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霧雨のまどろみ  作者: metti
第三章 帝国グラジア
66/92

16.念願叶って



囮が功を奏したか、それとも面子が優秀だったか。

親衛隊の突入から裏門の制圧までは、割とすぐだった。


気絶、あるいは血を流し倒れた機械人をそのままに、遊撃隊は迅速に砦への侵入口を確保する。

引っ掻き回して離脱する形ではないようなので、このまま突入するつもりだろう。

恐らくそう経たないうちに、ティンドラの勢力が雪崩込んでくるはずだ。


それに、これだけ派手にやらかしたのであれば辺りにも騒ぎは伝わっているはずだ。

建物の影に隠れたまま辺りを見回し、表門の方へ走り去る兵士の後ろ姿に気づいてキリは小さく舌打ちする。

このままだと、遠くないうちに後門で起こった戦闘に気づかれるだろう。

さっさと抜け出さないと、今度はここで本格的な戦闘が始まってしまう。


キリとしては戦闘に巻き込まれる前に何とか離脱したいのだが、門を塞ぐ相手は顔見知りだ。

いっそ他人の空似で押し通せないだろうかと考えながら再び門の様子を伺った所で、キリは門の方からこちらへやってくる人影に気づく。


どうやら、先程見回りの兵士を殴り倒した所を誰かに見られていたらしい。

顔ぶれによっては強行突破かな、と思いつつキリは近づいてきた人物の顔を確認して。

驚きにぱちりと目を瞬いた。



こちらへやってきたのは一人。

敵地で単独行動とは随分な慢心だが、実力の裏返しでもあるのだろう。


知らない人間ならまだしも、キリはよくよくそれを知っていた。



「おい。そこにいるのは――」



近づいてきた声が途切れる。

まんまるくなった榛色と目が合った。


「コーネル」

「お前……まさか、キリか?」


目を丸くした彼は、はっとしたように周囲を見回して。

仲間の視線が届く場所にいないことを確認してから、改めてキリに視線を戻した。

上から下まで視線を走らせ、怪訝そうに眉を顰めて。


「どこから湧いて出た、お前。今度はグラジアで探し人か?」

「え」


と声を上げてから、行方不明の家族を探してるという設定で話をしたことを思い出す。

そう遠くないうちにティンドラを離れると話したから、殉死という話を信じていなかったのだろう。

ついでにこの様子だと、竜人の里で起こったことも知らなさそうだ。


意外と落ち着いているコーネルに驚きながらも、キリは「まあそんなとこ」と適当に言葉を濁した。

それから少し考えて、他の隊員が考えそうな事を口にしてみる。


「というか、私が元々グラジアの側である可能性は考えないのか?」

「グラジアのスパイが何で機械人どもに侵入者扱いされてるんだ」


ご最も。

どうやらキリが発見されたところから目撃されていたらしい。

無意味な質問だったな、と頬を掻くキリに、無遠慮な視線が降ってくる。


「それを別としても、実際不審者だがな。何だその格好は」

「間に合わせなもんでね」

「……こうして見ると明らかに女性なんだがな」


だぼついた服は着られない程ではないにしろ、所々で身体の線が露になっている。

複雑そうな呟きに肩を竦め、キリは「それはそうと」と声を上げた。


「砦を出たいんだけど、裏門通してくれないか?」

「……その格好でこの状況で、武器も持たず、砦の外へ行く気か?」

「え、うん」


頷くと、彼は渋面で黙り込み。

ややあって長い溜息と、貴族が使うにしては随分と荒い素材の外套が降ってきた。


驚くキリの頭に、ばさりと乱暴にフードが被さる。


「来い。ついでだ、保護してやる」

「へ?」

「武器がないなら一般人も同然だろう。野垂れ死にするのが関の山だ」


保護。

ティンドラの駐屯地に世話になる、ということだろうか。


考えてもみなかった選択肢だが、キリにしてみれば渡りに船だ。

砦から出た後の合流に困っていたわけだが、ティンドラに行けばアシュトルがいるはずだ。

アシュトルと連絡が取れれば、フォミュラにも繋ぎを付けられる。


思ってもみなかった申し出だ、正直ありがたい。

けれど、とキリは思わず聞き返した。


「いいのか?」

「何がだ」

「死んだことになってるだろ」


誰がとは言わなかったが、察したらしいコーネルは面倒くさそうに鼻を鳴らして。

まあ知り合いに顔を見せるのは避けたほうが賢明だろうが、と前置きをしてから、言葉を紡いだ。


「キリ・ルーデンスはもういない。敵軍に捕まった一般人を保護することに何の問題がある?」


ばっさりと因縁も柵も切って捨てたような言い草に、キリは思わずコーネルを見上げる。

目を瞬くキリに再度鼻を鳴らし、彼は腕を組んだ。


「今度はどう呼べばいい?ミストか?それとも他の名前か?」

「……ミストで」

「解った。時間もない、さっさと行くぞ」


有無を言わさず外套の上から腕を掴まれ、建物の影から引っ張り出される。

揃って建物の影から出て行くと、門の付近で戦闘態勢を整えていた隊員たちがざわめいた。


敵地の様子見に行った副隊長が不審者連れてきたらそりゃ驚くよなと、キリはフードの下で生ぬるい笑みを浮かべる。

そんなキリの隣で、コーネルが一言。



「一般人女性を一人保護した。機械人に捕えられて乱暴されていたようだ、ついでに連れて帰るぞ」



機械人を素手で殴り倒す人間が一般人かどうかは謎だが、現状としてはあながち間違ってもいないのが悲しいところだ。


ついでに、キリとしてはこの状況そのものもちょっと複雑だった。

剣を持てない以上仕方ないものの、訓練で伸していた奴等に保護保護と言われるのがなんだか悔しい。

誰に聴かせるつもりでもなかったが、そんな気持ちがぽろりと漏れた。


「それにしても、親衛隊がこんな前線まで出張ってくるとは思わなかったな」

「事情が事情だからな」

「ていうか、さっきからついでついでって言うけど何のついでだよ」

「今回は捕らえられた捕虜の解放が任務だ。目的は制圧じゃない」


可能なら制圧したかったが難しそうだな、と続く言葉。


ということは、表のあれは囮だったのか。

それにしては随分と大規模じゃないか、と困惑するキリだったが、問いかけを口にする前に砦の裏門から放り出される。

このまま放置かと胡乱げな視線を向ければ、少し離れた場所にある岩影を示された。


「捕虜運搬用の馬車を用意してある。とりあえず隠れてろ」

「……牢屋の場所は?」

「把握している。余計なこと考えてる暇があるならさっさと乗れ」


半ば強制的に岩陰に押し込まれ、キリは渋々と馬車に乗り込んだ。

さっさと踵を返すコーネルの後ろ姿を見送って幌布を下ろし、小さく息を吐く。



幌布のお陰で外こそ見えないものの、感度の高い耳は拾いたくもない音まで拾ってしまう。

騒ぎが起こってからこっち、わんわんと響いてくる戦場の音に、じわじわ疲れてきていたのは事実だ。


フードの上から耳を抑えれば、ゆっくりと音が遠ざかっていく。

服のポケットから這い出したヴィーの鳴き声だけがふと近く聞こえて、閉じていた瞼を持ち上げた。


「……大丈夫だよ」


何やら問いかけるかのような、伺うかのような鳴き声と共に、てしてしと尻尾がマントを叩く。

その頭を撫でてやりながらそれだけ呟き、キリは息をついて目を閉じた。

















数刻もしないうち、遊撃隊の面々と救出された捕虜を載せて馬車は出発した。

当然ながら戦場は迂回するルートを取ったが、荒野で馬車は目立つ。

途中で何度か機械人に発見されて襲われ、撃退したり引き離したりを繰り返し。


もうすぐ戦場を抜け、ティンドラ軍の後方に出られるかと思った矢先のことだった。



急な爆音と共に、馬車が大きく揺れた。

馬車の所々で小さく悲鳴が上がる。


先程までのように標的を見失った魔法でも飛んできたのかと思ったが、何度かあったそれは馬車を揺らすのが精一杯だった。

にも関わらず、今回はゆっくりと減速したのち、ついには停止してしまう。



止まってしまった馬車にざわつく幌の中、キリも流石に眉根を寄せた。

まさか、今の攻撃でとうとう車輪でも壊れてしまったのだろうか。

隊員たちが総出で防御魔法を掛けているから、ちょっとやそっとじゃ傷はつかないはずなのだが。

馬が驚いているくらいならいいが、どうやらその気配もない。


まずいな、と思いつつフードの下で視線を巡らせ、親衛隊の隊員たちが外に出ていくのを見やる。

ティンドラ側に近いとはいえ、ここはまだ戦場の範囲内だ。

一度停止してしまったら、いい的になるしかない。


多少の焦りを滲ませつつ外の様子を伺っていたキリは、出て行った隊員たちがざわつく声を聞いて目を瞬いた。



「お前は……!?」



次いで、その中に珍しく焦りを含んだコーネルの声を聞き、眉を顰める。


どうやら襲撃のようだ。

先程は走行しながら魔法で反撃して事なきを得たようだったが、今回はそうもいかなかったらしい。


相手が相応の人数であるならば、隊員だけでは間に合わない場合も考えられる。

いつでも飛び出せるようにしておいた方がいいか、と腰を浮かせたキリは、


「全く、間に合わんかと思ったぞ。足止めもあれだけ蹴散らせるとは大したものだ」

「褒めている場合ではありません」


耳に届いた声に、はっと息を呑む。

それは聞き覚えのある――というよりは、完全に、知っている声だった。



ディアノス。


続いた声は恐らく牢屋で見た、あの副官っぽい護衛の兵士だろう。



全く信じ難かったが、聴こえてくる会話の主は聴けば聴くほど間違いなくディアノスだった。

あの人を小馬鹿にしたような声音も、偉そうな話し方も、キリはよく知っている。

一体どうして、と混乱する頭で考えた時、尊大な態度の声が告げた。



「野盗の真似事をする羽目になるとは思わなかったがな。――積荷を置いていってもらおうか」



積荷。

それはつまり、捕虜のことだろう。


大した利用価値があるとも思えないそれを、彼がわざわざ追いかけてくる理由があるとしたら。


――ひとつしか、ない。



背筋がすっと冷える。

冷たくなった指先が、床板を掻いた。



胸のあたりを抑えて早くなる鼓動を諌めつつ、キリは大きく一つ息を吸って吐いた。


外が見えない以上、相手の戦力はわからない。

だがキリには、隊員だけでは戦力が間に合わない予感がひしひしとしていた。

そもそも、王族がきちんとした供もつけずに戦場を出歩くわけがないのだから。


少なくても一個分隊、といった所だろうか。

こちらにも捕虜だった兵士たちがいるとはいえ、彼らは傷を治す間もなかった者ばかりだ。

戦力にはならない。



そこまで状況を分析したキリは、ぎゅっと唇を噛んで立ち上がった。


このまま隠れていたところで、何とかなるとは思えなかった。

ここで親衛隊や兵士たちを巻き添えにするくらいなら、大人しく出て行くべきだろう。

……出て行った所でキリ以外を見逃してもらえるかどうかは、交渉次第だが。



幌の外では会話が途絶え、剣戟や魔法の飛び交う音が響き始めていた。

親衛隊、ひいてはこの馬車の乗員が全滅する前にこの状況をなんとかしなければ。



外套を翻して幌から飛び出し、キリはざっと辺りの状況を確認する。

予想通り、一個どころか二個分隊ほどの機械人と親衛隊が乱戦になっているのが見て取れた。

数の上でも倍、明らかに劣勢……というよりは全滅まで秒読み状態だ。


そして、乱戦になっている地帯を挟み、馬車の反対側。

少し離れた場所でその様子を見ていたディアノスと目が合い、彼の頬が吊り上がる。

揶揄するような笑みと共に手招きされ、キリはぎゅっと奥歯を噛んだ。




震えそうになる足を叱咤し、赤茶けた土を踏みしめる。

覚悟を決めて駆け出そうと、睨むように見据えた、その先。


余すところなく戦場を見渡して悠然と笑みを浮かべる、ディアノスの瞳に。

いつか見た嗜虐の光を見つけ、キリはすうっと頭が冷えるかのように覚めたことを自覚した。

そして、気づく。


これは、キリに向けられたものではない。

キリの背後、幌の中の力持たぬ捕虜と、このままだと嬲り殺されるであろう親衛隊に向けたものだ。



――ディアノスにはもう、彼らを生かして返す気はない。

交渉の余地など、


最初から、なかったのだ。



「ぐあっ……!」



悲鳴。

腕を斬り飛ばされて蹲る、――あれは確か、ヴァルガと言った。

すぐに他の隊員が助けに入ったが、このままでは時間稼ぎにしかならないだろう。


遠くで響いていた戦場の音は、もう目の前だ。

視界の端で紅が散った瞬間、キリは足の震えが止まったことを自覚した。



詰み、と。

あいつはもう、そう思ってでもいるのだろうか。


「――ざけんな」


ぽつりと呟いた声は戦場の悲鳴にかき消され、誰にも届かない。

外套の下、もぞりと蠢いた彼以外には。



緊張で握り締められていた拳に篭る、新たな力。

足を竦ませていた怯えと躊躇いは、とうに空の彼方へ吹っ飛んだ。


そして、キリは、今更のように思い出す。





ああ、そういえばあいつまだ殴ってなかったな、と。






ふ、と意図せずして笑い声が漏れる。


冷たかった手足に血が通う、熱い感覚。

それが何なのか、考える前に足は地を蹴っていた。



唐突に現れたフードマントの人物に、兵士たちは容赦なく攻撃を加えてくる。

それを最低限の回避と受け流しだけでいなし、見据えるのはただただ前だ。


ディアノスの隣にいた副官が、忌々しげな表情で剣を構えた。

そして、真っ向からこちらに向かって斬りかかってくる。


武器を持たないキリに、この剣戟を受ける術はない。


――が、


一瞬で生まれた魔法障壁が剣を阻み、副官の怜悧な表情が驚きに染まる。

その隙に脇をすり抜けたキリに向かって、ディアノスが取り出した武器を投げつけてきた。


空中で網のように広がった絡め糸のようなそれは、恐らく捕縛用の罠だろう。

避ける術があるわけもなく、そのままのスピードで突っ込むキリを正面から絡めとろうとしたそれは、


キリの懐から飛び出した赤い翼が吐きつけた炎に溶かされ、消えた。



「何!?」

「殿下!」



流石に上がった驚愕の声と、副官の叫び声。

それを遠くに聞きながら、キリはまっすぐにディアノスの懐に入り込む。



この際だ。






「一発二発と言わずダースは覚悟しろクソ野郎ッ!!」






硬く握り締めたキリの拳が、彼の頬を捉えた。





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