74.エルハリス――15
――ジールがオリハルコンの剣の扱いのコツを掴んだ日の晩。
魔力の回復を待つ以外は特にするべき事もなく、俺は自室のベッドで休んでいた。
そんな時、ふとノックの音が部屋に響く。
扉の向こうの気配は……特に隠れてる奴が居るんでもない限り、一人か。
「鍵は開いてる、用があるんなら勝手に入れ」
「ふぅん。随分と不用心じゃないか」
……ん?
聞こえてきたのは意外な声。
俺の事は毛嫌いしてるはずの勇者……ユイが何故ここに?
「おいおい、お前の部屋は向かいの端だろ。よりによって俺の部屋に来るとか、間違うにしても酷過ぎんだろ」
「酷いのはどっちだ。私は、お前に用があってこの部屋に来たんだ」
「……へぇ。なんだ、夜襲か?」
「似たようなものかな」
……いよいよ異常だ。
表面上は普段通りを装いつつ、密かに警戒を強める。
なんだ、何がどうなってる?
様子を窺ってみれば、普段ユイが俺に対する時いつもあった敵意も、妙な気後れや戸惑いのようなものも感じられない。
平静と言えば聞こえはいいが、これまでにないパターンの異常事態に違いはない。
「別に何でも構わねぇが、今は無駄に魔力を浪費してられる状況じゃないってとこから説明し直す必要は無いよな」
「分かっている。話をしに来ただけだ」
「話、ね……。なら先に俺から一つ聞きたいもんだ」
「なんだ?」
「今のお前の様子はおかしい。何があった?」
「少し落ち着いてるだけで随分な言いぐさだな。流石に傷つく」
「……っ」
いや、少し落ち着いてるとかそういうレベルじゃねぇから!
傷つくとかそういう発言も合わせて、もはや有り得ないとさえ言ってもいい。
そもそもコイツが本物のユイなのかも怪しくなってきた。
面倒だな……こういう話はリフィスやキィリあたりに任せたいもんだが。
「まぁ、種を明かすとメーゼの薬のおかげなんだけど」
「……メーゼの?」
「ああ。この機会にお前とは一度、話をつけるべきだと思っていた。だが、どうにも毎回お前のペースに乗せられてしまうからな」
「クスリに頼ってる時点で話にならねぇよ。言いたい事があるってんならまた明日にでも素面で出直してこい」
「問題ない、意識も思考も正常だ」
「操られてる奴ってのは皆そう言うんだよ」
そうは言ったものの、ユイは部屋の机に陣取って一歩も引く様子を見せない。
力尽くで追い出してもいいが、この分だと全力で抵抗してくるだろう。
そうなれば手間がかかるのはもちろん、後に面倒な遺恨を抱える事にもなりかねない。
これまでだって適当にからかいながらも、協力関係を維持するのに支障をきたさない程度を見計らってコントロールしてきた。
それが台無しになるのは出来るなら避けたい。
……仕方ない、か。
溜息を一つ吐いて気分を切り替え、布団の上で身を起こす。
「……分かった、付き合ってやる。それで、話ってのはなんだ」
「じゃあ、単刀直入に伝えるとしよう。――私は、お前の事も仲間だと思っている」
「………………………………」
「待て、何処へ行く」
「メーゼんとこだよ! すぐに解毒させるから大人しくしてろ!」
「落ち着け。先も言ったが私は正常だ」
「やっぱり今のお前はどう見ても異常なんだよ! とにかく離れろ、くっつくんじゃない!」
部屋の外に出ようとすると腕にユイがしがみついてくる。
さっきから有り得ない事の連続で、悪夢でも見ているのかと錯覚しそうになる。
いや、夢で済むならどれだけいいか。
「ファリス様、失礼しま――」
騒いでいたのが聞こえたか、扉が開き顔を見せたのはリフィス。
頼れる忠臣は俺とユイの姿を目にすると、時間が止まったかのように凍り付く。
「り、リフィス、ちょうどよかった! この勇者メーゼの薬のせいで様子がおかしいらしい、至急ヤツを連れてきてくれ!」
「…………はっ! ファリス様の仰せの通りに!」
脳裏に差し込んだ嫌な予感に従い、急いでリフィスに現状と指示を伝える。
驚くような手際の良さでメーゼが連れてこられたのは、その数分後の事だった。




