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霧雨のまどろみ  作者: metti
第四章 魔法王国アルシータ
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20.再会の約束



リノの家を訪れてから数日。

出発の準備を整えたキリたちは、アルムに挨拶をしに彼女の家を訪れていた。



あの夜、そのまま出発しようとしたキリを「待て待て」と止めたのはイシュだった。

キリとしては一刻も早くティンドラへ行きたかったのだが、実際はそう簡単にはいかない。


今ティンドラは戦争中だし、アシュトルはフォミュラと共に前線にいる。

ティンドラに行くのだって大変だし、そこまで旅するのであれば、それなりに準備もいる。

そもそもいきなり訪ねていったって、話ができるかどうか分からないだろ、と。


おろおろしながら困ったように諭された辺りで、キリもようやく少し落ち着いた。

どう考えても冷静ではない自分にも気づき、頭を冷やす意味でも準備を整える意味でも、出発は少しだけ先延ばしにされたのだった。



その間に、フォミュラには出発を伝える手紙を送り、旅に必要な物を用意して。

王宮にも顔を出し、リノやネイアには挨拶を済ませている。

顔は結局見ていないが、ジェドが無事に退院したという話もその時に聞いていた。


そうして、いよいよ出発という段階になって。

ふと、アルムはどうする?という話が出た。

リノに挨拶はしたものの、一番関わりのあった彼女に何も言わずに去るのも可哀想だ。

一応顔くらいは見せていくか、とキリたちはアルムの元を訪れたわけだが。

訪れたキリとイシュを出迎えたのは、彼女だけではなかった。


「キリさん、イシュさん?」

「あれ、ピア」


どうやらすっかり元気になったらしいピアが、猫耳を揺らしながら首を傾げて迎えてくれる。

出発の挨拶をしに来たことを伝えると、アルムと共に眉尻を下げて惜しんでくれた。


「ししょーには聞いたけど。本当にもう行っちゃうの?」

「ああ。一週間ってのは別にもういいんだけど、ちょっと用事ができたからな」

「そうなんですか……すみません。結局大したお礼もできなくて」


悔しげに目を伏せたピアは、ややあってから「あの」と顔を上げた。

イシュとキリに交互に視線を合わせ、改めて頭を下げる。


「本当にありがとうございました。ジェドもお陰で大事ありませんでしたし」

「もう家に戻ってるんだっけ?」

「はい。もうピンピンしてます」


今日も朝起きたらもう出かけてて、と苦笑するピアに、イシュが笑う。


「そんだけ元気なら心配要らねえな」

「元気すぎてむしろ心配だけどね。だいじょーぶ、また無茶しないようにボクがちゃんと見張っとくから!」

「一緒になって無茶しないように、ピアさんも目を配っておいてくれると助かるよ」

「任せてください」


えーっと上がった抗議を横に肩をすくめ、キリは荷物を担ぎ上げた。

イシュに目配せして、むくれたアルムとくすくす笑っているピアに向き直る。


「じゃ、そろそろ行くよ。ジェドにもよろしく」

「はい。伝えておきます」

「またアルシータに来る時があったら声をかけてよ!ボクたちも師匠も、待ってるからさ!」

「おう。またどっかでな」


手を振って見送ってくれる二人に手を振り返し、キリたちは彼女の元を後にした。



検問を通る前にイシュはトカゲの姿に戻り、定位置であるキリのポケットに潜り込む。

そうして再び看板を掲げた店や宿屋の立ち並ぶ通りを歩いていると、初めてここを訪れた時のことを思い出した。

感慨に耽りながら歩くうち、見覚えのある宿屋が視界に飛び込んでくる。

他と同じように営業を再開できたらしいことに安堵を覚えつつ、キリは宿の前を通り過ぎた。



繁華街を抜け、街路を辿る。

門まであと少し、といった所で、横合いの道から小柄な影が飛び出してきた。

ぶつかりそうになって慌てて足を止めると、相手もキリに気づいたのかこちらを振り向いた。

たたらを踏み、踏みとどまってから、視線が合う。


飛び出してきたのは、ジェドだった。

急いでいたのか息を切らしていて、どうやらどこかへ向かう途中だったらしい。



「「あ」」



声が重なった瞬間、ぷいっと視線が逸らされた。

そのまま暫く、沈黙が続く。


キリなど無視して行ってしまうかと思ったのだが、彼は立ち去ろうとはしなかった。

ジェドはキリから顔を背けたまま、ただただ宙を睨んでいる。


これ以上彼の機嫌を損ねるのも良くないし、さくっと立ち去るのがいいだろう。

フォローはきっとアルムたちやピアがしてくれる。

そう考えたキリが当たり障りのない言葉を紡ごうとした時、彼が口を開いた。



「……色々、ごめん。ありがとう」



目を瞠ったキリが何か言う前に、ジェドは大きな声を上げた。

逸らされていた目は真っ直ぐにキリを射抜き、力強い光を宿している。


「それだけだ!言っとくけど、俺はお前を認めたわけじゃないからな」


そして再び顕にされる敵意に、キリは目を瞬いた。

少しして、そういえばまだジェドは勘違いをしたままなんだった、と気づく。

それと同時に思わず吹き出してしまい、ジェドが肩を怒らせて睨みつけてきた。


「何笑ってんだよ!」

「いや、うん、ごめんな。悪かった。私もひとつお前に謝らないといけないことがあったんだ」

「は?」


心当たりがないのか、彼は眉根を寄せて訝しげにこちらを見上げてくる。

それでも、堪えられない笑みはどうしようもなくて。

多分相当嫌な奴に見えてるんだろうなと思いながらも、キリは腰を落としてジェドと視線を合わせる。


「そんなに心配しなくたってアルムを取ったりしないよ。よく間違えられるけど、これでも一応、私は女性なんだ」

「…………はあ!?だってアンタ、一言も」

「わざと訂正しなかったことは認める。だから、謝るよ」


だから迷惑とかそういう色々は、これでお相子な、と笑いかける。

ジェドはしばらく、やや不満げにキリを睨んでいたものの、やがて諦めたようにため息をついた。


「……分かった」

「ま、頑張れよ。見たところ脈はありそうだし、後はお前が素直になれるかどうかだろ」

「なっ」



顔を真っ赤にしてぱくぱくと声にならない声を上げるジェドは、普段の生意気さの欠片もない年頃の男の子の顔だ。

ずっと警戒心に遮られていた彼の素顔をようやく垣間見れた気がして、キリは今度こそ声を上げて笑った。




















馬車の中で揺られながら、キリは一冊の手帳を取り出す。

トカゲの姿のまま、イシュもちょろりと肩に上り、手帳を覗き込んできた。


この手帳は、別れ際、リノから受け取ったものだ。

数日しかなかったからそう多くは調べられなかったけど、と本人は断っていたものの、大雑把に眺めてもそこそこの分量がある。

ありがたい事だ。


参考になりそうな著書や論文と、その内容が簡易に書き連ねてある頁を流し読みしながら捲る。

その中の一つに目を留め、キリは目を瞠った。


フォートの研究、と題された項。

まとめてある内容は他の研究とそう変わらなかったが、一つだけ、注釈があった。


写本は禁書指定、アルシータ王宮図書館に貯蔵。外部閲覧不可。

原本行方不明。



頁を繰る手を止め、キリは思い返す。

リノはこの手帳をくれた時、こう告げた。

『これはあくまで、私が知る限りの概要に過ぎないわ。もしも詳しい内容が知りたいなら、自分で捜しなさい』と。


リノはアルシータの軍人だ。

つまり、公人であり、国に仕えている。

本来であれば、とてもではないがキリに協力できる立場ではない。

そんな彼女が、わざわざ外部閲覧不可の禁書をここに挙げる意味。

……それは多分、彼女ができる最大限の譲歩と恩返しの結果なのだろう。


そして、言外に彼女が明かしてくれた、フォートという名。

これはどう考えても、アシュトルと無関係とは思えなかった。

何故アルシータに彼の痕跡があるのかは不明だが、何かしらの繋がりがあるのは明白だ。



「……やっぱり、どこまで行ってもあいつに繋がってるのか」



苦々しく呟き、鼻を鳴らす。

さんざん遠回りをした上、スタート地点に戻された気分だ。


忌々しい気持ちは捨てきれないが、これから先の道のりに変更はない。

キリはこれから、アシュトルに会いにティンドラへ戻る。



再びパラパラと手帳を捲ると、僅かなメモではあったがリノ自身の推論も書き連ねられていた。

キリには正直理解できなかったが、恐らくこの先の魔法陣構築の助けになることだろう。

最後の頁の、行く先の幸運を祈るという一言を最後に、文字は途切れる。



手帳から視線を上げ、通り過ぎてゆく景色へと目を向ければ、肩に乗っていたイシュがちょろりと膝に降りた。

再びポケットに潜り込んでいく背中を追って、キリは目を細める。


例え、あの嫌味魔神に「わざわざアルシータまで無駄足でしたね」と嫌味を言われたとしても。

そんな事ないと胸を張って否定できるくらいには、キリには味方ができた。

静かにポケットを眺めて口元を緩め、瞼を下ろす。



ティンドラとグラジアの戦争。

イシュと父親との確執。

アシュトルとの対決。


ティンドラへ向かう旅路の先に待ち受けるものは、幸運ばかりではないだろう。

ただ、隣を歩いてくれる誰かと、先行きの幸いを祈ってくれる誰かがいる。

その先で、待っているだろう誰かがいる。


何よりも、その先へと自分を突き動かす声がする。

心穏やかならずとも、覚悟を決めるにはそれだけで十分だった。



約束された再会。

それが果たされる日は、そう遠くなく。




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