#40 速き猟豹
目がついていけない程の攻撃に、ヒロは大きく吹き飛ばされる。
腹を殴られたことで、気持ちの悪い感覚がこみ上げてくる。腹を抑え、よろけながらもどうにか金髪の男の方に向き直ると、
「…………まさかあんたから来るとは思わなかったよ、倉田ヒロ」
「誰だよお前」
金髪の男は口元に笑みを浮かべると、
「俺の名は大放逐レオン・ヴァンフォーレ。イカれ盲信者共の内の一人だ」
「…………『王』とか何とかに心酔してる奴らか。それで、さっきの口振りだと僕を待ってたみたいに聞こえたんだが?」
ヒロは少しずつ横歩きで、地面に臥す鳴海に近づいていく。
「そうとも。あんたの登場を心無しか期待してたわけだ。自分で確認したほうが早いからな」
「確認? 何の?」
ヒロは鳴海のすぐ傍までどうにか歩み寄った。
レオルはズボンのポケットに突っ込んでいた右手を、ヒロの方に掲げると、
「あんたの能力、さ」
突然、金色の熱風がヒロを襲う。
ヒロは咄嗟に、目の前の地面に蒼鉄製の壁を作り出す。蒼鉄の壁は、ヒロと鳴海目掛けて放たれた熱風を、微動すらせず阻み続ける。
「鳴海、おい大丈夫か!? しっかりしろ」
ヒロは倒れ込む鳴海を少し強めに揺する。
「う、うぅ…………ひ、ヒーくん」
苦悶の表情を浮かべつつも、鳴海はどうにか立ち上がる。
かなりダメージを蓄積させているようで、動き一つ一つがよろけ気味だ。
「あれ? ヒーくんなんで此処に…………」
乱れた呼吸を整えながら、鳴海はヒロに問う。
「いや、でっかい竜巻見えたから。心配になって」
当然、自分の持ち場から離れたわけだから、職務放棄ではある。
だが、そんな細かいことに拘って、幼馴染のピンチを見過ごせないと言うのも、また当然の心情である。
「まぁ、死んでなくてよかったよホント」
「…………わざわざ心配かけちゃってごめん、ホントに。二回目だね」
「普段家事して貰ってるからな。そのお返しだ」
「私がヒーくんにできることは家事程度のことだけど、ヒーくんは私の命を助けてくれた。全然、私のお返し足りてないよ」
「いつも僕を餓死から救ってくれてんだろ。十分過ぎるもん貰ってる」
「無茶苦茶な理屈だなぁホント」
「それにいっつも支えてくれてんだろ僕を。精神的な面で」
「支えられてなんかないよ。私のコレが、ヒーくんをあれだけ傷つけた」
「…………別にもう怖かねぇよ。克服したし」
「手、震えてるよ」
「武者震いだよこんなの。気にすんな」
「顔色、少し悪くない?」
「腹パン喰らったからそりゃ、気持ち悪くもなるわ」
「…………私の手元から、さりげなく視線逸らしてるように見えるんだけど」
「…………意地張ってんの、わかってるだろ」
鳴海が構えている鎖に、ヒロはどうしても見たくないイメージが想起されてしまう。
大抵の″鎖″は見ても平気になったが、やはり自分を瀕死に追いやった鎖と同一のものともなれば、話は別だ。
嫌でも、あの時の苦しみ、痛み、そしてあの声が思い出されてしまう。
心傷はそう容易くは癒えない。
夕凪のカウンセリングがあったとはいえ、完治に漕ぎ付けることは無理な話である。
ヒロが極力平常心を保っていられるのは、意地だ。
単なる意地。
幼馴染にかっこ悪い所を見せたくないという、ただそれだけのこと。
平静な顔をぎこちなく繕うヒロの顔を見て、鳴海はフフッと笑みを零す。
凄まじい熱風の猛威は止み、灰の荒野は暫しの静けさを取り戻す。
ヒロは蒼鉄の壁を消すと、レオルの方へ向き直る。
「聞いたとおり、かなり強固だな、あんたのそれ」
「言っとくが、お前の熱風くらいじゃ砕けないぞ」
「だろうね」
レオルは特に驚く素振りなく返す。
自分の能力が通じないと分かってなお、平然としていることに、ヒロが若干の焦りを覚える。
「能力が通用しないって分かってるなら、さっさと退いたほうがいいんじゃないか? お互いのためにも」
ヒロとしては、レオルとの戦闘をどうにかして避けたかった。
肌にひしひしと伝わるプレッシャーの凄まじさが、ヒロに危険信号を発しているのだ。
「…………何言ってんだ? 俺の熱風が通じないだけだろ?」
「だから、お前の能力が通じないってことで…………」
「そうだよ! ヒーくんの能力ならさっきの竜巻だって…………!」
「俺の能力は熱風を出すだけ。そう思うのはあんたらの勝手さ」
レオルは地面に手を当ててクラウチングスタートの体勢になる。
ヒロは、瞬時に突進が来ると判断し、レオルを阻むシールドをすぐに展開できるよう構える。
「だが、現実はそう甘くはない」
目も眩むほどの光が、一瞬視界を覆った。
「…………ぐぅ!?」
手で目を覆いながら、細めで正面を見やると、レオルのは姿は先程の場所から消えていた。
「しまっ…………」
シールドを展開する間もなく、ヒロの懐に肉薄したレオル。
レオルは両足に金色の熱気を纏っており、周辺が揺らいで見える。
「遅いな」
目に止まらぬ速度で何発も蹴りが打ち込まれる。一撃一撃は軽いが、何発もの高速の連打に、ヒロは思わず両腕のガードが緩んでしまう。
「ヒーくん!」
至近距離から、鎖でレオル目掛けて鳴海が放つも、レオルはそれを軽々と避け、そのまま姿を消した。
「うあああ!?」
鳴海が大きく吹き飛ばされる。
ヒロが後ろを振り返った瞬間、顔面に鈍い衝撃。
「うぐ……ぐぅ…………」
鼻頭を抑えながら、後ろによろけてしまう。
痛みを堪えながら目を開けば、目の前には平然と立っているレオルの姿があった。
「″猟豹疾駆″ 字のごとく、敏捷力を高める能力だ」
レオルはそう呟くや否や、強烈な光とともに姿を消した。
「足にエネルギーを集中することで、一時的に足の筋組織を極限まで強化する。同時に放たれる光のおかげで、相手からは姿が消えたように見える」
声のした方へ振り返れば、ヒロの右真横には、レオルがいつの間にか立っていた。
「全然、私目が追いつけない…………」
「……僕もだ。速過ぎな」
金色の光がまたも放たれる。
「勿論、この能力は無制限に発動できるわけじゃない。相応に体力は使うし、足が急速に熱くなる分、冷却時間を挟まなくてはいけない。無茶しすぎると制御効かなくなるからな」
鳴海の背後に現れたレオンめがけて、ヒロは回し蹴りを放つ。
回し蹴りが直撃する直前、レオルは小さく跳躍すると、低空から数発の小キックをヒロと鳴海目掛けて放つ。
「…………まず初見でこの能力に対抗するのが無茶って話だ。このスピードには、同じくスピード特化の能力でしか対処できねぇから、な」
悠然と着地するレオルとは対照的に、ヒロと鳴海は不格好にも地面に倒れ込む。
圧倒的な戦闘能力の差。
先程までヒロが相手をしていた黒マント集団とは格が違うのだ。
「あの大群よか厄介って…………一騎当千って、こういうことかよ」
「あの黒マント達はアンノウン歴は浅い。能力もパッとしない…………一言で言って雑魚集団だからな。あんなのと俺とを比べられちゃ、困るぜ」
「…………ヒーくんどうする? このままじゃ手も足も出ないままだよ」
鳴海の言葉に、ヒロは「うーむ」と呻るしかない。
ヒロもかなりボロボロになっているが、鳴海のダメージはそれ以上だろう。
レオルの攻撃が今の所打撃と熱風であるため、二人が着ている中学の緑ジャージの損傷は目も当てられないほどではない。少なからず、鳴海の露出が増えてはいない。
だが、問題は肉体的ダメージの方である。
たて続けに加えられた打撃が、ヒロ達の身体の至るところに激痛を残している。
「どうすっかな…………」
ふと、彼方の戦場を見やる。
遠目で薄っすらと、巨大な熊のシルエットが見える。
時折激しい戦闘音が聞こえてくるので、きっと戦闘が再開されたのだろう。あの場では三人のアンノウンが、一人の少女を救うために戦っているはずだ。
「煌上も……煌上達も頑張ってんだよなぁ。アイツ偉そうだけど、やっぱイイやつなんだろうな多分」
ヒロはふらつきながらも立ち上がると、
「僕は先輩だから、後輩よりも頑張んなきゃいけないんだよな。こんな所でへばってたら、後でどんな口叩かれるか分かったもんじゃねぇ」
「ヒーくん…………?」
「あの高慢な態度が無かったら可愛いのに、って今そんなことどーでもいいんだけど。とにかく、この窮地切り抜けなきゃいけないんだよな」
「このスピードに、どう対処する気だ?」
レオルの言葉に、ヒロは眉を寄せると、
「あいにくとスピードはどうにもならん。だけど他はどうとでもなるさ」
想起するは、幾度となく頭に描いた鎧。
画面に映るその鎧の画と、僅かたりともズレがあれば、あの横暴な女は文句をたれるから、必死になって模索したものだ。
ただその一つを作り続けた数日間。
お陰で、もう何も見なくても、それらしい物なら作り上げられる。
蒼鉄の扱いもさらにマシにはなった筈だ。
「例えば…………そうだな」
両腕を蒼鉄が覆う。
蒼鉄は徐々に形を変え、そして複雑なデザインの機械チックな篭手となる。
右腕は巨大な槍と一体化し、左腕には巨大な盾が現れる。
蒼鉄の覆う範囲が拡がっていく。両脚、腰、胴、そして頭部。
機械的でありながら、どこか騎士然としたそのシルエット。装甲の蒼も相まって、どこか聖騎士のようだ。
「…………騎士にでもなったつもりか?」
「……あの人曰く、近未来世界のハイテク強化装備って設定らしいよ。どうでもいいけど」
ガチャリと音を立てながら、ヒロはレオルに歩み寄る。重槍を構え、盾を掲げ、守りを固めながら歩いていく。
「その姿、むしろスピードが下がってるだろ。そんなんで、俺の俊敏さに対抗する気か。ただの格好の的だぞ」
光が、一瞬き分だけ場を支配する。
ヒロの懐に潜り込んだレオルは、そのままソバットを繰り出す。
「当たっても、ダメージ受けなきゃ問題ない……だろ」
蹴りは腹に直撃した。たしかに直撃したのだ。
「…………!!」
レオルは思わず顔をしかめる。
ヒロは微動だにしていない。
重く頑強な鎧は、完全にレオルの一撃を防いだのだ。
「夕凪さん命名″蒼の鉄鋼騎兵″。重さと頑丈さに極振った、超防御形態。速いだけの攻撃なら、全く受け付けない!」
レオルはバックステップで距離を置くと、
「なるほどなぁ…………面白い。一泡吹かせてやるよ」
レオルはニヤリと口を歪ませると、ヒロめがけて突進を敢行した。
読んでいただきありがとうございます!
…………すみません。とんでもなく日が空いてしまいました。受験勉強その他諸々の関係で、これからもこんな風に更新が遅れるかもしれません。
ですが、できる限り書きますので宜しくお願いします!