22.邪木霊の森
この村に近い魔の森といえば……邪木霊の根城だ。
邪木霊は災魔の一種で、瘴気に冒された木霊のなれの果て。
元が樹木と共に生き、暮らす森が汚染されても逃げられない種族であるため、コイツらが森の外に出ることはない。
だが……その分、森の中で敵に回すと厄介でもある。
いざ戦うとなると四方八方からの攻撃を凌ぐ必要があり、レベル以上に苦戦するのは間違いない。
「――それじゃ、彼女はもう……」
「いや、悲観するには早い」
思考を読んだらしいキィリが息を呑むが、俺はまだエマが生きていると感じていた。
いや……生かされていると、言うべきか。
頭で思い浮かべるだけで通じるにしても思考を読み取られっぱなしってのは気に食わない。
森の方向へ駆けながら説明する。
「敵は引き篭もりの邪木霊。そこに来たのは久しぶりの獲物。次がいつかも分からない来客となれば、相応の歓迎はするだろうよ」
「……悪趣味な考え方ね」
「はっ、何を今更」
とはいえ真っ当な思考をしていれば、外敵に気付いた瞬間遊びは止めるだろう。
ギリギリまで気付かれず、奴らの動きより迅速にとなると……。
……そういえばコイツらどっちも、俺の正体隠す必要ないんだよな?
それにここは俺が侵略した南部からはだいぶ離れている。
炎将リファーヴァントの姿を知る奴も碌に居ないはず。
「リフィス、キィリ」
「わたしの感知できる範囲には誰も居ないわね」
「……同じくです」
「お前らは森の外で待機してろ、役に立つ保証がない」
返事は聞かない。
人化を解いて力を取り戻した足で強く地を蹴り、俺は見えてきた魔の森を目指した。
「思えばこの姿も久しぶりだな……」
正体バラすリスクを負う必要も無かったし、キィリが旅に加わってからはずっと人化したままだった。
それにもだいぶ慣れてきてはいたんだが……やはり元の姿の方が馴染む。
一度飛び上がって森の規模を確認。
樹木の密度こそ高いが、そこまで広がっている森でもないのが幸いした。
探知は苦手だが、隠れているわけでもない孤立した人間一人を見つけ出す程度、造作も無い。
案の定敵に追われているらしいエマの反応が確認できた。
勢いのままに、更に加速していく。
森に入った。ここからはスピード勝負だ。
邪木霊に勘付かれるまでに標的の元へ――!
『マタ・ライキャク?』
『コッチノホウガタノシソ――ヴッ!?』
「ちッ……!」
樹木から人間の上半身が生えるように現れる。
一撃で殺るつもりで蹴りつけたが、ホームグラウンドの邪木霊を仕留めるには甘かったらしい。
吹き飛ばした頭部が再生し、虚ろな目に憎悪が宿った。
バレたからにはもう気を遣う必要もない。
蹴りと同時に生じる爆発で加速し、炎で邪魔な木々を焼き払い、この姿で出来る最高速度で駆け抜け――。
「あ――」
「――ラァッ!」
間に合った。
まさにエマの命を刈り取ろうとしていた邪木霊を横合いから殴り飛ばす。
ファリスとして恩を売れなかったのは勿体ないが、間に合っただけ良しとするか。
様子は……いくらか傷を負ってるな。治すか。
「紅い、魔人……?」
「『炎癒』」
「熱っ……」
他に治癒系の魔法のレパートリー無かったから仕方ないが、ファリス=俺だと分かるような言動は避けるべきだろう。
魔人姿で恩を売る必要もないし、喋らなければ問題ないはず。
それより今気にするべきは……。
『テキ・・モリ・コワス・テキ・・・』
『ケケ・・テキ・コワス・・・』
『コワス・・コワス・・・』
周りに生えた木々から邪木霊たちが姿を現す。
その数は数十程度じゃ効きそうにない。
……どうやってエマを生還させるか、だな。




