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霧雨のまどろみ  作者: metti
第三章 帝国グラジア
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15.なんかすごいのきた



翌朝。

ヴィーと共に無事に朝日を迎えたキリは、訛った身体を軽く動かしながらその時に備えていた。


約束の二日が過ぎようとしているからでもあったが、どうも砦の様子がおかしいのだ。

昨晩あたりから、何やら砦の中が浮き足立っているような雰囲気がある。

今朝だって、暗いうちから騒がしく動き回る音が響いていた。


昨日のディアノスの態度といい、何かが起きたことは間違いない。

そして、これから大きく状況が動くだろうことも、キリにはなんとなく感じ取れていた。



そして、日が完全に登ってから数時間。

そろそろ昼に近い時間帯になった頃のことだ。



俄かに外から届いた大きな破裂音に、寝台に腰掛けていたキリは窓へと視線を投げた。

そして刮目し、がばっと窓から身を乗り出す。


砦の外、少し離れた場所から、煙が上がっていた。

そして窓の下に見えるのは、重装備の兵士たちが武器を手に煙の方へと向かっていく姿。



来たか、と呟いて、キリはヴィーを肩に乗せたまま立ち上がる。

相変わらず病人服な上に裸足だが、この際文句は言っていられない。

幸い怪我をするような足元ではないし、建物の中で何か探すしかないだろう。


扉に手をかけてみるが、機械仕掛けで閉ざされているのだろうか、力を込めても開かない。

破壊するのも時間と手間がかかるな、と早々に諦めて、キリは窓へと踵を返した。


備え付けられたそれは、幸い人一人くらいなら出入りできる大きさだ。

問題は部屋の位置だが、確認したところ、これはもう見事に最上階だった。

地上まで12,3mといったところだろうか。

怪我をした状態であれば大丈夫だと踏んだのだろうが、残念ながらほぼ全快したキリにとってはこのくらいの高さは大した障害にならない。


ただ、このまま外に出るのもな……と、窓から軽く身を乗り出して周囲の窓を確認する。

そして幸運にも階下に開いた窓を見つけて、キリは口元を吊り上げた。



「落ちんなよ、ヴィー」



きゅあ、と微かな声と共に、肩を掴む小さな手に力が篭った。




キリが滑り込んだのは、どうやら休憩室だったらしい。

爆発のおかげか無人の部屋を通り過ぎ、近場の倉庫に潜り込む。


そこで衣服の予備は見つけたものの、残念ながら身体の大きい機械人用のものばかりだった。

仕方なく長い裾を織り込んで身に付け、詰め物をして合わない靴を履く。

靴擦れの一つもできるだろうが、文句を言っている余裕はなかった。



辺りの様子を伺いながら廊下を走るキリの耳に、なおも爆発音が飛び込んでくる。

距離があるため衝撃はないが、立ち上る煙は増え続けていた。

一向に収まる気配のない騒ぎを訝しく思い、キリは眉を顰める。


最初の爆発は陽動か何かかと思ったのだが、それにしては騒ぎが大きすぎる。

それでいて、本命であろう砦の中で何かが起こっている様子もなかった。

侵入者どころか、機械人たちの姿さえほとんど見当たらない始末だ。


その上、チートと化しているキリの耳には、悲鳴や剣戟の音も聞こえる。

段々と大きくなってきた気がするそれに、嫌な予感を隠せなかった。




――これではまるで、砦のすぐ外が戦場になっているかのようだ。




その時、一際大きな音とともに振動が建物を揺らした。

ポケットから顔を覗かせたヴィーが、短くも鋭い鳴き声を上げる。

警告するかのようなそれにちらりと視線を落とし、キリは奥歯を噛みしめた。


振動が収まったのを確認して、再び走り出す。



「何があったんだよ一体……」



知らず漏れた言葉は、大いに困惑と驚愕を孕んでいた。














外で戦闘が起こっているのなら、身を守る術は必要だ。


様子を伺いに立ち寄った武器庫の前には、非常事態とはいえ相変わらず見張りの姿があった。

少し悩んでから踵を返し、キリはそのまま階段を駆け下りる。


剣があっても、満足に使えなければ意味はない。

変に武器に頼ろうとして失敗するくらいなら、最初から持たない方が気楽だ。

武器を奪われて窮地に陥る心配もない。



何階か下に降りてから適当な窓を開け、ひらりと外へ飛び降りる。

途端、遠くから響いていた様々な物音が真っ直ぐに耳に届いて、キリは息を呑んだ。



怒号。

剣戟、銃声、爆発音。


悲鳴。



耳を塞ぎたくなる衝動をやり過ごしながら、機械人の姿を見つけてキリは壁際に隠れた。

砦の奥はともかく、流石に外はしっかりと固められている。


さてここからどう動くか、と砦の外壁を眺めていると、ヴィーが鳴いた。

驚いて視線を落とすと同時、地面が揺れる。



「っ!」



先ほどと同じか、もしくはもっと強い揺れ。

膝を突いて耐えるが、今度の揺れは酷く長かった。


機械人たちは浮遊装置のようなものを起動させているが、酷く狼狽しているのが見て取れた。

どうやら、この揺れは機械人ではなく相手方が仕掛けてきているらしい。

砦の向こう側はキリには見えないが、何が起こっているのだろうか。


この戦闘の相手がティンドラなら、グラジアは有利に立っていていいはずなのに。


そう思った刹那、遠くから聞こえてきた叫び声に、キリは目を瞬いた。

それはその単語に心当たりが全くなかったからでもあったし、その声が酷く切羽詰まった声音だったからでもあった。


聞き間違いか何かかと、正直信じがたい気持ちが頭を擡げる。



けれど、悲鳴は伝播する。

外からの声は人を介して内へと入り込み、今度は確かにキリの耳に届いた。


明らかな恐怖が含まれたその単語が、揮われる力と共にこの地に響く。




――魔剣使いだ、と。
















「魔剣、か」



キリとしては、一番気になるのはその出処だった。

魔法に関する文献はいろいろ漁ったが、魔剣という単語はついぞ聞いたことがない。

ティンドラでそんな研究をしていたという話も聞いたことがないし、寝耳に水だ。


少しだけ心当たりを悩んでから、結局キリは考えるのをやめた。

この騒ぎにフォミュラが関わっているのであれば、その辺りは追々情報が手に入るだろう。

対峙しなければならない訳でもないし、今は保留でいい。



さて、キリはこれからどうするべきか。


この騒ぎが思ったより大規模なものであることが解った以上、無闇にとっこんでいくのも憚られた。

そもそもこの騒ぎにフォミュラがどんな風に関わっているかも解らないし、何処にいるかも解らない。

合流しようがないなあ、と思いつつ、キリは一つ唸りを上げて。


「ヴィー、お前フォミュラが何処にいるか解るか?」


小さく帰ってくる返事に元気はない。

ため息をついて、「そうだよなあ」と頭を撫でてやる。



とにもかくにも、何とかして砦を出なければ話にならない。

だが、出入り口は裏表共に厳戒態勢をとって見張られている。


砦の中に侵入される危険性を考えれば当然だが、中にいるキリにとっても面倒くさいことこの上ない状態だった。

それでも表から出て争いに巻き込まれるよりは、裏から出たほうが危険な目にあう可能性は少ない。

建物の陰に隠れつつ裏門へと向かうキリだったが、門が見えてきたところで鋭く声が響いた。



「誰だ!」



あ、やべ。


うっかり巡回中の兵士の索敵範囲に入ってしまったらしく、声を上げた兵士と共に、裏門を見張っていた機械人が数人こちらへ向かってきた。

足音の重さからして完全武装なのは間違いない。


今更砦の中を逃げ隠れしたところで門を塞がれて終わりだ。

撹乱し、隙を見て逃げることに徹すれば、何とか砦を抜け出せるだろうか。


ぐ、と腹に力を込めて、いつでも動けるように構える。

とりあえず最初に手を伸ばしてきた奴は昏倒させてやろう、と拳を握り、キリは近づいて来る足音に耳を澄ませる。


だが、足音がだいぶこちらに近づいてきた頃、門の方から悲鳴が上がった。



「ぐあっ!」

「な、一体どこから、」



剣を振るう風切り音。

重たい鎧が倒れる音。


足音より先に届いたそれに、キリは目を瞬いて視線を門へ向けた。

その目に映るのは、門に残っていた機械人たちを、背後――つまり砦の外から攻撃している人影。


門の侵入者を優先したのか、こちらに向かってきていた機械人たちの足音が遠ざかっていく。

巡回の兵士だけこちらに向かってきたので速攻で殴り倒し、キリは慌てて建物の影に隠れた。



見つからなかっただろうかと心配しつつ、影から侵入者たちを確認する。


……実際、二度見する必要もなかった。

彼らの纏う外套の下から覗いているのは、よくよく見覚えのある制服。

着たことがあるのだから間違えようもない、ティンドラの親衛隊のものだ。


なぜ彼らが前線に出てきているのかは不明だが、人数からして恐らく遊撃隊だろう。

どうやら警備が薄くなる瞬間を狙って裏門を襲撃するつもりだったらしい。

キリは意図せずして囮の役目を果たしたようだ。



表門からここまではそこそこ距離があるし、このままだと裏門が制圧される可能性は少なくない。

この混乱に乗じて脱出できればそれが一番だが、見つからずに脱出するのは不可能だろう。


当たり前だが、ある程度見知った顔だ。

一悶着ある気配しかしない。



これはこれで出辛くなったなあ、と溜息を吐いて、キリは頬を掻いた。





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