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霧雨のまどろみ  作者: metti
第四章 魔法王国アルシータ
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7.抜き足差し足、忍び足




赤く夕暮れに染まりつつある梢の間を抜けながら、キリは静かに森の中を進んでいた。

相変わらずしんとした静けさの中、音や足元の痕跡を辿って奥へと進む。


本来ならこんな時間に森の中で探し人などするものではないのだが、時は一刻を争う。

例えば怪我をして動けなくなっていれば、一晩は何とかなったとして、二晩を越えられるかどうかは賭けだ。

事件に巻き込まれているとすれば、最悪だって考えられる。


嫌な想像を振り払うようにして、キリは人の気配を探して森の中に目を凝らした。




町を出る前に一応兵士と話をしてはきたが、得られたものは少なかった。

アルムの情報に加え、一人で出て行ったこと、その後今に至るまで門を通ってはいないこと。

一人で外に出ようとしたジェドに行き先を聞いた兵士がいて、森へ行くと告げていたこと。

そして、今の状態では搜索に人手は割けないことを再び告げられただけだ。


ひとつ救いと言えそうなのは、どうやらアルシータの軍も森の異変を怪しいと感じているらしいことだ。

森へ向かうと門を出ようとしたキリは引き止められ、そう遠くないうちに調査をするから近づくなと警告を頂いた。

同様にジェドを静止してくれれば話は簡単だったのだが、今更言っても仕方がない事だろう。


それはともかく、この状況で何時になるのかも分からない調査を待てるほど、キリは気が長くない。

異変の原因を探るのは任せて、とりあえずはジェドを何とか連れ帰るのが目的だ。



ちなみにアルムは一緒に行くと譲らなかったので、ジェドの姉の面倒を見てやって欲しいと言い含めた上で、念のためヴィーに番を任せてきた。

置いてきぼりを食らうと解ったらしいヴィーも不服そうに机を尻尾で叩いていたが、こっそりと「アルムが無茶しないように見ててやって」と告げたら大人しくなった。


というか、危険な場所に連れていって何かあったらフォミュラに顔向けできない。

ヴィーは頼りにはなるけれど、それ以上にキリが守る必要のある存在だ。


……砦の時のことを思うと、アルムと一緒に後をついてくる可能性を否定できないが。

まあ、アルムは病人を一人で放ってくるような子じゃないだろうし、それならばヴィーも大人しく留守番することを選んでくれるだろう。




さて。

そんなこんなで森の奥へ奥へと進んできたキリだったが、唐突に前方に人の気配を感じ、息を詰めた。

草葉の陰に隠れるように身を潜め、微かに視認できる人影に目を凝らす。


暗くなりかけた視界では、満足に姿を捉えるのは難しい。

だが、その後ろ姿には見覚えがあった。


宿で見かけた亜人だ。

頭まで覆ってしまうようなフードで顔を隠してはいるが、その背格好には見覚えがあった。

服の間から僅かに覗く青い肌が、うっすらと光って見える。


少しの躊躇いの後、キリは彼を追いかけることにした。



事故ならともかく、事件に巻き込まれたというなら、先日見かけたフードの連中が関わっていると見て間違いない。

闇雲に探すよりは、関係のありそうな人物から辿っていくべきだろう。


例えば、こんな夕暮れの森の中、一人迷わずに森の奥へと進んでいく亜人の男とか。




















そして、だいぶ森の奥へと進み、先日キリたちが三人組を目撃した岩場を少し過ぎたあたり。



先程から、彼は立ち止まっては辺りを見回すことを繰り返している。

何かを探しているかのような素振りに、気づかれただろうかと不安がよぎった。


見失ってしまわない程度に距離を取る。

そのまま草陰に潜んで様子を見ていれば、彼は目的のものを見つけたらしく動きを止めた。

ゆっくりと音を立てないように岩陰に近づき、岩を覆っている植物を剥がしにかかる。


息を潜めてそれを見守っていると、やがて彼は植物を剥がし終え、現れた洞窟の中へと入っていった。

彼の姿が暗闇の中に完全に消えたのを認め、キリもそっと動き出す。



音を立てないように洞窟に近づき、辺りの様子を確認。

特に罠のようなものがないことを確かめ、洞窟の前へと足を進めた。


大きな岩場に隠れるように穴を開けた、大きめの洞窟。

天然の空洞だろうかと一旦身を引きかけて、キリはふと自分が持ち上げている蔦に視線を投げた。

眺めているうちに覚えた小さな違和感は、やがて確信へと変わる。


――いや、違う。

これは、人の手によって隠された洞窟だ。


森を歩いている最中にアルムが顔を突っ込んだ枝垂れ葉とは、葉の形も大きさも違う。

恐らくどこかから蔦性の植物を持ち込んで、魔法か何かで成長させたのだろう。


出入りの度に魔法を使うのは面倒だろうが、見つかる危険は少ない。

魔法ってやっぱ便利だよな、と思いつつ、キリは湿った空気が流れてくる洞窟を覗き込んだ。


中は暗闇、光源一つない。

一つ息を吸って吐き、足を踏み入れる。



空気の流れがあることで予想はしていたが、洞窟は随分と深かった。

これ自体も魔法か何かで作ったものかもしれないな、と思いつつ、キリは奥へと進む。


その道中。

足元に感じた違和感に、キリは足を止めた。


かがみ込み、何らかの部品だったのだろう糸や割れた水晶体を拾い上げる。



「……解体されてる、のか?」



ばらばらにされてはいるが、恐らく罠だったものだろうと窺い知れた。

先に進んだ誰かがやったことは間違いなさそうだが、一体誰がそんなことをしていったのだろうか。


部品を放って歩きながらそこまで考えて、ふと気づく。

先ほどの亜人、どうして洞窟の入口を閉ざしていかなかったのだろうか、と。

状況から考えるに、あの入口は恐らく出入りの度に魔法で隠蔽されていたはずだ。


考えられる可能性は幾つかあるが、有り得そうなのは二つだ。


ひとつ、キリの尾行に気づき、入口を開けたままにしていった。

ふたつ、尾行に気づく気づかないに関わらず、そもそも入口を閉じる必要がなかった。


一つめだとしたら明らかな罠だ、ほぼ確実に待ち構えられているだろう。

そして二つめは、あの亜人がここを根城にしている者たちの仲間でない可能性だ。


仕掛けられていたであろう罠や細工が分解されて転がっている以上、二つめの可能性は高い。

敵の敵は味方、であってくれればいいのだが。



ふ、と溜息を吐いて、踏み出したその先に。

何かを踏みつけたような違和感。


「あ」


まずいと思う間もなく、足元から床が消える。

いや、考え事をしていたのは認めるが、まさかこれだけ解除しておいてベタな罠が残っているとは思わないだろう普通!


落ちる間際、咄嗟に淵に手をかけられたのは幸運だった。

ぶら下がったまま下の様子を伺うと、どうやら広めの空洞になっているようだ。

高さは多少あるが、キリであれば余裕で着地できる。


少し考え、キリは這い上がるのではなく、飛び降りる道を選んだ。



理由は二つ。

見下ろした視界の端に、檻のようなものを捉えたこと。

そして、その空洞のどこにも、見張りらしい気配がなかったこと。


罠に侵入者が引っかかったのだから、相応の反応があって然るべきだ。

だが、反応がないどころか、物音一つさえしない。

とするとこの落とし穴は、牢獄か何かにそのまま繋がっているのだろう。


見たところ下は普通に地面のようだし、牢獄ならば奥まった場所に位置しているはずだ。

探し物をするにしても、きっとその方がやりやすい。


軽い着地音と共に着地したキリは、一つ息をついて立ち上がる。

落とし穴は再び閉じて、辺は静寂と暗闇が支配していた。



濃くなった暗闇に慣れるために何度か目を瞬き、改めて周りを見る。

そして、そこに広がった光景に、キリは言葉を失った。



ようやっと出てきた声は掠れている。



「……何だよこれ」



降り立ったのは、予想通り岩壁に囲まれた檻の中。

そこに閉じ込められていたのは、キリだけではなかった。


亜人のこどもたち。

ぐったりと耳を垂らして壁に寄りかかっている子もいれば、だらりと身体を地に投げてぴくりとも動かない子もいる。

一番多いのは、身を守るかのように丸くなって横たわり、瞼を閉じている子どもだ。



そして何より、キリの動きを止めさせたのは。


蔓延する、病気の気配。

湿って澱んだ空気、停滞して弱りきった鼓動。


命の気配が感じられないその光景は、背筋を凍りつかせるには十分だった。



知らず、口元を押さえる。

健康な人間でも、いるだけで病気にかかってしまいそうな空気だった。

彼らがどうしてこんな場所にいるのかは分からないが、こんな所に何日も、下手すれば何週間もいたのだとすれば、明らかに無事ではないだろう。


――今、キリ一人でなんとかできることではない。

見つかる前にここを出てこの惨状を国に知らせ、応援を呼んでくるのが最善だ。


頭の冷静な部分はそう告げていたが、目にしたものの衝撃はキリの思考を奪うのに十分だった。

呆然と辺りを見回したキリの視界に、見覚えのある帽子が入ってこなければ、暫くそのままだっただろう。


まさかと目を凝らした視線の先、彼は膝を抱えて壁に寄りかかり、目を閉じていた。

思わず息を飲み、搾り出すように名前を呼ぶ。



「ジェド!」



駆け寄ると、彼はうっすらと目を開けた。

明らかな高熱に汗が浮き、焦点は定まっていない。

だが、それが誰の声なのかはわかったらしい。


くしゃりと顔を歪め、彼はふいっと顔を背けた。

小さくかすれた声が耳朶を打つ。


「……何しに来たんだよ」


弱っている以上に、この状況が情けないらしい。

力の入らない身体で精一杯虚勢を張ってみせるジェドに、キリは眉根を寄せた。


「それを聞きたいのはこっちだよ。なんでお前こんな所にいるんだって話だ」


返ってくるのは沈黙だ。

まあ当然だわな、と半ば諦めつつ、キリは力が入らないらしい彼の身体を担ごうとかがみ込む。

背中にしがみついててもらうのが一番いいかな、と思いつつ背を向けたところで、


「……さんが」

「え?」


答えが返ってくると思っていなかったキリは、掠れた声を聞き落として首を傾げた。

俯いた彼の表情は、読めない。



「姉さんが、会いたいって言ったから」



……キリには彼の事情はよく解らないが。

まあ、どうやら彼にも理由はあったらしいと、とりあえず納得しておくことにした。


とりあえず背中に、と言いかけたところで、彼が瞼を閉じていることに気づく。

安心した為か高熱の為かは不明だが、どうやら意識を落としたらしい。

抱えていくしかないかと溜息を吐いて、キリはジェドに視線を落とす。



――そうだ、優先順位を間違ってはいけない。

キリは、ジェドを探しにここに来たのだから。


ひとつ息を吸って吐き、キリはジェドを抱えて立ち上がった。



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