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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第5章 知覚の怪異
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⑩友情争奪戦

 それから三人で教室を元通りにして、荷物をまとめて学校を出た。ブザーや電源タップは全部合わせるとかなりの大荷物で、物化は自分で持つと言ったが、説得して途中まで僕が持つことにした。

 そして今、どういうわけか千森に連れられ、僕と物化はアミティエの西にある牛丼屋に来ていた。

「おい店員、特盛り三つだ」

「はぁ? そんなの食えるわけがないだろう!」

「気にするな。今日は私のおごりだ。何せ私は、お前たちの先輩だからな」

 戸惑う店員に千森は「頼むぞー」と念押しし、物化はしぶしぶ席に着いた。

「それで、雨妙うみょう先輩はどうして――」

「うーむ、なんだかその呼び方は堅苦しいな。もっと高校生らしい、……何か他にあるだろう。千森ちゃん――『ちいちゃん』とか」

 今さっき自分で先輩だって言ったくせに。

「……ちいちゃん先輩は、どうしてこんなことを?」

「なに、後輩にご飯をオゴる、というのを一度やってみたかっただけだ」

 千森が満足そうに手をひらひらさせる。手のひらにはガラスの破片が少しだけ刺さったが、幸い大した出血もなく軽い切り傷で済んだようだ。

「いや、そうじゃなくて……」

 言っている間に、店員が牛丼をテーブルに置いて去っていく。

「よし来た」千森は箸を指で挟んで手を合わせ、器を取って食べ始めた。

「先輩は、争奪戦の参加者なんですよね?」

「ん、そうだな」

「一体、何者なんですか?」

 尋ねると、千森は口に含んだものを飲み込み、水を飲んでから答える。

「何者か、と聞かれてもなぁ……」

「その、自分の持っている能力とか、所属している団体とか」

「そんなもの、聞いてどうする?」

「どうするって……それは……」

 改めてそう言われると、返す言葉が見当たらない。

「おい、」物化が箸を止めて、千森を睨みつける。「コイツは貴様の遊びにあれだけ付き合ってやったんだ。質問くらい答えろ」

「ふむ。そうだったな」千森が何か思い出したように言う。「お前は他人をあれこれ詮索するのが趣味のようだからな」

「人を変質者みたいに言わないでください」

 それだけ言って、ひとまず話を聞くことにした。


「私は『妖怪人間』だ。うちの組織ではそう分類されている」

「はあ? 妖怪人間? 早く人間になりたいのか?」

「何を言うか。どこをどう見ても私はうら若き女子高生だろう」

 物化が不服そうな目をするが、間島さんに聞いた内容は伝えてあったので、店内で叫ぶようなことは無かった。けど制服以外はどう見ても小学生だろう。

「所属しているのは国家特異情報局の情報隠滅課。あらゆる手を使って特異な能力者についての情報を隠滅させることを目的としている。『カミカクシ』と呼ばれることもある。組織自体が非公開だから、一般にどういう扱いになるのかは分からんが、まあ、一応は公務員のようなものだな」

「隠滅って、そんな……」

「良いも悪いも、昔から続けられてきたことだ。今更そう簡単に変えるわけにもいかないんじゃないのか? たぶん」

 千森が食べながらそう話す。とても真面目に考えているようには見えないし、ここで善か悪かなんて話をしても仕方ないだろう。

「国家の情報局ってことは、もしかしてこの争奪戦について、詳しく知っているんですか?」

「知ってるぞ」千森はあっさりと答える。「この友情争奪戦――フレンドシップコンペは、平良政義たいら まさよしが主導している、なんだったかな――『特異能力者基本法』だか何だか、それを取り仕切る委員会の構成員を決めるためのものだ」

「ちょ、ちょっと待った!」

 さっきから衝撃的な単語が飛び交っている。特異能力者? 委員会?

 それに、平良政義――

「僕のお祖父さんが、それを主導しているんですか?」

「なんだ、それすら聞いてなかったのか」

 予感はしていた。けど、まさか本当にそうだったとは。

「あー、正確には、構成員の選出を手助けする、協力者を一人選ぶためのものだったかな? 元々は別の人間に任されていたそうだが、数年前から何故かその決定権が平良政義の孫に移された、とか何とか」

「そんな……一体全体、どうしたらそんなことになるんですか」

「さあな。平良政義が何を考えているかなんて、私が知るわけない」

「さあなって……」

「だいたい、私は元々こんな計画、興味なんて無かったんだからな」

「そう、なんですか?」

 興味が無い、というのは争奪戦のことだろうか。

「じゃあ、そのカミカクシはどうしてフレンドシップコンペに参加しようとしたんですか?」

「それは私が参加したいと言ったからだ」

「え? でも今、興味は無いって」

「言ったろう。私は、この国の普通教育を受けていない」

 ファミレスで会った時もそう言っていた。けど、それを今どうして――?

「私は記憶のあるうちはカミカクシの一員で、学校に通ったことなど一度も無かった。だからな、私はこの国の『高校生』というのを一度やってみたかったわけだ」

「……はい?」

「平良政義には感謝しているぞ。あの男のお陰で、私は税金暮らしをしながら、高校生気分を味わうことができてるんだからな」

「……。ああ、それで……」

 理解するとともに、盛大に体の力が抜けていくのを感じる。

「それと、お前たちにもな」

「僕たちが?」

「以前、お前たちが面白そうなことをしていただろう? 置き手紙で呼び出ししたり、昼休みに体育館で競争したり。だから今週は、私がそれを真似してみたわけだ」

「……なるほどね……」

 腹立たしいのは、そう言われると、千森のこれまでの言動や行動に何となく納得してしまうところだ。

 物化はといえば、箸を握ったままで小刻みにプルプルと震えている。

「で、まあ、何故か最近は何もしないから、お前たちもすっかりつまらなくなってしまったのかと思っていたが」

 丼を置き、僕と物化の顔を交互に見る。そして納得したように頷き、

「今日再確認した。やっぱりお前たちは、面白いな!」

 満面の笑みでそう言った。

「ふざけるな!」

 そして再度物化のゲンコツが飛んだが、千森はそれを難なくかわした。


「それじゃあ、私はもう帰るぞ」

 一番に食べ終わった千森が、伝票を持って立ち上がった。体の小さい物化は特盛りの牛丼に悪戦苦闘で、器にはまだ半分くらい残っているように見える。

「ああ、一つ聞きたいが、平良の、」千森が鞄を担ぎながら尋ねる。「お前はこのフレンドシップコンペのことを、今まで家の誰からも聞かされなかったのか?」

「そうですけど」

「なら、お前はこの件、わざわざ調べる必要はないんじゃないのか?」

「え?」

「言われてないってことは、お前の家族はわざと隠しているんだろう? ならそれをいちいち暴こうとするのは、親不孝ってもんじゃあないのか?」

「そんなっ――」

 僕は思わず席を立ったが、答えられなかった。

 父さんやお祖父さんが、自分の家族を騙すような人だと思えなかった。だから、本当のことを言えないのは、きっと何か事情がある。そう信じたい。

 けど、だとしたら、僕はそれを暴いて良いのか?

「ま、私には関係ないことだがな」

 千森がレジで支払いをして、扉を開けて去って行った。




 物化が何とか牛丼を食べ終えて、僕たちは店を出た。

 時刻はもうすぐ六時になる。空はまだ明るく、長い飛行機雲が南に向かって伸びていた。

「――どうしたんだ?」

 駅に向かって歩いている途中、少し先を歩いていた物化が突然立ち止まる。声をかけると、緊張したように手を組んで半身だけ振り向く。

「今回は、その……あ、ありがとう」

「え? 何が?」思いがけない感謝の言葉に驚く。

「……お前のお陰で、あの小学生女にぎゃふんと言わせてやることができた。アイツが反省するとは到底思えないが、これで少しは気が晴れた」

「いや――、こっちこそ、こんな大仕掛けまで用意させちゃって。この防犯ブザーって、もしかして昨日買ったのか?」

「一つは元から家にあったものだ。後の五つは、……私の小遣いで買った」

 そう言って、物化は肩を落とした。いつもよりも更に小さく見える。

「あの……半分出そうか?」

「ふ、ふん。要らん世話だ。これは私がやりたくてやったことだ」

 ぷいと僕に背を向けて、また歩き出す。

 道を曲がると、国道から離れて辺りが静かになる。

「お前は――、」歩きながら物化が話す。「澄奈央のために私に付き合ってくれていた。だが私は、自分のためだけにそれを利用していた。それが結局、お前や澄奈央を危険な目に遭わせた。だから、そんなことはもうやめようと思っていた。その理由も、無くなってしまったから」

 言っているのは幸福プライムが消滅したことだろう。やはり嬉しそうには見えない。

「それなのに、お前が報復したいなどと言い出したのには驚いた」

「ああ、……あのときは、つい勢いで口走っちゃったというか……」

「だがお前の言うとおりだった。どうでも良かったのかもしれない」

「え?」わけが分からず聞き返した。が、ちゃんと聞こえなかったのだろうか。建物の影になっているせいで表情は完全に見て取れなかった。


 それでも道を抜けて駅の真裏まで着くと、まだ眩しいほどの西日が差していた。

「争奪戦――」物化がつぶやくように言い、立ち止まる。

 僕が聞き返す前に、物化はくるりと振り返った。

「例の『友情争奪戦』とやらについてだ。お前は、あの小学生女の言うとおりにするつもりなのか?」

「それは――って、えぇ?」

 これまで物化は、争奪戦についてほとんど口出ししてこなかった。

 けど、そういえばさっきの牛丼屋でも、千森に対して質問に答えるように言ってくれていた。

「もう詮索するのはやめて、何事も無く暮らす方がいいのか?」

「それは、その……」

 答えられなかった。だって、身近な人にまで隠されていると知って、良い思いをする人間なんていないだろう。

「もし、お前自身が納得できないのなら、私は協力したい」

 物化がまっすぐ、いつもの力強い瞳で僕を見ている。

 僕はまた驚いていた。いや驚愕きょうがくしていた。

 けどそれ以上に、何かが腹の底からこみ上げてくるのが分かる。たぶん横隔膜のあたりから、吐き気とか、あくびみたいにも思えるけど、明らかに違う。

「な、なんだその顔は!」

「え? あ、いや……」僕は口ごもった。

 無自覚のうちに、自分でも気持ち悪いくらい、にやけてしまっていたから。

 いかんいかん。大きく息を吸って、少し自分を落ち着かせた。

 そして一歩前に出て、物化の前に手を差し出す。

「協力、よろしく頼むよ、物化さん」

「なっ……!」

 物化はそれに驚くが、恥ずかしいのか、腕を組んで目をそらした。

「ふん、私は当たり前のことを言ったまでだ」

「当たり前のこと?」

「お、お前は悪い奴じゃない。私はその……信頼、している。手助けしても当たり前だ」

「あ……、ああ、えっとそういえば……」

 僕はまたにやけそうになって、慌てて自分の鞄を漁った。

「これ、物化さんのノート、あのグラスと一緒に返してもらっていたんだった」

「へ? ああ、そうだったか、」

 何故か物化も慌てた様子で受け取ろうとするが、手を滑らせて落とす。その拍子に、ノートは地面の上に表向きに開いた。

「あ、ゴメン」僕は屈んで、それを取ろうとする。

「……あれ?」

 ノートに並んだ文字列を見て、何か違和感を覚えた。

「えっと、もしかしてこれ、『フレンド』?」

「はあ?」

 僕はノートを持ち上げて、物化に開いて見せる。そこには三行くらいにわたって『flend』という文字が繰り返し書かれていた。

「フレンドは、f・r・i・e・n・d、だ」

「なんだと!」

 物化はノートをひったくって、自分で書いた文字をまじまじと見つめる。

「……どうやら、まず期末テストを無事に乗り越えることが先みたいだな」

「そそ、そんなこと……、英語ができないくらい、」

「テストで追試になったら、協力どころじゃなくなるだろう」

 そう言うと、物化はまた何か反論したが、僕はそれを退しりぞけて次の週末の勉強会の約束を取り付けた。

感想等ドシドシ頂けたらと思います。


<<予告>>

期末テストを乗り越え、現れるは最凶の能力者、自称『邪神の顕現』。

友情争奪戦の関係者に迫る危機、そして現れる真の黒幕に、和義たちはどう立ち向かうのか。

次回 最終章『命の素粒子』

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