56.聖山ダグラット――2
絶え間なく押し寄せる種隷を返り討ちにし続ける事しばらく。
しかし向こうも懲りねぇな……消耗戦でも気取ってやがるのか?
先刻の無茶な飛行の疲労から回復したらしいアズールも種隷の対処に加わるが、特に会話を交わすこともなく淡々と作業をこなす。
「――ファリス。あのさ……」
「なんだ、名案でも思い付いたか?」
テントから出てきたのはジール。
際限なく現れる種隷は一々スキルを使うより力業で叩き潰す戦法の方が向いてるし、何より無駄に消耗されちゃ休ませた意味がない。
どうせ手伝うとでも言いだすんだろうし適当に追い払おうとしたんだが――。
「どうだろ……名案かどうかは分かんないけど」
「お?」
続いた言葉は意外なものだった。
これは内容も脈アリか? と確認の意味も込めてキィリを見ると……読心能力を持つ少女は椅子に腰かけたまま舟をこいでいた。おい、休むなら引っ込んでろよ。
……まぁいい。
意識をジールに戻し、黙って先を促す。
「ファリスってさ、移動用に炎の龍を作れただろ」
「元々の目的は移動用じゃねぇが……アレで山頂まで送ってけってんなら無理だぞ。出力に対して荷物が多すぎる」
「それは分かってる。けど、そこのアズールって水将なんだろ? じゃあ、二人で作れば――」
「駄目だな。そもそもアレは無理して三人が限界だし、俺の見込みじゃ奴だって似たようなもんだ」
「あぁいや、そうじゃなくて……それなら、二人で一体の龍か何かを作ればいいんじゃないかって。魔法でも技でも、力を合わせれば強くなる。あんたから聞いた事だけど」
「む……」
それはゲームで設定された合成技の話、ってのは置いておくとして。
実際ゲームには無かった組み合わせでも効果があるのは確認済みだし、一考に値するのは確かだ。
心情的には奴との協力なんざ御免だが……そうも言ってられないか。
「……コイツはそう言ってるが。どうだ」
「……この状況から抜け出すためなら、試す価値も無いとは言えないな」
背を向けたままそう言ったアズールの表情は見えないが、おそらく苦虫を噛み潰したような顔をしているんだろう。
元々互いに仲が良いとはいえない四天王だからか、属性によるものか、俺とアズールはどうにも相性が悪い。それは向こうからしても同じだったらしい。
「まったく……そう毛嫌いし合ってる場合じゃないのは分かってるでしょ、二人とも」
「……てめぇはいつの間に起きたんだ。キィリ」
「別に寝てたわけじゃないし?」
横から口を挟んできたキィリは何食わぬ顔でそういうとテントの中に入る。そしてリフィスたち中で休んでいた面々を連れて出てきた。
「流石に作業中も並行して敵を撃退するってのは無理があるでしょ。それくらいの時間はわたしたちで稼ぐわ」
「アズール、時間はどれくらいかかりそう?」
「済まないが、実際にやってみない事には何とも」
「そう。無理はしないでいいから」
テントを手早く片付けたユイたちは短く言葉を交わして配置につく。
……上手くいくかはともかく、試さないわけにはいかないか。どちらからともなく溜息をつき、それまでテントがあった場所でアズールと向かい合う。
「……このようなややこしい真似をせずとも、お前が第二形態になれば済む話だろう」
「そんな理由で死んでたまるか。それにアレは寿命削ってんだぞ」
「魔界の炎の精霊に寿命など、あって無いようなものだろう」
「うるせぇ。御託はいいから始めるぞ」
「ベースはぼくが作る。お前は適当に合わせろ」
「馬鹿言え、お前が俺に合わせろ」
睨み合いながら魔力を練るのは同時。翳した手の先に渦巻く熱気と冷気が生じる。
やがて熱気は炎に変じ、冷気は氷へ変わり、その二つは互いを喰らうように激しく勢いを増して成長していく。
「く……」
「ッ……」
そして生まれたのは獅子の鬣と四肢を備えた体長5m程の竜だった。その身体は燃え盛る氷に構成されている。
さしずめ氷炎獅竜ってところか。
って、これは――!
「おいリファーヴァント、悪ふざけなどしている場合か!」
「こっちの台詞だ馬鹿野郎! 勘違いしてるヒマがあったら制御に意識を回せ!」
詳しくは知らないが反作用って奴か? 生まれた竜はある意味成功で、そしてある意味では大失敗だった。
その備えたエネルギーは十分過ぎる程だったが、身体は今にも自壊しそうで何より四天王二人がかりで抑えるのがやっとの暴走状態と来てる。
「如何なさいました、ファリス様!?」
「まだ問題ない、とりあえず完成した! 全員早く乗り込め!」
「え、それって一体どういう――」
「説明してる暇は無ぇ! ユイ、お前も早く乗れ!」
「わ、分かった!」
「行くぞ――振り落とされんなよ!」
とにかく急かして全員を乗せた直後、竜は咆哮を上げて砲弾のような速度で飛び出した。
後ろから何やら聞こえた気もするが俺もそれどころじゃない。
竜はどうにか真っ直ぐ山頂を目指して突き進み……あっという間に山頂まで辿り着いた。




