、同じ事を繰り返すか?」
そう俺に問いかけるユイの声は平静そのもので。
だからか、俺もつられて考えてしまう。
もし今の俺がユイたちと最初に戦った時に戻ったら、同じようにクロムを殺していたか。
答えは否だ。
もちろん罪悪感とかそんなくだらない理由じゃない。
だが……騎士として、武勇に秀でた素質を持っていたクロム。
そいつを失った事は惜しいと、確かに思う。
「………………」
「その様子だと、違うようだな」
「勝手に心を読むんじゃねぇよ。それにお前の想像は外れてるからな」
「いいや。そして、それが分かれば十分だ。これ以上お前を憎む理由はない」
「そんな事を言うためにわざわざメーゼの奴に借りまで作ってきたのか?」
「実は結構前から答えは出ていたんだ。……ようやく言えた。今まで迷惑をかけたな」
「まるで、これからは迷惑をかけないような言い方だな」
晴れやかに笑うユイに、どうにか憎まれ口を返す。
その言い方だと、コイツはこれまでの挙動不審の裏でずっとこんな事を考えていた事になる。
少しツボを突いてやれば一言二言で頭に血を上らせるコイツが、ツボどころか最大の急所と言っていい内容についてずっと悩んでたってのか。
「……やっぱりバカだろ、お前」
「はは、相変わらず手厳しいな」
「もう気は済んだか? 俺もいい加減眠いんだ」
「何時間も寝るより一瞬人化を解いた方がよほど効率的とか言ってたのはどの口だ? 折角の機会だ、もう一つ聞いておきたい事がある」
「聞くだけでもタダじゃねぇんだぞ」
「これから……魔王を倒した後、お前はどうするつもりだ」
お前もそんな事を言うのか。
別に危険な魔族を警戒してるってんならまだ分かるが、アズールの奴にしろ今のユイにしろそんな素振りはまったく無い。
重い溜息をついてから、うんざりした声を作って答える。
「何も考えちゃいねぇよ。っつーか決戦の前にそういう話をするのは死亡フラグだって知らねえのか?」
「……。まさか、お前の口からフラグなんて言葉を聞く事になるとはな」
話を逸らそうと適当な事を言うと、ユイはまじまじと俺を見てそう呟いた。
なんとなくバツが悪い気がしてそっぽを向く俺に構わずユイは言葉を続ける。
「私は魔王の脅威を退けるために召喚された勇者だ。その後に残るものは何もない」
「レミナ辺りがそれ聞いたら泣くんじゃねぇの」
「そういう意味ではないんだ。だが……全てが終わったなら。その時は、お前についていくのもいいかもしれないな」
「おい。どうしてそうなる」
「返さないといけない恩もあるし、お前が妙な事をしないか見張る必要もある」
「言ってる事が無茶苦茶だぞ。敵なのか味方なのかはっきりしろ」
「私とお前の関係だ。それくらい複雑でちょうどいい」
「……おい。ちょっと待て、近づいてくんな」
下手したら俺以上にいい加減な事を言いながら、椅子から立ったユイはこちらへ近づいてくる。
何を思ったか、ベッドに二人並んで腰かける形になった。
この分だとまだ帰る気は無いらしい。
そう察した俺の口から、今日一番の溜息が零れた。




