40.ギレムス遺跡――5
「くっ……」
「そう緊張するな。俺がついてんだ、死なせやしねーよ」
「は、はい!」
確かに目の前の怨骸が放つ威圧感はそれなりのものだが、俺が分析する限りじゃエマたちとの差も圧倒的ってほどじゃない。
気圧されている様子のエマに声をかけると、弱腰だった身体にきちんと力が入ったのが分かった。……自分で言っといてなんだが、言葉一つでここまで変わるものなのか?
リフィスの方はわざわざ俺から何か言うまでもなく、既に臨戦態勢を整えている。
「って、サボるなよキィリ――キィリ?」
「うぅ……この敵……ちょっと、相性悪いかも……」
ふと振り返ると、キィリは顔を青ざめさせてさっきまでのエマとは比べ物にならないほど震えていた。
面倒な敵を前にしているとはいえ、どこか超然とした普段とのギャップに首を傾げ……読心の影響かと一人納得する。人造ゴーレムの残骸に憑りついた怨念の意思が流れ込んでいるのだとすれば、なるほど結構キツいだろう。それも俺ならともかく、能力以外はまだ一般人に近いキィリなら尚更だ。
「……気に入らねぇな」
「ファリス様?」
半ば無意識に零れた独り言にリフィスが反応する。
普段なら情けないと一笑に付すところ……むしろ俺の方からやり込めてやろうと画策するくらいだったはずだ。
だが、今のキィリを見ていると何故か心が苛立つ。
気づけば俺は手元に出していたナイフを消し、本来の得物である大剣を生成していた。
「気が変わった。俺がいく」
「畏まりました」
「わ、分かりました。お気をつけて」
下がる二人と入れ替わりに進み出る。
その動きに反応したのか、怨骸の罅割れた頭部から覗く赤い光がギョロリと蠢いた。
「ォォオオ……」
「黙れよ。『剛撃』」
無造作に距離を詰め、敵が反応するより早く両手で握った大剣を振り下ろす。
小さく抵抗を感じたのもつかの間、鋼の身体を両断しても剣の勢いは収まらず床に深々と食い込んだ。一瞬遅れて切り口が爆発する。
「ふん、他愛ない。……ジール、探してるナイフってのはあれか?」
「ファリス様!」
「ん?」
炎剣を消した俺の目に、変わった形の刃を持ったナイフが転がっているのが見えた。壁際へ近づき拾い上げた俺にリフィスが警告する。
なんだ?
さっと辺りを見渡すと、爆散した恨骸の破片から怨念が立ち上るところだった。
俺が放った炎に焼き尽くされる寸前、怨念が無差別に放った魔力の刃が部屋中を飛び交う。
それ自体は障壁を張って防いだが、その直後に嫌な振動が部屋を揺るがした。
咄嗟に出口の方を見ると、ちょうどせり出した壁が通ってきた通路そのものを押し潰すタイミング。
更に最悪な事に、今いる部屋も少しずつ小さくなってくる。
おいおい、どういう事だ……この罠は情報と違うぞ?
俺は実体無いから潰されても平気だが、他の奴らはそうもいかないだろう。
入って来たのと反対側の壁には一つ扉がある。あからさまな誘導に乗るのは癪だが、背に腹は代えられない。
「って、これは……」
「石像?」
扉を開けると、そこにあったのは通路ではなく悪趣味な像を置いた小さな空間。
それは悪魔がこちらにナイフを突き出し嗤っているというもので、壁には“命惜しくば贄を捧げよ”刻んである。
……なるほど、読めた。誰か一人を犠牲にすれば部屋の収縮を止められるって事か。
罠の作り主からすれば、これを見て愚かな盗掘者たちが仲間割れして殺し合うのが理想ってところだろう。なんとも性格の悪い事だ。
盗掘者が一人だった場合? どうあっても助からないんだろうよ。
改めて見てみると、怨念が憑りついていた人造ゴーレムの破片は宙に溶けだしている。アレも怨念と魔力が生み出したハリボテに過ぎなかったって事か。
「…………アタシの我儘でこんな事に巻き込んで、悪かったね。ナイフも見つかったし、もう思い残す事はな゛っ゛!?」
「誰がこんな巫山戯た像に従うかよ」
こういうとこだけはゲームのイベントで犠牲になる時と同じセリフを吐こうとするジールの頭に拳骨を一発。舌を噛んだか涙目で口元を抑える銃士の少女は放っておいて、ムカつく像を爆破する。
「あ……あんた、何を!」
「別に自棄起こしたわけじゃねぇよ。そもそも最初に会った時の事を忘れたのか?」
次いで部屋の反対側へ。
もともと出口があったのは……この辺か?
適当に辺りをつけて壁に手を押し当て、魔力を練る。
「――世界を巡り統べる焔をここに。始祖の恵みにして終焉の災厄よ、我が命の下に立ち塞がる悉くを灼き払え! 『爆炎波』ッ!」
久々に放つまともな詠唱の一撃。荒れ狂う魔力は爆炎となり壁を吹き飛ばす。
立ち込める砂塵が晴れた時、そこには当初あったものより一回りも二回りも幅の広い通路が出来ていた。




